【二の扉⑤】018)ウェザーの頼みと私の挑戦
大図書館を後にした私とウェーザーが外に出る頃には日もとっぷりと暮れて、星が瞬いた。
ウルドさんと帰還した案内人の記録は比較的早く見つかったけれど、その後が長かった。一通りじっくりと記録に目を通したウェザーが、もちこんだメモ帳に写し取ったり、別の場所で何やら調べごとをしたり忙しく動き回っていたからだ。
途中からは私の事など忘れてしまったかのようにあちこちへ歩き回るので、最初の螺旋階段の入り口にいたギルド職員の人が、見るに見かねて私に椅子を用意してくれた。
私はお礼を言って、適当に持ってきた調査記録を読みながらウェザーが満足するのをひたすらに待つ事になったのだ。
ギルドに帰り着いてみれば夕食の時間はとうに過ぎており、食堂はガランとしていたけれど、フィルさんが私たちが遅くなるのを見越して、ちゃんと2人分残しておいてくれた。
いやな顔一つ身せず笑顔で迎え入れてくれて、スープを温め直し始めるフィルさん。私の神はここにいた。
フィルさんにお礼を言って温かいスープに口を付けて、ほうっと一息ついた所で「それで、お目当てのものは見つかったのかしら?」と聞いてくる。
「ばっちりですよ! ね、ウェザー?」私がぐっと握りこぶしを作る横で、ウェザーは「ああ、うん」と言いながらパンをもそもそ食べている。
「ちょっと、聞いてるんですか!」
「うん、ああ」
心ここにあらずと言ったウェザーの様子に、「大図書館を出てからずっとこんな感じなんですよ」と伝えると、フィルさんがくすくすと笑って
「これはまだ色々考え中ね。ニーアちゃん。ウェザーが食べるの待っていたら多分みんな冷えちゃうから、先に食事済ませてね」と助言してくれる。
確かに食べてるんだか、寝てるんだか、考えてるんだか良く分からない状態のウェザーに詳しい話を聞く事は無理そうだ。
「食べたら片付けと洗い物は私がやりますね!」とフィルさんに宣言して、私は暖かいうちに夕食にかぶりついた。
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翌朝、事務所では珍しく私よりも早く起きていたウェザーと、異世界の食べ物大好きなロブさん、それにしゃべるふくろうのセルジュさんが膝を突き合わせて何やら話し合っていた。
「おはようございます」と事務所に入ると、胴の長いかわいい生き物、ハルウが足下にじゃれついてくる。
ハルウを持ち上げてなでてあげながら、私は2人と一羽に視線を移す。
「そんな真剣な顔して、どうしたんですか?」
首を傾げる私に、ウェザーが「ちょうどいい所にきたね」と何やら含みのある笑顔。ちょっと警戒。
「しかし、本当に大丈夫なのか?」逆にロブさんは渋い顔をしている。
「ニーアなら大丈夫だよ?」セルジュさんは特に何も考えていなさそうだ。
三者三様な反応に私が「あのう」と言うと、ウェザーが「今度の無限回廊の挑戦、ニーアも同行してもらえないかな」と言った。
「へ? いいんですか?」というのが私の第一声だ。
なぜならギルドに入った直後に、少なくとも数ヶ月〜半年は無限回廊に連れては行かないと聞いていたからだ。
理由は単純で、私が素人だから。とりあえず冒険以外のギルドの仕事を覚えて、難易度の低い冒険から徐々にならしてゆくという方針だったのである。
私が素人なのは自分自身も認める所だったのでなんの異論も無かったけれど、それが1ヶ月も満たぬうちに撤回されたのだから、私の少し間抜けな返事も、ロブさんの渋面も納得してもらえるのではないだろうか。
「うん。今回の場合、君のギフトが必要な場合があるかもしれないんだよね」
そのように言われて、私は少し不安になる。私のギフト、多分、瞬間移動の能力は、発動するかどうかもあやふやで、移動範囲もやってみないと分からないとても危険なものだ。正直言って何かの助けになるとは思えない。改めて私がその旨伝えようとする前に、ウェザーが口を開いた。
「もちろんニーアのギフトが不安定なのは分かっているし、使わない可能性の方が高いというか、最悪の状況になった時の保険なのだけど。ウルドさんの話にあった通り、今回の目的地は洞窟だ。しかも入り口は海。ウルドさん達も帰ってくる時は崖にへばりついて戻ったと言っていたのは聞いていたろ」
たしかにそう言っていたので、私はこくりと頷く。
「最悪のケースとして考えられるのは、洞窟から出られなくなることなんだ。急に荒れるような海に面しているんじゃ、何が起きるか分からないからね。どうしようもなくなった時の切り札として、君を連れて行きたい」
「でも、私、そんなにたくさんの人と一度に移動した事無いですよ?」
「それでも、この間はハルウと移動したろ? ってことは自分以外も連れて移動できるのははっきりしている。それなら誰か一人だけでも連れて行ってくれれば打開できる危機もあるかもしれない」
そこまで言われては少し悩む。自分のギフトに自信は無いけれど、私が同行する事で助かる命があるのなら同行したい気持ちもある。昨日、全滅を覚悟したパーティの話を読んだだけに、余計にその気持ちが強い。
「まぁ、そこまで心配しなくてもいいさ。多分、何事も起きずに終わるだろうから」
それが本音なのか、私を安心させるための嘘なのかは分からないけれど、、、私はぎゅっと手を握ってから決断する。
「分かりました、迷惑でなければ、、、足を引っ張るかもしれないけれど、私も行きます」
こうして私の二度目の無限回廊への挑戦は、早々に決まったのだった。