【一の扉④】004)全然足りてなかった出発準備
「お買い物〜♪」
鼻歌を歌いながらご機嫌で歩くフィルさん。ご機嫌なフィルさんとは対照的に、同行するニーアは周囲の視線に辟易しながら歩いていた。
レデルとニーアの巫女姉妹、護衛のシグルは、大きなもふもふの耳が特徴的なお姉さん、フィルさんの先導で大通りまで買い出しに来ている。
セルジュさんという喋るフクロウのおかげで、ウェザーと案内契約を取り交わしたものの、ウェザー曰く「君たちはまるで準備が足りていない」というのだ。一応、ブレンザッドの街に来るための旅装ではあったものの、彼の見立てでは精々使えるのは靴くらいなものらしい。
「本当に荷物ってそれだけなの?」と少々呆れられながら、「フィル、悪いけどちょっと買い物に付き合ってあげてよ」となったのだ。
大通りは人でごった返しているけれど、そんな中でもフィルさんは一際目立つ。良くも悪くも。主に悪くも。
道ゆく観光客はフィルさんを見てギョッとして、それからほとんどの者は、侮蔑や嘲笑の視線を投げかける。その気持ちもわかる。自分だって何も知らなければ同じようにするだろう。
だけど現在、一から十までお世話になっているニーアとしては、少し前まで自分がそれらの人々と同じ気持ちであったことに、顔から火が出る思いであった。
そう、現状私たちは文字通り全てをウェザーのギルド「ミスメニアス」にお世話になっているのである。というのも、姉妹の持つ予算で必要な道具を揃えると、それだけでお金のほとんどが無くなってしまうのだ。
最初は「ちょっとくらい辛くても我慢します!」と訴えたものの、ウェザーより「いきなり吹雪の雪原に投げ出される可能性もあるんだけど、そんな薄着でどうするつもり?」と言われてはぐうの音も出ない。
防寒着ひとつとっても、なるべく荷物にならず高い防寒とできれば防熱も兼ね、かつ雨具としても機能するものが望ましい。
そんなコートもこの街では平然と売っている。異世界より持ち込まれた素材が使われているのだ。ウェザーに買ってくるように言われた、必要な物の中でも一番高価。正直に言えばこのコートを3着買うと、あっという間にお金が足りないという事が判明した。
そこで姉妹は相談して、どちらか一人が無限回廊に挑むことになった。これにはウェザーも賛成で「人数が少ないほうがこちらとしても助かる」と言うのだが、どちらが行くかは揉めた。
当然姉であるレデルが行くと主張したけれど、私だって譲るつもりはない。というか、是非とも行ってみたいと思っていた。
多分私とお姉ちゃんの考えている事は全然違う。お姉ちゃんは教会のため、待っているみんなの為にと思っているんだろう。私も全くその気持ちがないわけではいけど、正直言って、見た事のない場所に対する興味の方が大きい。
ゆく所がなくて巫女になったけれど、はっきりいってエルグ教にはあまり興味がない。お姉ちゃんは真面目だから、追放されたら、また居場所がなくなってしまうと悲壮感がある。私にはない。なんならこの街で暮らして行けばいいのになんて思ってしまったりする。
もっとも、教会の追放者となれば、生きてゆくのに不便なことも多くなる。それこそ教会の恩恵を受けられないフィルさん達みたいに。なので、問題は解決しておくに越した事はないのだけど。
最終的にくじ引きで決めることになったので、私はちょっとズルをして、同行の権利を勝ち取った。
人数を減らす事で多少は費用の削減になったけれど、それでもお金はあまり残っていない。備品以外の問題もある。それに、備品を買い揃えたら明日出発という訳にはいかないみたいだ。無限回廊への挑戦申請もしなければならないし、ウェザーも準備があるという。
「出発は早くて10日後くらいだね」と平然と言ってのけるウェザーに、私たちは恥を忍んで「備品を買ったら多分そんなに宿泊できる余裕はない」と伝えた。ウェザーは深々とため息をついて、それでもギルドの空き部屋を貸してくれた。
結局、案内料も全額後から私が働いて払う事になったし、宿もご飯もお世話になってしまい、客観的にみれば私たちは客どころか居候のような存在になってしまった。
なるほど、これではどこのギルドからも断られるはずだ。私たちは何も知らなかったのだ。それでも出ていけと言わないあたり、ウェザーは良い人なのかもしれない。
そんなことを考えながら、お店を次々と回る。フィルさんと馴染みのお店なのだろう。フィルさんが親しげに店主と話しながら商品を選んでいる横で、シグルが「こんなに珍しい物が売ってるんなら、セレイアの木も売ってるんじゃねえの?」と言った。私もそう思う。けれどフィルさんに聞くと「もしかするとたまに出回るかもしれないけど、、、」と困り顔。
フィルさんの説明によると。異世界に挑んで持ち帰る事ができるものは、どういう訳かたった一つなのだ。しかも”一つ”の定義も曖昧で、財宝の入った宝箱で1つと見なされる事もあれば、対のピアスはかたっぽ1つしかダメだったりするらしい。
「でね、植物というのは珍しいけれど、枯れたら価値がなくなっちゃうし。だからよほどの希少性、例えば薬になるとかでないと、買取価格も抑えられがちなのよ。だからそれしか持ってこれないような状況でないと、後回しにされるのよね」
確かに命がけで財宝に挑んで、買い叩かれるようなものを持って帰って来たくはない。コートの素材のような物の方が絶対に良い。
「多分教会に回って来たのも、そういう理由かもしれないわね」
フィルさんの言葉に私は納得する。ようは買い叩かれるくらいなら教会に寄付する事で教会より高位の肩書きを貰う事を選んだのだろう。教会に顔が利くようになるのは、悪い話ではない。こんな事お姉ちゃんに言ったら怒られるだろうけど。
こうして備品を買い揃えると、私たちの仮宿でもあるギルドへ戻る。
「おや、帰って来たのだね? 良いものは買えたかね?」
ギルドに入ってすぐに、セルジュさんが出迎えてくれる。私たちのか細い可能性を繋いでくれた、ありがたいフクロウさんだ。
「セルジュさん、ただいま! ウェザーは寝てるの?」
昨日一晩、色々とお話をして、私とセルジュさんはすっかり仲良しだ。
「そうだね? しばらくは星読みをするからね?」
「星読み?」
「君たちの旅路が成功するためには必要な事だね? 気になるのなら夜、屋上に行くと良いね?」
「邪魔にならないかな」
興味はあるが、邪魔になるようなら流石に遠慮したい。そんな私たちの会話にフィルさんが割り込んでくる。
「多分大丈夫よ。私達もたまに一緒に見てるから」
それなら、今日の夜、一度覗いてみよう。




