【五の扉⑥】057)五つ目の扉
いつも無限回廊に挑む時間よりも少し遅れて、私たちは無限回廊の前に集まった。
あの馬鹿司祭のロデオルが、ドノバンに配慮して他の人たちと時間をずらしたらしい。
私たちが到着した頃には他のパーティはとっくに出発しており、見送る観光客もいない。無限回廊の入り口としては比較的閑散としていた。
出発地点にロデオルはおらず、ドノバンとそのパーティと、他にはノリウスさんが見送りに来ていた。ロデオルのことだから、てっきりドノバンの見送りに来ていると思ったので、少々意外だ。
そう思っていると、ドノバンと目が合う私。ロデオルとは別人とはいえ、よく似た風貌に昨日の怒りが少しだけぶり返したけれど、私を見たドノバンは意外な行動に出た。なんと、小さくではあるが頭を下げたのだ。
何事かと訝しる私たちへ、ドノバンが少し前に出る。
「娘、この度はすまぬな。ロデオルはワシのために尽力をしたかっただけなのだ」と随分殊勝なことを言う。
私は全然意図がわからず「あのう、、、どう言うことでしょう?」と聞くと
「ワシにとって狩は男の戦いである。また、女子供を危険な目に合わせるのは、ワシの美学に反するのである」
、、、ただの尊大な嫌な人じゃなかったのか。この人。
「ロデオルには私からも注意をしておいた。だから娘、ここで参加しないという選択をしてもワシは何も言わぬ。どうする?」
正直にいえば、ドノバンの言葉にちょっと拍子抜けしたし、危険度を考えたらここで引くと言う選択肢もあるのだけど、、、、勢いで参加を決めたものの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ワクワクしてしまっている私がいる。
私が迷っているのが伝わったのだろう、隣にいたウェザーが小さく首を振って
「ドノバンさん、お気遣いはありがたいのですが、彼女もこれでうちのちゃんとした戦力です。特に他にはない逃走手段を持っていますので、今回の挑戦は連れていった方がいいかもしれません」と言ってくれた。その言葉に背中を押され、私も頷く。
「、、、ならばこれ以上は止めぬ。では、案内せよ」
入り口でのちょっとしたやりとりの後、私たちは無限回廊の中へ。今回は他のパーティを待つ必要はない。ウェザーが先頭になって、奥へと向かう。今までに入った扉よりもずっと奥だ。
ドノバンも、そのパーティも無限回廊の奥に行くほど危険というルールは知っているのだろう。皆、無言で後に続く。
ウェザーがとある扉の前で足を止めた。それから、扉に手をかける前に後ろにいたみんなを見渡す。
「用意は良いですか?」
「構わぬ。開けよ」代表してドノバンが答える。
そしてまた、新しい扉が開いた。
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降り立ったのは低木と草が茂る丘の上だ。暑くも寒くもない。穏やかな風が吹いている。
丘の上から見える風景に、大きな違和感はない。
たった一つを除いては。
私たちの立っている丘の先、右から左に、まっすぐに伸びる一筋の広大な道。道、という表現が正しいのか分からない。そこだけ地面が抉れて、茶色い土が剥き出しになっている。
草原も、森も全て例外なく、何一つ残っていないまっすぐな道。森を薙ぎ倒した道の終わりに、ずっと先の方に、まんまるな何かが見える。
ここからの距離を考えると、あからさまに大きな何か。
「なんというか、ちょうど良いところに出たね」みんなが無言の中、ウェザーがそのまんまるな物を指差して「”あれ”がホルプルスだよ」と言った。
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「しかしこれは、とんでもねえな〜」
私の横を歩くトラヴィオさんが、少し間伸びした声でしみじみと呟く。トラヴィオさんはドノバンさんのパーティの一人。ソブリオさんというお兄さんと一緒に、割合長くドノバンさんに雇われているらしい。
入り口前でドノバンさんが謝ってきたことで、私の警戒感はかなり薄まった。こうしてホルプルスを抉った道を歩きながら雑談する程度には。
ドノバンさんも話してみれば偉そうで鼻にはつくけれど、割と話のわかる人だったのが意外。ノンノンやトッポさんにも、それほど差別的な視線を向けないのは高得点だ。ロデオルの方がよっぽど性格に問題があった。
私達はホルプルスが作った道を歩き、ホルプルスを目指している。
挑戦を希望したドノバンさんを以ってして「これは無理だな」と言わしめた相手だけれど、せめて近くで見てみたいというので、ウェザーも安全な距離であればと承知した。意地でも狩るなんて言い出さなくて本当に良かった。あれは人が狩れる大きさではない。
ウェザーによれば、ホルプルスには2つの大きな攻撃手段がある。一つは巨体を生かした転がり。しかも恐ろしく早いらしい。そしてもう一つ、この距離ではただの丸だけれど、ホルプルスには長い口がある。
この口が厄介で、目の前のものをなんでも吸い込んで食べてしまうし、危険を感じれば吸い込んだものを吐き出してぶつけてくる。木々や岩など巨大な瓦礫が礫となって襲ってくるので、攻撃された方はひとたまりもないそうだ。いくら命の危険のある異世界でも、そんな死に方だけはいただけない。
見立てでは、ホルプルスまでは歩いて丸2日はかかる。ウェザー曰く、「このくらい距離があれば多分、こちらから攻撃しなければ心配はないと思う。念の為くれぐれも注意を怠らないように」とのことなので、その言葉を信じて、必要以上には警戒せずに歩いている。
「こんなの良く狩ろうと思いましたね」
私が隣のトラヴィオさんに声をかけると、「こんなにでけえとは、旦那も思ってなかったからな〜」とトラヴィオさんがのんびりと答えた。
トラヴィオさんによれば、ホルプルスは厄災の獣という通り名で知られており、正体は分からないが猟師を趣味にする高貴な人たちからは、挑戦することが勇気の象徴とされているらしい。
なぜ正体不明とされているかといえば、見ての通り人の手の及ぶところではないので、多分、実際にホルプルスを見た人が、びびったのを誤魔化すために言い出したのではないかとはトラヴィオさんの談。
、、、つまらないプライドで、強がりを言わないでほしい。
それはともかくとして、ホルプルスがこちらの様子を気にすることは全くなく、こうして私達は目の前に巨大な危険生物を目にしながらも、挑戦初日を散歩で終えるという、拍子抜けするほど穏やかに過ごすことになった。




