【八の扉④】093)雨だからジーノは独り言を口にする
ジュニオールさんが私に聞いてきた、カジノで勝ったお金、実は丸々残っている。
私はギルドに借金がある身である。本来であれば返済に回すべきなのだけれど、ギルドのお財布係のフィルさんから「返済はお給料から引いているからいいわよ〜、せっかくだからお洋服でも買うといいわ」というお言葉に甘えて返済には使っていない。
いや、それは建前だ。私はギルドにいるための理由として、私にはギルドをやめられない理由があるという鎖を望んでいたのだ。
誰が見ても分かりやすい。
でも、
とても歪な鎖。
その理由が無くなってしまった今なら分かる。私は不安だったのだ。私がギルドから必要とされているのか、が。だから分かりやすく理由を求めた。
でも、今は違う。私が役に立つかを相手に決めてもらうのではなく、私が役に立つことを私が決めた上でギルドに売り込むのだ。
それにはどうしたら良いか。ジュニールさんの言う通り、すぐに戻らなくてよかった。雨が止むまではここで作戦を考えよう。
私のお金が残っているか聞いてきたジュニオールさんは「ちょっとカジノの様子を見てきます」と言って席を外した。オーナーというのはやっぱり大変みたいだ。今、この部屋にいるのは私とジーノさんだけ。
そのジーノさんだけど、先ほどから窓を見たまま静かにしている。
私のやる気を引き出してくれたのはジーノさんだ。お礼を言いたいけれど、言ったら多分、怒られる。ジーノさんの暴言は大体、照れ隠しと心配の裏返しだ。孤島でゲオルさんたちと帰路に帰る途中で、ゲオルさんが説明してくれた。
そのジーノさんがポツリと「そうか、、、シャロが帰ってきたのか、、、」と呟いた。
「あの、ジーノさん、、、さっき本人がいない場所で聞くのは良くないって言われたばかりですけど、、、シャロさんって、どんな人なんですか?」
「あん?」
そう聞く私を大きな目でぎろりと睨むジーノさん。でも、何かきっかけを得るためにも、ここは引く訳にはいかない。そんな私の様子を見て、ジーノさんはまた窓のほうへと視線を向ける。
しばしの沈黙。答える気がないという意思表示だろうかと諦めかけたところで、「雨が降ってるからね、たまには昔のことを思い出す。少し、独り言を、言う」と、ゆっくりと話し始める。
ーーーシャロとは昔から仕事を奪い合うような仲さ。互いに案内人として一番上を目指していた。女だからなんて舐めてきたごろつきを2人でのした事もある。
逆に無限回廊の中で大喧嘩した事もあった。互いに負けないために、無理な依頼を受けた事も数えきれない。
多分、あのまま立ち止まらずに走り続けていたら私かアイツのどちらかは死んでいただろう。
先に立ち止まったのはシャロだ。愛する人ができた。ウィグラは当時、ある国のお抱え案内人だったけれど、その地位を捨ててシャロと一緒になった。
ウィグラが泥を塗った大国からの圧力で、大通りに店を構えることのできなかった2人は、街の隅に自分達でギルドを建てた。
それからはのんびりと、無理しない程度で穏やかにやっていたよ。あいつらが来るまではね。私もそれを見て、少し生き急ぐのをやめて、足場を固め始めたものだ。
シャロ達の運命が変わったのは今から6年ほど前。ウィグラのよく知る人物が、あいつらのギルドの扉を叩いた。
そいつは時間をかけて、物凄いパーティを作り、無限回廊へとやってきた。パーティー名はグリーンフォレスト。”ほんとうの扉”を本気で見つけるつもりだったあいつは、ウィグラにも協力を申し出たんだ。
最初はウィグラも断ったんだ。けれど、無限回廊に何度か挑んで実力が足りぬと分かったら、パーティーも解散するという約束のもと、渋々了解する。
