【二の扉③】016)食の執念は世界を越えるので
「すみません。少々取り乱しました」
依頼主のウルドさんが落ち着くのを待って、私が声をかけようとすると、いつの間に起きていたウェザーが「それで、予算は?」と唐突に聞いた。
聞かれたウルドさんは非常に話しにくそうに、
「お話しした通り、若い頃に無茶をした時に兄に誓ったのです。もう二度と、バカなことにお金を使わないと。誓いの通り今までずっと堅実に生きてきました。孫も生まれ、私が無限回廊にお金を使うわけにはいかなくなりました、、、」
「それじゃあ無理ですね」
あっさりと話を終わらせようとしたウェザーに、「ですが!」と取りすがるようにウルドさんは続ける。
「”持ち帰りの権利”を差し上げます! そのように契約しますので!」とすがるように言う。
それを聞いたウェザーは困った顔をして、逆に2人のやり取りを黙って聞いていたロブさんは、期待に満ちた目をウェザーへ向ける。
「あの、、、持ち帰りってなんですか?」
私がロブさんにこっそり聞くと、ご機嫌で答えてくれる。
「ああ、ニーアは初めて聞くか。無限回廊から持ち帰ることができるものは一回につき一つ。これは知っているな?」
私はこくりと頷いた。
「この権利のことだ。依頼主がこの権利を手放すということはすなわち、わざわざお金を払って危ない目に会うだけということ。国からの探索依頼などでなければまずお目にかかれない契約といえる」
「なるほど。あれ? でもそうしたらジーノさんの方で受けてくれるんじゃないですか? その、お金が大好きなので、、、」
「いや、一概にそうとは言えない。案内ギルドは戦えるものが少ないからね。事前に案内料ももらえないのでは、結局のところ自前で冒険者を雇って無限回廊に挑戦することになる」
「あ、そっか、じゃあウルドさんはいらない、、、あ、すみません!」
悲しそうな目で私を見つめるウルドさんに、私は慌てて頭を下げる。そこをロブさんが「まぁまぁ」ととりなしながら続ける。
「逆に冒険者ギルドでは、案内人を雇わないと目的の世界に行くこともままならない。結局案内ギルドと同じく、ウルドさんを連れて行く意味がない。ただし。。。。」
「ただし?」
「今説明したのは一般的な話だ。今回のケースは少し事情が違う。検討価値がある」
ロブさんの言葉に唯一の希望を見たようにウルドさんの表情が柔ぐ。ウェザーは難しそうな顔で黙っているし、とりあえずここは私が聞き手に徹するのが話が早そう。
「どういうことです?」
「今回、ウルドさんは洞窟までの生の情報を持っている。つまり、我々を”案内”できる立場にあるんだよ。お宝までのルートが分かっているのなら、リスクは大きく減るからな。その上で手に入れたお宝はくれるというのなら、検討の余地があるということになる」
「なるほど」すごく良くわかった。つまりロブさんとしては異世界の食材を持ち帰るチャンスで、ウェザーとしては情報が間違っていれば、タダ働きどころか持ち出しを危惧しなければならない依頼というわけだ。
それからしばらくロブさんとウルドさんの期待のこもった視線がウェザーに注がれる。ウェザーは仕方ないとばかりに大きくため息をついて「条件が三つある。約束できるなら受けるよ」と言った。
ウェザーが提示した条件、1つめはロブさんに「持ち帰るものはウェザーが決める」と言うものだった。食材よりも価値のあるものがあるならそちらを優先すると言うことだ。ロブさんは「食材はその場で試すから構わない」と了解した。
残り2つは依頼主であるウルドさんに。「知っている情報をすべて提供すること。その上で案内ギルドの記録を調べて、ウェザーが難しいと判断するか、星読みで希望の扉を見つけるのが無理そうだと判断したら、この話はなし。おとなしく諦めること。なお、この場合、調査にかかった人件費はウルドさんが負担すること」だ。
貴族のウルドさんはお金がないわけではないので、そのくらいなら払うという。
「じゃあ、調査期間は一週間。手がかりがなければ8日後の同じ時間にまたこの場所で結果を話しましょう。挑戦の機会があれば、予定よりも早く声をかけますので準備だけはしておいて下さい」
ウェザーの決定によって、ひとまず可能性が残ったウルドさんは、何度も頭を下げながら私たちのいるギルドを後にしていった。その後ろ姿になんだか物悲しいものを感じてしまい。私は密かに「目的のものが見つかりますように」と祈る。
それから事務所へ戻ると、ウェザーが出かける準備をしていた。
「ウェザー、何処かに行くの?」
「うん。。。そうだ、ニーアも一度連れて行った方がいいかな? セルジュさん、悪いけどしばらく受付をお願いできる?」
と、部屋の隅でうとうとしていた喋るフクロウ、セルジュさんに声を掛けると
「うん? 良いよ? 任せておくといいかな?」と快く応じて受付に飛んで行ってくれる。
「えっと、どこに行くの?」
「案内ギルドの命とも言える、”大図書館”だよ」
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道中でウェザーに大図書館について説明を受ける。大図書館という名前だけど、中は今まで案内人が集めてきた資料を書き起こした書物が並んでいる、むしろ資料の書庫に近い存在らしい。当たり前の話だけど、大図書館には案内ギルドに登録されていないと入館することさえ許されない。先日ギルド本部で私も発行してもらったカードが必須だ。
「その大図書館って、どこにあるの?」
「この間行った案内ギルド連盟の本部だよ」
、、、、本部の建物の中に、いうほど大きな空間なんてあったかな? "大"なんて大袈裟な名前がついているけれど、実はそんなに大きくないのかもしれない。
そんなことを考えながら大通りにデンと構えたギルド本部の前へ。
室内に入ると相変わらず人はいるのに静かで、受付ではシルヴィアさんが暇そうにしていた。シルヴィアさんがこちらに気づいて笑顔を見せる。
「あら、ウェザーとニーアちゃん。今日はなんのご用?」
「大図書館を利用したいんだ」
「かしこまりました。じゃあ、一人50クルール。2人で100クルールね」
「、、、お金取るんですね」ちょっと驚いた私に、シルヴィアさんがきょとんとすると、
「それはそうよ。情報は世界で一番価値のあるものよ」とさらりと言う。
お金を払って、ギルド本部の奥へと進むと、入り口に屈強な人が立つ扉へ。ウェザーは顔見知りらしく、二言三言挨拶を交わして、重々しい扉を開けてもらう。なんと言うか、重厚な雰囲気で、こちらの方が無限回廊の入り口みたいだ。
扉の先にあったのは下へ続く階段。そうか、大図書館はギルド本部の地下にあるのか。
なんとなく納得しながら、ウェザーの後について地下へと降りる、、、、降りる、、、降りる、、、深くない? ちょっと深すぎない? 私少し怖くなってきたんだけど、、、
思わずウェザーに声をかけようとした時、ウェザーの方から「ついたよ」との声がかかりホッとする。
ウェザーの横から顔を出し、目の前に広がった風景に、私は「うわあ!!」と感嘆の声を上げた。
天高く続く螺旋階段に張り付くように並ぶ、書架。そこに目一杯並べられた本、本、本。螺旋階段はいくつもあり、同じ数だけの書架と本が並んでいる。さらに周辺の壁には階段と通路が据えられて、その向こうはもちろん本棚だ。
文字通り「大図書館」の名が相応しい、ほかでは見ることのできない光景が広がっていた。