【五の扉③】054)10年前の話
「約束、忘れるなよ! 絶対だぞ!」
ウェザーに何度も念を押しながら帰ってゆくノリウスさん。
「約束したかなぁ?」少し困った顔で私を見るウェザー。
「どうでしょう?」確かにウェザーは、上級証書でも発行してもらわなければ割に合わないと言ったけれど、上級証書を持ってくれば依頼を受けるとは言っていない。でも、突破口を見つけたとばかりに、嬉しそうな顔をしたノリウスさんの顔を見れば、なかなか否定しづらいところであった。
「ところで、上級証書ってどんな物なんですか?」
「そうだね、どうせノリウスが「無理でした」って戻ってくるまで暇だから、少し昔話でもしようか」と、私を連れて事務所に戻る。
「上級証書ってのは、さっき話していたフレディアの悪夢と大きな関係があるんだ」
「案内ギルドが一斉に教会からそっぽを向いたっていう?」
「そう。ニーアは無限回廊に挑んだ時、一番後ろに教会の人間が3人同行しているのは知っているだろ?」
それは知っている。特に私たちは最後に扉を選ぶことが多いから、印象に残っている。教服を纏った3人のうち、2人は各パーティがどの扉に入るのかを注視して、残りの一人は帳面に何か書き留めていた。
「あれはね、許可のないパーティが奥の方の扉に行かないように見張っているんだよ。正確には、紋章の先の扉に」
「紋章の先の扉?」
「そう。あの回廊をずっと進むと、足元に紋章のような模様がある場所があるんだ。その紋章より先の扉は、およそ人が挑む場所じゃない」
「人が、、、」
「うん。案内人達にはそういう話が伝わっていて、SS級のパーティでもない限り絶対に案内することはなかった。でも、10年前、案内ギルドが全ての案内を拒否したとき「紋章の先にはすごい宝が眠っているのに、案内人達が独占しているのではないか」と言い出す奴がいたんだ」
「めちゃくちゃですね」
「案内人からしたらね。でも、その言葉を鵜呑みにした奴らも少なくなかった。個人どころか国家規模で先鞭をつけようとした国も、1つや2つじゃなかった。教会もタカを括っていたんだろう。止めることもなく、数十のパーティが紋章より先の扉に挑んだ」
「ほとんど全滅したんですか?」
私の言葉にウェザーが首を振る。
「”ほとんど”じゃない。文字通り全滅さ。一人として帰ってこなかった。当然だよね。本来挑むべき実力のあるパーティは案内人の重要さを知っている。そんな混乱期に奥の扉へ挑むことはない。全滅は必然だったんだよ」
「、、、」私としては言葉がない。ウェザーは続ける
「扉に消えていったパーティの中には、各国の貴族や富豪もいた。彼らは物見遊山の気分で自ら死にに行ったから同情の余地はないけれど、各国は犠牲を「教会のせいだ」と断罪したんだ」
「それはまた、強引ですね」
「ところが一概にそうとは言えないのさ。当時のエルグ教会は増長の一途を辿っていた。無限回廊の宝をチラつかせて、各国の土地を寄進させて教会を建て、脅迫まがいの恫喝をしながら各国から寄付を集めていた。それこそ、支配者が王なのか、大司祭なのかわからなくなるほどにね」
そう説明されても、私には少しピンとこない部分があった。私の知っている教会はそこまで増長していなかった気がする。
「ニーアは10年前の騒動の後しか知らないからね。それ以前の教会はとにかく酷かった。快く思っていなかった各国は、ここぞとばかりに「あれだけ偉そうに言っていたのに、無限回廊の管理ひとつも満足にできないのか」と糾弾を始めた。実際に教会は何もできなかったし、要人が犠牲になったのは不味かった。表向き、回廊の管理を謳って寄付を吸い上げておきながらこの体たらくだ。教会側は慌てて問題の司祭、フレディアを更迭したけれど時すでに遅し。下手すれば教会と国で戦争になる可能性すらあったんだ」
ほんの10年前にそんなことがあったなんて。
「どうにか問題の教会、つまりこの街の教会の上層部を総入れ替えして、なおかつ当時の関係者を各国に引き渡して、本部の大司教も責任を取ることでようやく、国と案内ギルドの怒りを収めることになった」
「関係者を各国に引き渡すって?」
「本来であればあり得ない話だけど、教会は幹部を売ったんだ。はっきり言えば投獄するなり、死刑にするなり好きにしてください。怒りの矛先は引き渡したものにぶつけてくださいってね」
それは屈辱的だろうし、何より引き渡されたものはたまらないのでは?
「でも、問題が深刻化したのはフレディアのせいだけじゃなかった。引き渡された奴らはみんな少なからず事件の当事者だったんだよ。そうして騒動はおさまったけれど、教会は方針を大きく転換せざるを得なくなった。強気な姿勢は形をひそめ、実質的に本部以外は各国の下につく事になる。それから10年で教会はずいぶんおとなしくなったと思う。最も、強引に教会を建てまくった結果、小さな村々にも医療機関や教育機関となる施設が定着したのは皮肉だけど」
「、、、なんていうか、たった10年前の話なのに、すごい話ですね。なのによくまあロデオルって司祭はあんな強気に、、、」
「そうだね。たった10年。だけど10年。あの時酷い目に遭うことの無かった教会関係者も増えてきたってことだろうね」
確かに、私もそんな話はとんと知らないまま、教会で暮らしていた。教会としてもこんな話広めたく無かったのだろうけど、ひたすらに隠した結果、フレディアの悪夢の再来となってのでは意味がないように思うけど。。。
「話が長くなったけれど、上級証書は紋章よりも先に挑むことのできる許可証なんだ。10年前のような犠牲を出さないように、教会が定めた通行証みたいなもの」
そうか、そういえば上級証書の話だった。びっくりする話が多くて、正直ちょっと忘れていた。そんな私の表情を見て、ウェザーは苦笑する。
「本来であれば、十分な実績と名声を持って、なおかつ国の支援か莫大な寄付を背景にしないと、司祭から発行の許可が出ないんだ。だから依頼は断るって意味でノリウスに伝えたはずだったのだけど、、、」
「あ、そう言えばすっかり聞くのを忘れていたけど、ホルプルスってそんなに断りたい猛獣なの?」
「そうだね。僕らだけならなんとかなるかもしれないけれど、あまり会いたくないなぁ。まして、足手まといを連れて、わざわざこちらから近付く相手じゃないよ」
「大図書館で読んだの?」
そんな私の何気ない言葉に、ウェザーはちょっと虚を付かれたような顔をしてから、「いや、前に一度だけ見たことがあるんだ」とだけ言った。
上級証書の重要性や、安易に発行するものではないということさえも、よく分かっていなかったロデオルを上手いこと騙して、上級証書を手にしたノリウスさんがギルドにやってきたのは、その日の夕食どきのことだった。




