【八の扉14】104)祈り、満ちる。
「、、、、どこ、ここ?」
真っ白になった視界が徐々に戻ってくる。黒い壁に囲まれた部屋。一瞬、穴にでも落ちたのかと錯覚する、けれどそこは、なんとも荘厳な雰囲気に満ちた場所だった。
ちょこんと置いてある小さな白いテーブルと椅子が酷く目立つ。テーブルには花が飾られていた。そして、
「こんにちは、ニーア」
部屋の中央で彫りの深い、整った顔の男性の人がゆったりと私を見つめている。
「誰ですか? あの、、、ここは、、、あ! それどころじゃない! すぐに元の場所に戻してください! 大変なんです!」
どこだか知らないけれど、のんびりしている暇はない。詰め寄る私にその人は全く動じることなく「大丈夫だ」と、テーブルに飾られた花を指差す。
私はその指先から視線を動かすことができない。すると、その人は思いの外たおやかな指先で、花びらを1枚摘むと、そっと手を離した。
すると不思議なことに、花びらはそのまま空中で静止する。
「固まっている、、、?」
「違う。時間の進み方が遅いのだよ。貴方がここで一夜を明かしてから元の場所に戻っても、せいぜいミノタウロスが一歩足を踏み出すくらいの時間しか経たぬ」
その言葉が本当かどうかは分からないけれど、おかしな場所であることは分かった。
そして、少なくとも私を直ぐに元の場所に戻してくれるつもりはなさそうだということも。着席するように促され、渋々席に座ると、お茶が差し出された。
「あのう、、、、」
私が問いかける前に、その人は大きく嘆息する。
「全く、君と言ったら、、、、せっかくの適合者だったのに、君たちの寿命は短いというのに。もしかして、このまま会うことなく終わってしまうのかと思ったぞ。そうしたらまた適合者を探すところから始めないと、、、、私と適合できる人は少ないから、面倒なのだ」
「えっと、、、」
「そもそも君は、神職についていたのに全く祈ろうとしなかったな。少しでもちゃんと祈ってくれればやりようもあったのに、本当に神の「か」の字も心に留めないのだから、、」
「どうしてそんな事を、、、」
「ま、教会を離れてから急に祈りが届くようになったのは皮肉と言ったところか。これも大神のお導きなのか? だがあの方は、どこに出向いておられるのか、、、」
「すみません! なんの話ですか!? 私、のんびりしていられないのですけど!」
愚痴なのかなんなのか分からない呟きを聞かされる私。流石に優雅にお茶を飲みながら愚痴を聞いている時間ではない。
「だから大丈夫って言っているではないか。これだから人は、、、」
聞き分けのない子供を見るような目で微笑む男性。
むう。なんだか段々腹が立ってきた。
「そもそも誰なんですか!? 私をこんなところに連れてきて!」
立ち上がって抗議をする私に「ああ、そういえば名乗っていなかったか。君が急かすからこういう事になる、、、」とゆっくりと立ち上がり
「我が名は時の神クロノス。貴方にギフトを授けた者である」と。
ん? 、、、、、神って?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私をここに連れてきたのは神様だった。
「私のギフトは、クロノス、、、様がくれたんですか?」
あの使い勝手の悪いギフトを。
「ああ。私の力は人が使いこなすには強大に過ぎる。ゆえに適合できるものは少ない。数少ない適合者が君だ。使い勝手が悪いと言うが、確かにコントロールするのは人には難しい。しかしな、君も悪いのだ」
しれっと私の心を読む神様。
「私が悪い?」
「そう、もう少しちゃんと私に祈ってくれれば、能力の安定化を手伝こともできた、教会にいた時の貴殿は、食事のことばかり考えていたであろう?」
、、、、お恥ずかしい。確かに、真面目に祈ったことなどほとんどないし、食事は数少ない楽しみだったので、お祈りの時間はその日の献立についてあれこれ想像をしていた。
「貴殿がギルドに入ってから、ギフトが安定し始めたであろう? ここ最近、真剣に祈ることが増えたからだ。そして祈りが満ちた。だからこの場所に呼ぶことができた」
私の努力でギフトを使いこなせるようになったのではなかったのか。少しがっかりしていると「もちろん君の努力も無駄ではなかった」と神様に慰められた。
「さて、君は早く元の場所に戻りたいのだったな。だが、まずは私の話を聞かなくてはならない。これは頼みではなくて命令。良いな? 代わりに、君が元の場所に戻った時、時間はほとんど過ぎていないことは保証する。私は時を司る神なのだから」
ちょっと胸を張って自慢げにする時の神クロノス。
その後、彼が話し始めた事は、正直信じられない内容ばかりだったけれど、でもひどく納得できる。とても、とても大切な話だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私の身体を再び光が包む。
光が弱まると、なるほど確かに、クロノス様は約束通り同じ場所、ほとんど変わらない時間に戻してくれたようだ。
つまり、ミノタウロスが斧を振り上げたところで、現在絶賛私の命の危機ということ。
ただ、先ほどとは大きく事情が異なる。
私がニーア棒を握って、時の神へと祈りを捧げると、棒は大きな光の鎌へと変化した。
神曰く、この武器は「刈り取る鎌」というらしい。
前に一度だけ発動した、その後何度やってもできなかった鎌。それが私の手から形作られた。
ミノタウロスは斧を完全に振り上げている。直ぐに衝撃波が私を襲うだろう。
だけど心は酷く落ち着いている。
私は出来上がった光の鎌を、ミノタウロスに向かって振り抜いた!