【ほんとうの扉開】143)ほんとうのとびら
「嘘でしょ? なんで、、、、」
正直に言えば“ほんとうのとびら”に足を踏み入れた時から薄々既視感はあった。延々と続く地下への階段。
溢れた言葉は「嘘でしょ」だったけれど、心の中ではやっぱり、と言う気持ちもそれなりにある。
階段を降りた先にあった扉を開くと、そこには広大な空間。たくさんの螺旋階段が天井まで立ち上り、壁には一面書物が詰め込まれている。
「大図書館、、、、、だ。」
でも私のよく知る大図書館とは大きく違う部分がある。室内は夜のように暗く。代わりに天井は真昼のように太陽が出ていて明るく輝いている。けれど天井の太陽は、どうにか室内が見渡せる程度の光量に留まっていた。
「ウェザー! 、、、、、あれ? ウェザーは? っていうか、皆は?」
「みんな、先に行ったみたいだよ」その声に振り向くと、少し先にウェザーが佇んでいた。私は駆け寄ろうと一歩足を踏み出した瞬間、強烈な違和感を覚える。
何が、と言われれば説明はできない。けれど、そこにいるのはウェザーじゃない。ウェザーの姿をした、何かだ。
「、、、、あなた、誰?」
私が少し身を引くと「ふふふ」と低く笑いながら、ウェザーだったものは姿を変える。目の前で姿が変わっているのに、それがどんな形をしているのかよく分からない。
「君の馴染みの姿の方が、話を聞いてもらえると思ったのだがけれどですかかしら」
しばらく蠢いていた姿が、今度はレデルお姉ちゃんの姿になる。
「これなら話を聞いてもらえるかしら?」
「ふざけないで! 誰なの!?」
再び姿が変わる。グニグニと動いたあと、現れた姿に私は息を呑んだ。
「お母さん、、、、、」
もう二度と、会うことはないと思っていた。もうこの世界にはいないのだから。
だから私はニーア棒に力を込める。即座に出来上がった刈り取る鎌を構えると、無言のままその何かに振り抜いた!
「何をするの? おかあさん悲しいわわわわわわわ」
「その姿で二度と口を開くな! アンタが偽神、テオドールね! 絶対に許さない!」
私の鎌を気持ちの悪い動きで避けたお母さんの偽物は再び姿を変える。
「全く、こちらはこんなに譲歩しているのですのになのにだ、困ったものだなのであるのですわ」
何度かリープサイズを振り抜くけれど、全く当たる気がしない。次第にリープサイズの光が弱まり、溶けるように鎌が消えてゆく。一回分の力を使い切ったみたいだ。
私の攻撃がひと段落したのを確認すると、その物体は再び、ようやく人らしい姿を成してきた。ざんばらな髪の屈強そうな男性の姿だ。私の知り合いの誰にも似ていない。
「ふむ。ひとまずはこのままで良いか。やはり長く使った形は使いやすいのでな」
「、、、今度は誰の真似よ、テオドール」
「呼び捨てとは不遜な。まぁいい。この姿も本来であればありがたがってもらいたいものだが、私はロッソ。案内ギルドと大図書館の創始者である」
「どうせ物真似ならありがたいも何もないんじゃない?」
ここには私しかない。それでも精一杯強がってみせると、ロッソはニヤリと嫌な笑い方をする。
「愚かな。ロッソとは私であり、私とはロッソであるのだ」
「もしかして、ロッソっていうのはテオドールが人間に擬態するのに使った名前ってこと?」
「呼び捨てとは、いちいち不遜であるな。人間に擬態したのではない。人の姿で顕現してやったのだ。勘違いをするな」
「なんでそんなことを?」
「我が民達に、無限回廊の使い方を教えてやるためだ。愚かな子羊どもを導いてやるために、我は姿を変えて何度も民へ文化の発展を促してやった」
それだけ聞くと、まるで神様のようだ。けれど、私はテオドールが何者かを知っている。
「でも、全ては自分のためでしょう? 自分が神々から見つからないために、崇敬を集めて力を蓄える必要があったから」
ロッソ、いや、テオドールは少し不快そうな顔をする。
「これだから愚かな者への説明は面倒だ。私が隠れたとしても、お前達は私の助けによって豊かな生活を手に入れた。違うか? お前は私が発展させてやった教会に助けられたからこそ、屋根しかないような場所で寝泊まりせず、人らしい生活ができるようになった、違うか?」
「ぐ」
それは違いない。教会に転がり込まなければ、私たち姉妹がどうなっていたか分からない。
「お前は私のことを偽神と呼ぶが、説明した通り私が行ったことは、この世界のためになることばかりだ。案内ギルドも、大図書館もそうだ。お前達は私が導いてやったのだ。違うか?」
、、、、、それはそうかもしれないけれど、、、、
「でも、神様じゃない、、、、」
「では聞くが、お前のいう神は一体お前達に何をしてくれた。あの荒屋に隙間風が吹き込まないようにしてくれたか? ひもじい思いをしていたお前達姉妹の腹を満たしてくれたか? あいつらは都合の良い時に現れて、好き勝手に命令しただけではないのか?」
「、、、、」どうしよう。うまく反論の言葉が出てこない。
「用が済んだらお前らのいう神は、気まぐれに去るだろう。その後この世界がどうなろうと知ったことではない。そういう奴らだ。自分の目的が達成されれば、あとは誰がどうなろうか知ったことではない」
「そんなことはっ!」
「ないと言えるのか? 絶対に? お前が神の何を知っているというのだ?」
それは、そうかもしれない。私の中で何かが揺らぐ。
テオドールは優しげに微笑んで私に手を差し出し、「取引をしないか? この世界に安寧をもたらすために」と、言った。