【七の扉⑥】080)ぶらり四人旅(なお命がけ)
やっぱり大地はいいなぁ。
揺れないし流されない。普段望んで異世界で転がっているわけではないけれど、今日ばかりは地面にハグしたい気持ち。
どうにか無事に浮島から脱出した私たち。ようやく落ち着いて周囲を見渡す余裕ができると、同時にちょっと困った事実にも行き当たった。
私たちが異世界に入ったときに見た一番わかりやすい目印が、上流にある側面が大きく抉れて尖っているのが特徴的な大きな山だった。
ざっくりとでもあの山を目指して進んでゆけば戻れるだろうとあてにしていたその山が、最初よりかなり小さく見える。
私たちがそれだけ流されてきてしまったと言うことに他ならず、歩いて戻るのは大変そうだ。うへえ。
とはいえ嫌だとばかり言ってはいられない。ウェザーたちも探しにきてくれるだろうけれど、なるべく帰還の扉に近づいておきたいし、可能であれば自力で戻りたい。
すぐにでも出発したかったけれど、フィルさんから待ったが掛かった。「ちょっと準備するから」と言いながら取り出したのはポインターと呼ばれるバルーンだ。本来は固定して帰還場所を知らせるアイテムだけど。今回はフィルさんのリュックにくくりつけて進む。
ウェザーたちとすれ違いにならないための処置だ。もし、この世界に迎えに来てくれたのなら、このバルーンは大きな目印になる。
「これでよし。それじゃあ行きましょうか!」
フィルさんの音頭でポクポクと歩き始める。速度はゆっくり、散歩程度の歩み。なるべく体力を消費せずに、時間がかかってもいいから距離を稼ぐためにも、焦ってはいけない。それに、ここにはポメルがいる。
全くの素人で、おそらくは初めての異世界にいるポメルの消耗を考えながら進まなければならないのだ。
最悪中の最悪、フィルさんを中心に私たちが背負って進むことも考えておかないといけない。多分、ポメル自身が嫌がることは火を見るよりも明らかだ。
どうにか体力を回復させつつ進まないとなぁと考えながらも、私たちは言葉少なに黙々と歩く。
幸いにこの世界の気候は暑すぎず寒すぎず。どちらかといえば気持ち暖かい温暖な気候なので、短時間で大きく疲労することはないけれど、距離を歩けば汗ばんでくる。
「今日はここまでにしましょう」
陽が傾くよりも少し早く、フィルさんがキャンプ地を決めて立ち止まる。小休止も入れつつなるべく慎重に進んだとはいえ、立ち止まると疲れがどっと溢れた。
「フィルさん、ニーアちゃん。危険がないかちょっと周辺を探ってくるから、準備は任せたね」と言い残してレジーが早々にその場から走り始める。
周辺は平坦で花畑すらあるような穏やかさだけど、その先の雑木林や川辺から何が出てくるかわかったものではないのだ。
私とフィルさんが野営の準備をしている間、ポメルは大河の方をじっと眺めていた。何か声をかけようかと考えたけれど、うまい言葉が見つからず結局そのままそっとしておいた。
「フィルさん! ニーアちゃん! 大変!!」
レジーが息急き切って戻ってきたのは、ちょうどスープが程よく温まった頃だ。
「どうしたの? なんか危ないことでもあった?」
「違う違う。とにかくちょっと来て!」妙に焦っているレジーに、フィルさんがスープをよそったカップを差し出すと、「まぁまぁレジーちゃん。危ないことでないなら、まずはお夕食にしましょ」と言うと、おとなしく座ってスープを啜り始める。
「それで何が大変なの?」と夕食を摂りながらレジーに聞いても「実際に見てのお楽しみ」と言って教えてくれない。
こうして少し早めの夕食を終えたのは、太陽が沈まんとする時間。
レジーの先導でゾロゾロと雑木林へと足を踏み入れる。雑木林はそれほどの幅はなく、少し歩くとすぐに開けた場所に出た。
そこにはまた川が流れている。ただ、私たちが流された大河とは比べ物にならないくらいささやかで、ゴロゴロとした石が集まった隙間を流れている。
「ここがどうしたの? 普通の河原みたいだけど」
「ニーアちゃん、慌てないの。ほら、あの場所を見て」
レジーが指差す場所に目をやると、河原の中でも砂場になっているところの一部が揺らいでいる? いや、あれは、、、
「湯気?」
「そう。つまり?」
「、、、、、もしかして、温泉!?」
私たちは慌ててその湯気の元へ。近寄るとちょっとした水溜まりから湯気が上がっている。警戒しながら触ると少し熱いくらいのお湯だ。
河原の近くに温泉が湧き、自分達で穴を掘って入ると言う場所があることは自分達の世界でも聞いたことがある。
スリージャと言う結構有名な場所があるのだ。無限回廊のあるブレンザッドの街などと並んで、一度は訪れたい人気のスポットだ。
「フィルさん!」
「任せて!」フィルさんのリュックからは組み立て式のスコップが取り出され、代わる代わる掘ってゆけば、、、、
「できた!!」
目の前には簡易温泉の出来上がり! 主にフィルさんが豪快に掘り進んでくれたので、4人が一度に入っても問題ないほど立派なものができた!
