【七の扉⑧】082)彼らが待っていた理由
実は迷い人だったポメルと和解というか、休戦というか、とにかく同じ目標に対して動くことを約束した私たち。
それから丸2日、そして今日と、ただひたすらに黙々と上流へ向かって歩いた。
ここまで穏やかだった天気は、にわかに雲が優勢になってきている。なるべくなら雨の中は歩きたくないなぁ。
私たちの歩みは遅い。体力の消耗を抑えることと、冒険慣れしていないポメルの体力を鑑みて、一般的な散歩程度の速度だ。
思えば私も7度目の異世界である。自分で言うのもなんだけど、結構経験を積んできたなぁと思う。ベテランとまでは言わないけれど、中堅くらいは名乗ってもいいんじゃないかな?
それにしても目的の場所まではまだまだある。このペースだとゆうに2〜3日はかかりそうだ。
一応フィルさんの荷物の中には、元々の参加人数だった8人と1匹の10日分位の食糧がある。だから滞在自体は問題はないけれど、だからと言って余裕を持っていられる状況でもない。
川縁には細いけれど獣道があり、私たちはそこをまっすぐに歩いている。歩きづらいれど、ないよりはマシ。
今歩いているところは葦が天に向かって伸びて、獣道の両側に壁があるみたいだ。見通しが悪い場所を通るのは少し緊張する。私たちはレジーを先頭に、私、ポメル、フィルさんの順で縦に並んで歩く。
ふと、先頭を歩いているレジーが立ち止まった。
周辺をキョロキョロと見渡して、小首を傾げる。
「どうしたの?」
「うーん、、、なんか視線を感じたような? でも直ぐに気配が消えたような?」
レジーにしては珍しい曖昧な言い方だ。
「危ない生き物かな?」
「どうだろう? 一瞬だったからなんとも言えないな。ただやっぱり視界が悪くて嫌だから、少し歩く速度を上げてさっさと抜けよう」
レジーの指示に従って、駆け足気味に葦の道を抜ける。幸い心配したような生き物が襲ってくることもなく無事に通り抜けた。けれど、ポメルの息が少し上がっている。
3日以上ずっと歩き通しだったのでポメルの疲労も溜まっているのだ。もちろん私たちも。単純な肉体疲労に加えて、いつ何が襲ってくるかわからないという状況は、精神的な側面からも体力を奪ってゆく。
「少し早いけれど、ここまでにしましょう」
葦の森を抜けて少し行ったところにちょっと開けた場所があった。
その風景を見て、一番後ろからみんなの状況を見ながら歩いているフィルさんから声がかかる。
「いつまで経っても辿り着かないね、、、」私がやれやれと息をつくと
「、、、私のせいでごめんなさい」とポメラが下を向く。
「そう言うつもりで言ったわけじゃないから、気にしないで!」私が慌ててフォローを入れて「やーいニーアちゃんがいじめた〜」とレジーが揶揄った。
なんだかんだで最初の重苦しい雰囲気はだいぶ緩和された。レジーがいつもの調子を取り戻してきたのは大きい。やっぱり雰囲気悪いと余計に疲れるし。
いろいろな準備が済んだら、時間的には少し早いけれど焚き火を囲んで夕食の準備。今日はちょっと硬めに焼いたパンと、焚き火で炙ってトロリとさせたチーズが主役。
汗をかいた身体にチーズのしっかりとした塩分が嬉しい。お湯で戻した乾燥野菜に固形の調味料を溶かし込んで、簡易的なスープも作った。
このスープ、少し薄味でクセがあり、最初のころは味気なく感じたけれど、慣れてくると結構美味しい。それなりに栄養もあるので、お湯がなくても最悪そのまま齧ることもできる万能調味料だ。
