【八の扉③】092)ジーノ、冒険者を語る
カジノの受付の中に入ると奥に扉があり、そこから先は従業員用のスペースとなっていた。さらに最上階はジュニオールさんの私室となっていた。
ジュニオールさんの部屋に招き入れられた私は、ひとしきり泣き、ようやく涙が止まった頃合いを見計らってジュニオさんがお茶とクッキーを運んできてくれた。
「少し落ち着かれましたか?」
穏やかなジュニオールさんに少し心が落ち着く。
「すみません。お恥ずかしいところを、、、」
ジュニオールさんと話すのはこれで2回目だ。1回目は立ち話程度の関係。少し冷静になったら号泣したことが恥ずかしくなってきた。
「お気になさらずに。急な出来事で心が動転したのでしょう」
「おい、もういいかい!? そろそろ何があったのか説明しな!!」
まるで自宅にいるように、足を組んで踏ん反り返りながら紅茶をガブリと飲んでいるのはジーノさんだ。口は悪いけれど、心配してついてきてくれたみたいだ。
「実は、、、」私はシャロさんに言われたことを訥々と話し始める。2人は私の話が終わるまで黙って聞いていた。
とはいえ、それほど長い話ではない。話終えると室内を静寂が包む。さっきよりも雨足が強くなってきたみたいだ。窓を雨粒が叩く音が聞こえる。
「、、、シャロさんの言うことも間違ってはいないと思うんです。もともとは無理矢理転がり込んだわけですし、、経験も圧倒的に足りないし、、、実力は全然足りていません。だから、、、分かってはいるんですよ」沈黙に耐えかねた私が口を開く。
言葉の意味は分かっている。けれど、全く消化できない。
「ふうむ。シャロのことは知っていますが。。。そんな強引なことをするとは思えませんが、、、」
「ジュニオールさんはシャロさんのことを知っているんですか?」
「もちろん、この街の古い冒険者でシャロのことを知らない者は居ないのではないですかね。夫であるウィグラを含めて。何せ、ウィグラはあの”グリーンフォレスト"のメンバーの一人ですから」
「グリーンフォレスト?」
「ええ。先ほどの貴方の話に出ていた世界最強のパーティの名前です」
「そんな有名な人だったんですか、、、」
「同じくシャロも引けを取らない冒険者でしたよ。それに、貴方のよく知っている彼も」
「もしかして、ウェザーですか?」
「おや? ご存じでしたか?」
「いえ、でも、なんとなくそんな気がして、、、ウェザーの星読は凄いから」根拠があるわけではないけれど、ウェザーの星読みの実力を考えれば、ないわけじゃないと思った。
「星読みですか、、、あれは彼が帰ってきてから血の滲むような努力をして身につけたもののはずです」
「え? 星読みが、ですか?」
「ええ。もちろん適性はあったのでしょうが。彼の本分は学者だったはずですよ。それもただの学者じゃない。異世界の知識を誰よりも知る教授、若き天才として有名だった」
「ジュニオール、あんまり本人のいないところで過去の話をするのは感心しないね」黙って聞いていたジーノさんが肘鉄を入れる。
「これは失礼。ですが、今回の話、色々とフェアではない。私はニーアさんとそれほど親しいわけではありませんが、貴方の性格には好感を抱いています。もう20年早ければ愛を囁いたかもしれませんね」
若い頃はさぞ浮名を流したのだろう、ナイスミドルなジュニオールさんは耳がくすぐったくなるような言葉をサラリという。場を和ませようとしたのかもしれないけれど、少し頬が熱くなる。
「ふん、お前のうわっついた言葉は聞き飽きたよ。まぁいい、私も思うところはある」
「そういえば、噂で聞きましたがジーノはニーアを勧誘したことがあるとか、良い機会ですから紅翼団に加入させてはいかがです?」
それはあまりにも都合のいい話だ。私は以前、ミスメニアスに残るとジーノさんに啖呵を切ったこともある。
「、、、今はいらないね」
ジーノさんの言葉に私はびくりと体を震わせる。シャロさんの言葉と重なって聞こえた。
「ジーノ、それはあまりに配慮を欠いた言葉では?」ジュニオールさんが眉根を寄せて注意したけれど、ジーノさんは動じない。
「いいかい、ニーア、アンタは今この街で冒険者としてやっていけるかどうかの瀬戸際にいる。分かるかい?」そのように言葉を紡ぐジーノさんの表情は今までに見たことがないほど真剣だ。
「ギルドをクビになった私の評価は低いってことですか?」実態はともかく、弱小ギルドと揶揄される私たちのギルドをクビになったとあれば、拾いたがるギルドは少ないだろう。
だけど、ジーノさんは大きく首を振る。
「全く見当違いさ。全くね。このまま逃げたらアンタは負け犬だ。聞くが、アンタは異世界でもどうしようもないと思ったら、何もできずに諦めて死を受け入れるのかい?」
そんなことはないと思う。今までの異世界でも数える程度だけど危ない目にはあってきた。その度私なりには頑張ってきたつもりだ。
「、、、そんなことはないと思います」一応私が反論すると
「じゃあなんで、今泣きながら諦める?」
頭を殴られたような気持ちになり、私はジーノさんを見つめたまま固まった。そんな私に続ける。
「冒険者ってのは、何があってもギリギリまで生き残ろうとするやつしかやっていけない仕事だよ。私がニーアを買ったのは、無理矢理でも目的に対して諦めなかった点だ。今、ここで逃げたらアンタは冒険者としては終わる。だから今のアンタはいらない」
そうか、そうだよね。教会を追い出されそうになった時も、この街に来てどのギルドからも相手にされなかった時も、お金が足りなくてどうしようもなかった時も、私は諦めなかった。
こんなところで、尻尾を巻いて逃げるわけには、いかない。
私はこのギルドにいたいのだ。
その気持ちがはっきりした時、先ほどまで萎れていた心に何か火が灯ったような気がした。
「ジーノさんの言う通りです。私、戻ってもう一度シャロさんを説得してみます。ダメでも追い出される直前まで、何度でも!」
「ふん、私としちゃあ、こんな因果な商売、さっさと辞めて平和に暮らしたほうがよっぽど健全だがね」と言い捨てるジーノさん。でも、その表情は優しげだ。
「聖女の元気が戻ってきたようですね」やりとりを見守っていたジュニオールさんが、少し冷めてしまったお茶を入れ直しながら、私に微笑む。
「ご心配をおかけしました! もう大丈夫です! お茶もありがとうございました!」
早速ギルドへ戻ってシャロさんの説得にあたろうとする私を、ジュニオールさんが「少し待ちなさい」と苦笑しながら止める。
「その元気さと行動力はニーアさんの美点と言えますが、同時に弱点でもあるのでしょう。まだ雨も強い。濡れて風邪でも引いたら元も子もない。それに作戦を考えてからでも良いのでは?」
「作戦ですか? シャロさんを説得する?」
「無論です。そこで、私から一つ提案があります」
「なんでしょう! 教えてください!」勢い込んで聞く私に
「ところでニーアさん、先日うちのカジノで勝ったお金はまだ余っていますか」と聞く。
え? お金で説得するの?