最後に川の水を少し流し込んで温度を調整する。
まさか、異世界のこんな場所で温泉に入れるとは思わなかった。これは本当に行幸だ。疲れも一気に吹き飛びそう。
早速入浴の準備をする私たちを見ながら、ポメルが困惑していたけれど、ポメラこそ疲労を回復しておいてもらいたいのだ。フィルさんが一緒に入るように誘うと、躊躇しながらも準備を始めた。
「うっはー! 生き返る!!」レジーが大声を上げ両腕を天へと伸ばす、その気持ちには完全に同意だ。固まっていた筋肉がほぐされてゆく気がする。
「本当に助かったわ〜。日中汗をかいたから、汗を流したかったのよね〜」そんなフィルさんの言葉にも完全に同意だ。
けれど、のんびりできた時間はそれほど長くなかった。
危険を察知したレジーが「みんな、少し静かに」と急に真剣な顔になる。
何事かと息を殺すと、ずずっ、ずずっと何かを擦るような音と、ぐるるると言う唸り声が聞こえたきた。その唸り声が低くて大きい。私たちの場所から姿は見えないけれど、何か大きな生き物を感じさせた。
どうやら、まだ私たちの存在には気づいていないようだ。レジーが素早く、けれど静かに動いてポメルの口を塞ぐ。ポメルも意図は伝わったようで、さすがに抵抗することなくおとなしくしている。その表情を真っ青だ。
とても長いような、ほんの数分のような、まんじりとした続く。
ぐるるる
ぐるる
声が少し遠ざかってゆく。けれどまだ気を抜くわけにはいかない。額を冷や汗が伝う。
「、、、、行ったみたい。今のうちに逃げよう」
私たちは速やかに、けれどなるべく物音を立てないように服を着て、なるべく音を立てない可能な限りの速度で温泉を後にするのだった。
どうにかこうにか無事にキャンプ地まで戻ってきたところで、ようやく肩の力を抜く。火が焚かれているこの場所なら、野生の生き物は必要以上には近づいてこないはずだ。多分。頼むから。ほんとお願い。ここに至っては祈るしかないのである。
ひとまず夜間は交代で見張をしながら休むことを3人で話し合っていると、どこからか何か小さな声がする。
「?」
「、、、や、、、」
声の主はポメルだった。
「もう、いや、、、」
最初の音は、ポメルが啜り泣く声
「もう嫌よおおお! ばかー! みんなばかー! なんで私がこんな目に遭うのよ! それもこれもあんたが! あんたがロデオル様を陥れたから! みんなあんたのせいよ!! うええええええ!!」
と、ポメラは私の腕をポカポカ叩きながら、最終的には号泣となる。
「ちょ、、、」私がどうしたものかと悩んでいると、
「ぐおおおおおおおおおおおおおおぉぉん」
と、どこかからとても大きな遠吠えの声。あまりの大きさに私も首がすくむほどだ。ただ、大きいけれど結構遠くから聞こえた気がする。
あれ? 腕を叩いている感触がなくなった?
私が遠吠えのする方から視線をポメルに戻すと、
そこには一匹のたぬきが転がって気絶していた。




