【幕間7-1】109)ノリウスという人
久しぶりに見るウェザーは随分と憔悴していた。目にもクマがある。普段あれだけ夜更かしして星を見ていてもしっかりと睡眠をとっていた彼らしくない。
ウェザーは私たちをチラリと見て、それからスッと視線を下に落とした。その後からゾロゾロとやってきたのは、トッポさんにフィルさん、ノンノンにポメルもいる。
「あれ? ロブさんは?」ギルドを辞めることを決めたロブさんがいない。もしかしてもう部屋を引き払ってしまったのだろうか。
「ロブなら物件を見に行っているよ。まさかこんなに早くあんたらが帰ってくるとは思わなかったからね」
「物件?」
「あいつは改めて料理人の道を選んだ。その店のための物件を見に行っているんだ」
「そうですか、、、」別に、ロブさんが既にギルドを辞めていたとしても、街に住んでいる事には変わりはないけれど、それでも、最後くらいはしっかりと見送ってあげたかった私はホッと胸を撫でおろす。
「私たちは席を外した方が良さそうですね」ウェザーの様子を見て、ジュニオールさんが気を利かせてくれたけれど、シャロさんは首を振る。
「いや、どちらでも構わないさ。ウェザー次第だけどね。あ、それからノリウス、あんたは残っていな」
ジュニオールさんの言葉をこれ幸いとばかりに、そっとギルドを去ろうとするノリウスさんが悲しそうな顔で私を見る。いや、私を見られてもどうしようもないですよ?
渋々戻ってきたノリウスさんは「なんでしょうか? 私それなりに忙しくてですね、、、」と言い訳。どうにか帰ろうとするノリウスさん。彼の中の危機察知能力が全力でこの場にいることを拒否しているみたいだ。
「あんたこの間、今の教会に不満があるって言ったね。なら、あんたは聞いておいた方がいい。ことと次第によっちゃあ教会がひっくり返る事態になる。私はあんたらのことは嫌いだが、公共施設としての役割だけは認めている。だから機能不全になるのは困るんだ」
「ちょっとそんな大きな話は私の手に負えないのですが、、、あの、どなたか司祭様を連れてきましょうか? そうだ、それが良いでしょう!」名案を思いついたとばかりに手を叩くノリウスさんの案をシャロさんがあっさりと否定する。
「あんたのことちょっと調べさせてもらったよ。アタシがいた時はほとんど見かけなかったような人間が、この街の副司祭長官になってんだ。ちょっとただことじゃないからね」
「副司祭長官ってそんなに偉いんですか?」私はついつい口を挟んでしまい、シャロさんに睨まれて首を縮める。
「この街の教会の司祭ってのは決定権こそ持っちゃいるが、結局のところ大国の息のかかったお飾りさ。10年前の事件以降ね。背後の国の意見を聞いて、それを話すだけの馬鹿でもできる役職、それが三司祭。では、これだけ大きく力を持つ教会の実務を仕切っている、実質のトップは誰かといえば、実務を行う副司祭の束役、副司祭長官、つまりアンタだ」
私は思わずノリウスさんを見る。ノリウスさんは困った顔のまま何も言わない。
「場合によっちゃあ本部の大司教よりも権力を持ちかねない場所で、アタシがいなかった5年でしれっとそんな場所に居座っている。そりゃあ気になるさ。だから、調べた」
ノリウスさんは何も言わない。
「アンタ、5年前にアタシを見かけたって言ったね。どこでだい?」
「どこで、、、ですか? えーっと、幾分前の話なので、どこだったかなぁ。でも無限回廊の広場辺りではないですか? グリーンフォレストの皆さんの帰還の時とか」
「行ってないんだよ」
「え?」
「アタシはあの場所には行っていないんだ。アイツらとの約束でね。アタシはこのギルドで出迎えると決めていた。だから無限回廊の近くには一度も行っていない」
「そうですか〜、じゃあ、他の時ですかね〜? 案内人として有名なシャロさんですから、たまたま見かけたのかもしれません」
「それもない。グリーンフォレストの奴らが来てから、アタシは案内家業はやっていない」
なんだかきな臭くなってきた。ノリウスさんの薄ら笑いがすこぶる胡散臭い。
「ちょっと、ニーアちゃん! そんな冷たい目で見ないでくれる? こんな善良な一市民を」
「アンタ、ヴェベルの息子だろ?」
シャロさんの一言で、ノリウスさんの笑顔がスッと消えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「これ以上シラを切っても仕方ないですかね〜。しかし、どうやって知ったんですか?」
喋り方はいつもの軽い調子のノリウスさんのものなのに、表情は全くの無表情。これは、まぁまぁ怖い。
「はじめに見た時、おや? と思ったんだよ。どこかで見たことがあるってね。その時は気づかなかったが、、、、アンタの目、あの飄々とした親父によく似てる」
「、、、、父に会ったことがあるのですか? 、、、それは、、、少々誤算でしたね。父を知ってそうなこの街の関係者はしっかり調べたつもりでしたが、、、」
「どうせ情報の元は教会の資料だろう? 当時、アタシらは爪弾きものだったからね、記録に残す価値もないと思ったんじゃないかい?」
「、、、、今後は情報収集の精度の向上に取り組む事にしましょう。ですが、それだけでは根拠としては弱いでしょう?」
「そこはいろんなツテがあるさ。伊達に年は取っちゃいないんでね」
「私の出自は、そのツテの方々には?」
「話しちゃいないよ。必要なカードなら切るがね」
しばし睨み合うシャロさんとノリウスさん。根負けしたのはノリウスさんの方。能面のような顔に笑顔を貼り付けると、私の方をみる。
「ニーアちゃんのせいで飛んだしっぺ返しを食いましたよ〜、こんなことなら、あんなおっかない人、脅すんじゃなかったですよ〜」と泣き言を言う。
いや、今ノリウスさんも十分に怖いですけれども!?
「そういう食えないところも父親譲りだね。けど、アンタもなんか後ろ暗い目的があるから、アタシらにやたらと絡んできているんだろ? 例の聖女云々だって、アンタほどの立場の人間は本来ならノコノコこんなところまでやってこないはずさ」
「さて、なんのことでしょうか?」尚も嘯くノリウスさん。
「まぁいい。そう言う人間にも聞いておいてもらったほうがいい。もしもこの話を悪用しようってんなら、アンタの正体をバラすだけさ」
その一言で、2人のやりとりは終わったようだ。シャロさんはいよいよウェザーへ視線を向ける。
「アンタの仲間はちゃんと結果を出した、アタシに気概を見せた。いつまでもぐずぐずしてんじゃないよ! 覚悟を決めな!!」
そんなふうに怒られたウェザーは、少し泣きそうな顔をしながら、ようやく私たちの方へと視線を向けた。