【二の扉⑦】020)思い出はだいたい美化される気がします
「なんで言ってくれなかったんですか!」
海に浮かぶ小舟の中で、私はウェザーとノンノンに抗議する。船を用意すると先に言ってくれれれば、砂の上を転がる必要は無かったのだ。
しかし私の抗議はさらりといなされ、ウェザーから「いやぁ、ニーアがそこまでやる気満々で壁にへばりつくとは思っていなかったんだよ」と笑う。
聞けば、ウェザーは早々に船を探して動いていたらしい。ウルドさんが来た時も舟があったのなら、同じように近くに船がある可能性は高いという読みだ。
「それならハルウも連れて来れたんじゃないですか?」
最後まで私たちに寂しそうに鳴いていたハルウ。今回は壁を伝うからという理由で留守番になったはずだ。
「船が必ずあると保証された訳じゃないよ。可能性が高いってだけで」
「じゃあ、もし船が見つからなかったら、、、」
「もちろん壁伝いに進むしかない。ウルドさんはフィルに担いでもらうとして、ニーアには頑張ってもらうしかなかったね」
、、、うん。船があって本当に良かった。壁沿いでは全く辿り着ける気がしない。
小舟はなるべく崖から離れないようにゆっくりと進む。幸いな事に、空は青空、海が荒れるというのはどんなものか、初めて海を見た私には良く分からないけれど、少なくとも今は大丈夫という事は分かる。
「それにしても、凄い崖だね」崖の終わりがまったく見えないほど高い。
私が崖を見上げながら呟けば、「この上にはどんな食材があるのだろう」とロブさんが呟く。
それからしばらくはロブさんが今まで異世界で食べてきた食べ物の話を聞きながら、ちゃぷちゃぷと少しずつ進む。
「ウェザー、なんか、ある」ノンノンの指差す先にあったのは、ぽっかりと口を開けた洞窟だ。「ウルドさん、あそこで間違いないですか?」ウェザーが聞くも、ウルドさんは自信なさげに「恐らくは、、、」と眉根を寄せた。
遭難した時は脱出に必死だったので、洞窟の外観は全く気を払っていなかったそう。ただ、少なくとも2つの洞窟は見ていないというので、ほぼここであろうという事で船首を向けて、怪物の口のような入り口にこぎ入れる。
洞窟の中は薄暗く、なんだか肌寒い。一応冒険用のコートを羽織っておく。舟が進む音が洞窟内に妙に響いてなんだか落ち着かない。
突き出している岩にぶつからないように慎重に先へ。すると角を曲がった所で突然開けた場所に出たところで、ウルドさんが大きな声を上げる。
「ああ!! 間違いない!! ここだ!!」
洞窟内に反響するウルドさんの声に驚いて、コウモリみたいな鳥があわてて飛び出して行くのが見えた。実は私もウルドさんの大声にビックリして「ひゃっ」と言ったのは秘密だ。誰も聞いてないよね?
「でも、ここで本当にあっているの、、、?」
櫂をこいでいたフィルさんが首を傾げながら呟いたように、イメージしたものとは随分と違う光景がそこにあったのだ。
ウルドさんが言った通り、確かに泉はあった。とても自然の造形とは思えない。また、泉の上から光が差し込んでいて、自然が産み出した息を飲む美しさに圧倒される。
けれど、泉の周りには何も無かった。
ウルドさんの話では、泉の周りには無数の食材が転がっていたはずだ。それらを食べて元気を取り戻すことができたからこそ、帰って来られたのだ。
舟舳先がカタン、と音を立てて目的地への到着を告げる。私たちは順番に舟を降りて、なんだか厳粛な気分で泉の周囲を見渡す。
最初に動いたのはウルドさん。よろよろと、一気に歳を取ってしまったように、力なく泉へと足を出す。
「まさか、長い月日がすべてを失わせたのか、、、」
泉の手前で膝をついて崩れ落ちるウルドさんに、かける言葉が見つからない。
ウルドさんの若い頃、聞いた所によれば30年も前の話だ。かつてここに”あった”食材が、消え去ってしまってもおかしな話じゃない。風化してしまったのか、あるいは、海へとさらわれていったのか。
いたたまれない空気が包む中、がさごそと動き回る人が1人。ロブさんである。洞窟の隅や、泉などを嘗めるように探ってゆく。
そうして泉のたもとにしゃがみ込んだところで「ああ、なるほど」と一人で納得。
「ちょ、ちょっと、ロブさん!」
依頼主がうなだれている眼前で嬉々として周辺を調べるロブさん。流石に止めた方が良いかと私が足を踏み出した所で「何か分かった?」とウェザーが緊張感の無い声でロブさんに聞いた。その声に応じて、ロブさんはなにかの欠片をこちらへ見せる。
「ああ。これだ」
ロブさんがみんなの前に見せたのは、ひからびた小指ほどの黒いなにか。
「、、、、ごみ?」
「ニーア、ごみではない。君はたまに直球で物を言う時があるな」とロブさんに注意される。少し自覚はあります。
「あの、、それはなんなのですか?」少しだけ気を取り直した依頼主であるウルドさんの質問に対して、ロブさんはにやりと笑いながら答える。
「これが"神の食料庫"の正体なのだ」と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「、、、、そのごみが?」
「ごみではないと言っている。まったく」ロブさんは憤慨しているが、他のメンバーは私と似たり寄ったりの反応である。
ロブさんは「やれやれ」と言いながら私たちの横を通り抜け、つまんでいたものを海水に浸ける。それからこちらに見せるが、やっぱりゴミにしか見えない。
フィルさんがロブさんの摘んでいるものに目を寄せて、ふと気付く。「もしかして、、、キノコ?」
「ああ。典型的な毒キノコだな。主な症状は”幻覚”」
「幻覚、、、では、私は見たのは、、、、」
「そうだ。実はこのキノコに良く似たキノコで、気付けになる物があるのだ。貴方と来た案内人は、気付け薬と勘違いしたのだろう。恐らくだが、先に意識を取り戻した案内人は貴方にこのキノコを食わせたのだと思う。断言はできんが、自分でも口にしたのではないだろうか」
……つまり、当時のウルドさんと案内人は、何も無い洞窟で、存在しない食べ物を貪っていたという事なのか、、、
「そんな、、、」
あんまりな結末に、私は少し可哀想な気持ちになる。こんな事なら、ウルドさんは再びこの場所に来るべきではなかったのではないだろうか? いっそ身を焼かれるような憧れを抱いたまま、最後まで夢を見させてあげた方が幸せだったんじゃないか?
再び下を向いて、ぽたり、ぽたりと涙を流すウルドさん。
何とも言えない沈黙を破ったのはウェザーだ。
「ロブの言う事は正解だけど、少し違うよ」
みんなの視線を集めながら、ウェザーは微笑んで静かに両手を開く。
「ウルドさんの言う通り、神の奇跡は、確かにここにあったんだ」