強がってはいたが、袖にした国からの圧力は継続されていたから、経営が苦しかったのもパーティーに参加した理由だと人づてに聞いた。
それから僅か1年。たった一年でグリーンフォレストは「この世界で最強のパーティー」なんて呼ばれるようになる。
実際そう呼ばれるほどに凄まじい結果を残したからね。今冒険者達が当たり前のように着ているコートも彼らが剥いできた毛皮を少しづつ加工して作られてるんだ。
「少しづつ加工して? そんな大量の毛皮?」私は思わず口を挟んでしまう。
「ああ、ニーアはよく知っているだろう? ホルプルスという大型魔獣さ」
「ホルプルス!?」
「私はまだ実物を見たことがないが、相当に大きいんだろう?」
目の前で見たからよく分かっている。軽く小山くらいある大きさだ。だから、ウェザーは知っていたのか。
「本当かどうかは知らないけれどね、当時はとりわけ大きな個体を仕留めてきた、皮を剥ぐだけで丸三日かかったなんて嘯いていたよ。そして実際、未だに当時の毛皮の在庫がこうして市場に出回っているわけだ」
ーーーそれはともかく、グリーンフォレストはみんなでウェグラのギルドの改築にも取り掛かった。
自分達の根城にするためにね。部屋も増やして、小さかったギルドの建物は倍以上になった。
もちろん素人の工作だ、ツギハギだらけで見た目は良くなかったが、あの頃はずっと賑やかなギルドだったね。たまには私やゲオルも酒盛りに行ったもんだ。
シャロも楽しそうだった。グリーンフォレストを我が子のように可愛がっていたよ。みんなシャロよりも年下だったし、どいつもこいつも生活力が欠落したようなやつばかりだったからね。手のかかる子供のように見えたんだろう。
最後の扉に挑む前、大きな酒盛りがあった。「次の挑戦で、”ほんとうの扉”の秘密を探る!!」と宣言して、決起集会のような事をしたのさ。
、、、、何人かは、あの時が最後の別れとなった。
生き残った奴らもバラバラになった。シャロ達のギルドには誰もいなくなった。残されたのはツギハギだらけの大きな建物。
ただ、シャロにとって、唯一幸いだったのはウィグラは無事に帰ってきたことだ。最も、左腕を失っていたがね。それでも生きているだけで儲け物だった。
今度こそ2人で慎ましく生きていこう、そんなふうに再出発を決めた直後のことさ。ウィグラが行方不明になったのは。
そう、こんな雨の日だった。
シャロは必死でウィグラを探した。もちろん私たちも探した。でも、手がかりひとつ見つけれられなかった。
ウィグラがいなくなってどれだけ経った頃だろうかね。
ずっと火の消えていたあのギルド部屋に、再び1つ以上の火が灯ったのは。
どう言う経緯かは知らない。ウェザーだけがあのギルドへ帰ってきた。迷い人らしい奴らを連れてね。
しばらくはシャロがギルド長として、案内ギルドを再開させたが、ある時不意に旅に出ると言い出したんだ。仲の良かったロビーって案内人と一緒に温泉にでも行くつもりだと言っていた。
良い気分転換になれば、そう思っていたんだけどね。まさかそのままずっと帰ってこないとは思わなかったよ。ーーーーーーーーー
私はなんと言っていいか、良い言葉が浮かばない。けれどシャロさんが無限回廊の最奥へ行くための覚悟と、実力を見る目に厳しいのはよく分かった。
「ああ、少しお喋りが過ぎた。そろそろ私は帰るとしよう。ジュニオールには帰ると伝えといてくれ」
のそりと立ち上がって、私の返事を聞く事もなく扉へ向かう。
それから少しだけこちらを振り向いて。
「もしニーアがシャロを少しでも納得させることができたら、、、その時は、私のギルドで雇ってやってもいい」とニヤリと笑って、今度こそ部屋を出ていった。