食べ終わるともうやる事はない。思い思いに過ごす。私はマッピング用の手帳を取り出して、ここまでの行程に補足を書き込んでゆく。正直、マッピングするほど複雑な地形ではなかったけれど、逆に言えば練習にはちょうど良い。
スキルとしてはまだまだ。空き時間などで少しずつ練習していたので、一応レジーからは最低限の及第点を頂いている。「あとは実践を重ねるしかないからね」という言葉に従って、こうしてちょくちょく気になったことを書いているのだ。今のところは若干絵日記見たいだなと思うような内容だけど。
「、、、みんな、火のそばに集まって」
レジーが不意に鋭い声を上げる。
「やっぱり何かいるの?」素早く焚き火の周りに集まってから、少し離れた場所で警戒するレジーに聞く。
まだ日が沈む時間ではない。夕日は雲に隠れていて薄暗いけれど、多少なら視界はある。周辺を見渡すも、特におかしなところはない。
「匂いがする」レジーが短く答えた。
「匂い?」
私も鼻をひくつかせてみるけれど、何もわからない。
「あ、、、ほんとだ。これ、、、温泉の時の、、、」と呟いたのはポメル。温泉の時と言うことは、あの低い唸り声を出していた生き物が近くにいるのだろうか。
「ちょっとまずいかもしれない。フィルさん、いつでも戦えるように準備しておいて。ニーアちゃんは直ぐに瞬間移動できるように準備を。ポメル、どこでもいいからニーアちゃんに触れておいて」
レジーの真剣な表情に、ポメルは何も言わずに私の腕を掴む。
「ニーアちゃん、逃げるならできれば対岸まで跳んで。中途半端な場所だと火から離れるだけでかえって危ないかもしれない」
「、、、分かった。ただ、対岸までは結構あるから約束できないよ。なるべくは頑張るけど」
「、、、みんな川に落ちても大丈夫なようにしておいてね」レジーの言葉は揶揄ってのものではない。それだけ切羽詰まっているのだ。
その理由は直ぐに分かった。私たちが気づいたように、向こうも私たちの様子が変わったのを勘付いたのだろう。ゆっくりとその姿を表し始めた。
巨大な狼のような生き物。目が赤く、涎をダラダラと垂らしながらこちらを睨んでいる。それが、1匹、2匹、3匹、、、、
「全部で10匹近くいる。他にも隠れているのがいるかもしれない」
「ひっ」恐怖でポメルが私を掴む力が強くなる。私もいつでも跳べるようにニーア棒を取り出してぎゅっと握りしめる。
「こりゃあ、最初のやつは気づかなかったんじゃなくて、仲間を呼びに行っていたみたいだね、確実に狩れるまでついてきていたのか」
「それならもう少し早く襲ってきてもよかったと思うけど?」2日も夜を過ごしたのに襲って来なかったのにと疑問を口にするも、
「そう言う疑問は無事に脱出できてから考えてばいいよ」とレジーに嗜められる。
狼たちは徐々に私たちとの距離を詰めてくる。
ポツリと私の顔を水滴が叩いた。
、、、、、雨?
「うおおおおおおおんん!!」狼の一頭が叫ぶ。
「しまった! これが狙いだ! フィルさん! 焚き火が消えないようにできる!? あいつら雨を待ってたんだ!」
レジーの声、強くなる雨足。弱まる焚き火。
「レジー、逃げよう! 一か八かで私が跳ぶよ!!」
もう目の前に迫った狼に、状況の不利を悟る。
「そうだね! ニーアちゃん! 頼むからしくじらないでよ!」そう叫んで私のそばへと駆け寄ろうとするレジーに、一匹の狼が飛びかかった!
「レジー!!」
私がレジーの方に手を伸ばした瞬間
どおおおおおん!!
大きな音がして雷が走り、狼が吹き飛ばされる。
その場所には大きな穴と、焦げた跡。
「雷?」
違う。
「あぶないところだった」
聞き慣れた声に振り向くと、ふわふわ尻尾のノンノンが槍を構えて佇んでいた。




