【一の扉開】001)巫女の姉妹は流れ着く
「ここで、合ってる、、、よね?」
2人の少女とその背後を守るように立つ少年は、教えられた建物の少し前で立ち止まる。3人が見ている建物は高さこそあるが、お世辞にも綺麗とは言えない外観をしていた。
「お化け屋敷?」思わず少女のうちの一人が呟き、「こら! ニーア!」と注意される。
「だって、レデルお姉ちゃん。あの外観じゃあ…」
妹を注意した姉、レデルではあるが、ニーアの指差す先を見てゴクリと喉を鳴らした。
2人が逡巡するのも無理はない。ここは無限回廊を擁する大都市、ブレンザッドなのだ。貴賎を問わずあらゆる人間が一度は目指すと謳われる、夢と欲望が交錯する街。
現に姉妹が最初に目にした立派な門の先は、きらびやかなお店が立ち並ぶ繁華街であり、大通りはどこもかしこも洗練された町並みだった。
大通りへ入ってすぐは、宿屋や食堂、道具屋に武器屋などの商店がならぶ。いずれも一級品の品揃えを、誇らしげに道行く人に見せつけていた。
田舎者丸出しでそれらのお店をキョロキョロしながら歩いた通りの先には、これもまた立派な建物が左右に並ぶ。向かって右手は冒険者ギルドの数々。そして左は全て案内屋ギルドが入る建物だ。
冒険者ギルドとはいわゆる傭兵の集まり。冒険者がどこかのギルドに所属すれば、無限回廊挑戦の際に色々と便宜を図ってくれる。同じギルドの人間同士、パーティを組んで無限回廊に挑むものも少なくない。
特にこの街にある冒険者ギルドは、押しも押されぬ有名パーティが所属、或いは運営する一級ギルドばかり。中には国家お抱えのパーティなども珍しくないのだ。
対する案内ギルドはこの街にしか存在しない特殊なギルド。無限回廊の案内を専門に行う「案内人」の面々が集まっている。無限回廊に挑むのに、案内人を連れないのは自殺に等しいと言われるほど重要で、無限回廊に関して彼らの発言権は大きい。
無限回廊を管理しているのはエルグ教会だけど、教会も案内ギルトにはそこまで強く出ることはできない。また、ごくごく例外、例えばS級ランクの冒険者パーティでもなければ、案内人を連れずに無限回廊に挑むことはない。
しかし同時に、案内人を雇う料金は決して安いものではない。特に有名な案内人ともなれば、高額な料金を請求することも珍しくないのだ。
そして、案内人は金を払えば誰でも契約できるわけではない。依頼者の目的、それにパーティに対して案内人が「生きて戻ってこれる」と踏んだ場合のみ、契約が成立する。
パーティメンバーに不安がある場合は門前払いも当たり前で、この場合はいずれかの冒険者ギルドに駆け込み、助力を願うしかない。当然こちらでもお金がかかるので、素人が無限回廊に挑むには、それなりの資金を用意しなければ話にもならない。
さらに言えば、いくらお金を積んで無限回廊に挑んだところで、必ず報われるとは限らない。むしろ命からがら逃げ帰ることも日常茶飯事。
にも関わらず挑戦者が後を立たないのは、成功時の見返りの大きさが、普通に働いて得る物とは比べ物にならないからだ。
無限回廊の中には様々な財宝や不思議な道具、あるいは素材が眠っている。
さらに、噂話に過ぎないけれど『ほんとうのとびら』と呼ばれる扉を引き当てることができれば、その先には神様がおり、なんでも1つだけ、願いを叶えてくれるという。
誰が言い始めたのか、ずっと昔からその噂は語り継がれている。もっとも、ほんとうのとびらは子供のおとぎ話みたいなものだ。
さて、素人が案内ギルドで門前払いを喰らい、なおかつ冒険者ギルドでも芳しい結果を得られなかった場合はどうなるか?
お金を貯めて再挑戦を目指すか、あるいは厳しい現実を目の当たりにして、ここまで来たことを記念として故郷への岐路へ着くのであるが、中にはたまに、妙に諦めの悪い者達がいる。
単に諦めきれないのか、それとも何か譲れない目的があるのか。
もちろん、それらの者たちに一々救いの手を差し伸べてはキリがない。だが、ごく稀に、良くか悪くか案内ギルドの幹部に「目をつけられる」者達がいる。
良い言い方であれば気に入られるといったところであろうが、海千山千の案内ギルドの人間が、打算なしに目をかけることはまずあり得ない。つまるところ、後々何かの利益が見込めると判じられたからこそ、声をかけられたのだ。
レデルとニーアは、その極稀な運の良い(?)者達だ。彼女らはどうしても無限回廊に挑む必要があり、護衛の少年を一人連れてはるばるこの街へやって来た。
けれど予算も潤沢でない少年少女のパーティは、案の定どこからも相手にされることはなかった。
ただ一人、燃えるような赤い髪が特徴的な大柄な中年女性から「どうしてもというのなら、行ってごらん」と地図を渡されたのがこの場所だった。
華やかな大通りの喧騒を背にして、日中は気だるさが漂う飲み屋と、娼館が居並ぶ裏通りも抜ける。たどり着いたのは街の端にある森の脇、活気どころか人気もないところにある幽霊屋敷。ここで二の足を踏まない者は、大人でも少ない。
「どうすんだ? 諦めて帰るか?」両手を頭の後で組んで、まるでやる気のない護衛が聞く。
レデルとニーアはお互いの顔を見合って、口をギュッと結び、目で「行こう」と頷きあった。
そうして勇気を出して足を一歩踏み出した瞬間である。
目的の建物から「俺は客だぞ!!」という怒鳴り声が聞こえたかと思ったら、何やらガチャンと金属音が響く。思わずびくりと体を震わせて互いの手を取り合う姉妹。
一瞬の沈黙の後、「ぎゃっ」だの、「やめろ!」だの、「いてえ!」と言った叫び声が上がったと思ったら、扉から転がるように、ではなく物理的に転がりながら4人の男が放り出された。
「てめえ! 覚えてやがれよ!」これぞと言った捨て台詞を吐いて、這々の体で逃げてゆく男たち。
その後から「かおを洗ってでなおしてこい!」と甲高い声で言いつつ、手をパンパンと叩きながら出て来たのは、絵物語で見た生き物によく似ていた。
「コボルト!?」
二足歩行の犬をみて驚く姉妹を、その生き物はギロッと、ちょっと可愛いのであんまり迫力はないのだけれど、とにかくギロッと睨みつけると
「誰がコボルトだ! おいらは誇り高きウーファー族のノンノンだ!」
そのように言うと、胸を叩いて尻尾をピンと立ててみせた。




