【八の扉⑥】095)取引その2
「こんにちはっ〜、、、って状況じゃなさそうだね。あ、ニーアちゃん勘弁してよ。こんなふうに教会を使うのは」そんなふうに泣き言を言いながらも飄々と部屋へと入ってくるノリウスさん。
「えーっと、あなたがシャロさん? 5年前にお見かけしたことはあります。ですが、多分こうして話をするのは初めてですかね? 教会の副司祭長官、ノリウスです。どうも」
「、、、見ればわかるように、今、取り込んでいるんだけど。教会がこんなところまで何の用だい?」
「こちらのギルドに所属しているニーアさんですが、教会としてはいずれかのギルドに所属して、当面はこの街に滞在してもらう事を希望しています。ところがニーアさんは当ギルドに所属できないようなら、この街を去ると言っています。それは少々困るのですよね」
「全く話が見えないね? この娘に教会がなんでそこまで肩入れする?」
「あれ? 聞いていませんか? ニーアさんは教会が認定した聖女です。そして、現在、安全の確認されていない無限回廊で従えた猛獣を連れている。そんな方をブレンザッドの街から追い出すようなことになれば、無限回廊を管理している教会としては、面子も潰されるし管理に対しての非難も浴びかねない。加えて言うならば、彼女は大国ルマリアの要人の支持も受けている」
流石にシャロさんの表情が固まる。端から聞いていても誰だそれはという人物である。
実態はそのルマリアの貴族のドノバンさんが騒いだだけで、その肩書きと教会への貸しを利用して、フラージュをギルドで飼えるようにしただけに過ぎないのだ。
「今の話は、、、事実かい?」少し困惑の見える目で私に視線を移す。
「まぁ、概ね。なので教会に事情を話しました」
「猛獣、、、? そんなの見かけていないが?」
「多分まだ森で遊んでいるぞ。たまにあるんだ」とノンノンが補足してくれる。やっぱり森は落ち着くらしく、1泊くらい帰ってこないことはたまにあった。
「猛獣が森で?」困惑の度合いを深めるシャロさんと、「ちょっ、まだ安全か分からないんですから、ちゃんと飼育してくださいよ!?」と別の角度から困惑するノリウスさん。フラージュは頭がいいから大丈夫ですよ?
「こほん、ま、とにかく、このような理由で教会としてはギルドへの継続的な所属を希望しているのです。無論、強要ではありませんが、聞けば彼女に何か不備があったわけではないみたいですから」
「強要でないなら、首を突っ込まないでほしいね」
「そうとも言えないのですよ。誤解のないように先に伝えますが、ここからお話しすることは脅迫ではなく、起こりうる事実です。もしも彼女とそのフラージュ君が街を出ることになれば、教会は各街に広く安全を謳うか、討伐依頼を出すしか無くなります。何せ異世界の大型獣を連れてますから。ここまでは良いですね?」
誰からも質問がなかったので、ノリウスさんは続ける。
「まず、お二人の安全を謳う場合ですが、これは教会の面子は保たれますが、同時に大変な労力を要する。話が広く流布されれば、当然、大国ルマリアからは問い合わせがあるでしょうね。何があったのか、と。素直に事情を伝えれば、不快感を示す可能性が高いと思います。ですが、教会はあなた方を庇う理由がないので、そのまま伝えます」
よくまあ、先ほど作戦を伝えたばかりだと言うのに、こんなにペラペラと口が回るものだと感心する。
「すると、当然ルマリアは圧力をかけてくるでしょうね。大国の嫌がらせに関してはシャロさん、あなたが一番よく知っているのではないですか?」
私がさっきジーノさんから聞いた話を、私がノリウスさんに流したのだ、悪いけど、利用できるものはなんでも利用させてもらう。こちらも必死なのである。そしてノリウスさんの独演会は続く。
「もちろん上級証書は失効でしょうね。それどころか、しばらくは無限回廊に挑むことはできないかも知れません」
「そんな権利が、教会にあるのかい?」シャロさんが反論する。けれど、ノリウスさんは動じない。
「もちろんありません。我々は10年前の負債を今でも返済している最中です。ギルドにも、国にも強くは出られない。分かりますか? ギルドにも、”国にも”です」
「、、、アンタ、聖職者なんか辞めて。詐欺師にでもなった方がいいよ。向いてる」
「それはどうも。ですが、私は今の立場に満足しておりますので。本題に戻りましょう。今、教会内部にルマリアの意見は大変通りやすい状況です。3司祭の一人がおりますので」
ロデオルは更迭されていない。私を助ける側に回るとは思えないけれど、この際そこは関係ない。1つの大国の意見が通りやすいということが重要なのだ。
「もうお分かりでしょうけれど、ルマリアに圧力をかけられたら教会は抗えないでしょうね。案内ギルドの連盟も今回は文句をつけづらい。何せ、案内ギルドの中にはもルマリアの恩恵を受けている所も少なくないし、特に理不尽な話でもない。どちらかと言えば理不尽を被ったのはニーアさんの方です」
「それで、、、もう一方は? その大型獣が危険なら、さっさと討伐すればいいじゃないか」
「そうは簡単に行きませんよ。お忘れですか? ニーアさんは教会が聖女認定しているんですよ。しかもその話はこの街だけではない。この街に来た多くの人々の衆目に触れています。その聖女が従えた獣、つまり聖獣を討伐? どのような理由で?」
「そんなの、捏造するのはアンタらの得意分野だろ」吐き捨てるように言うシャロさん。もしかすると昔の教会から嫌な目にあったのかも知れない。
「そうですね。教会の得意分野です。はっきり言って今の教会は碌でもない」
サラリと言い放つノリウスさん。その言葉に皆んなが息を呑む。今の発言は流石にまずいと思う。
「アンタの言葉を教会に伝えるだけで、アンタのキャリアは終わるよ?」
「いえ、大丈夫ですよ。この街の教会には私の考えに賛同する人も多い。揉み消すのは簡単です」
なんか怖い事を言い始めたノリウスさん。ずっとうすら笑顔なのも怖い。まぁ、基本的にノリウスさんはこの表情なのだけど。
「話が逸れましたね。仮に討伐の方向で決まったとしても、どれだけ被害がでるか分からない相手に、特に相手が危害を加えたわけでもない相手に、どこまで討伐隊が本気になってくれるか、、、あ、ちなみに討伐隊って言うのは冒険者ギルドのことですよ。我々には力がないですから。そんな面倒を背負って、さらに教会は面子も潰される。どちらを選ぶかは、明白だと思います」
私はしっかりと仕事をしましたよ。そんな表情を浮かべて私に爽やかな笑顔を向けるノリウスさん。
うん。ありがとうノリウスさん。私の想定以上に仕事してくれました。でもごごめんなさい。その笑顔が今はちょっと怖いです。
「、、、ニーア、アンタは首にされた腹いせに、うちのギルドを潰すつもりかい」
シャロさんが私を睨む。
私はなるべく笑顔を作って返す。
「そんなつもりは全くありません。最初に言いましたよね? 私にチャンスをくださいって。私の実力を見て欲しいって。それを受けていただけるのなら、そして、その上で不要と言い渡されるのなら、私は大人しく身を引きますし、教会にも何も言いません」
これが、今私にできる最大の交渉手段。
ミスメニアスを潰すつもりはない。だから、これでダメなら諦めるしかない。
お願いします。折れてください。シャロさん!
私の祈りは果たして
ため息と共に吐き出された、「ニーア、アタシは少しアンタのことを見くびっていたみたいだね」という言葉で報われた。




