【一の扉⑨】009)オアシス捜索と転がる私
探しているセレイアの木の意外な役割を知った私がびっくりして固まっている間に、案内人の面々はテキパキと出発の準備を始める。
フィルさんが背負っている大きなリュックを下ろすと、ずしりと砂に沈んだ。フィルさんのリュック、これが本当に大きい。大げさではなく私が3人はすっぽり入る大きさがあるのだ。
そのリュックの横から何やら筒状のものを取り出して底を押すと、筒が突然膨らんでふわりと浮く。
「それは?」
「ポインターっていうバルーンよ。簡単には割れない素材でできてるの。帰る場所がわからなくならないようにする、無限回廊挑戦の必需品」
そうこうしている間に膨らんだバルーンは宙へと浮かんでゆき。紐で結ばれた重しによって適度な高さで止まり、ゆらゆらと揺れている。
「不思議? どうやって浮いているの?」
「そういう特殊能力を持つ人がいるの。空気を軽くしたり、ぎゅっと小さくしたり。無限回廊のあるブレンザッドでは絶対に食いっぱぐれないギフトよねー」
空を見上げながらフィルさんが「風もないし、見通しがいいから今回は助かるわー」と呟く。
「そういえば、そこにある扉が帰り道なの?」
私の疑問に答えてくれたのはウェザーだ
「そう。大体出て来た場所の周辺にあるんだけど、今回は砂漠だから探す手間が省けたよ。下手すると帰りの扉を探すだけで丸一日かかったりするからね」
説明を聞きながら、私はなるほどと思う。同じ場所に帰ってこなければならないから、挑戦は長くても10日くらいなのか。つまり片道5日位が限界なのだ。
仮にこんな場所に放り出されたら自給自足は無理だ。あっという間に食料がなくなってしまう。仮に食べられそうなものがあったとしても、異世界で未知の食べ物を口にする勇気は、少なくとも私にはない。
「案内人を連れなかったり、慣れた冒険者が過信しすぎて退路を後回しにした結果、死にかけたなんて話は珍しくない」
そんな言葉に私はゾッとする。
「それでも死にかけたってことは、帰って来れたってことだからまだラッキーだよ。帰って来れなかった奴らの方が、その何倍も多い」
私は空にプカリと浮かんでいるポインターに「どうか何事もなくその場で待っていてください」と密かに祈ってからその場を後にした。
砂漠は歩きづらく、当然のように熱い。暑いではなく、熱い。上からも熱いが下からの熱もバカにできない。早くオアシスを見つけなければ干からびてしまいそうだ。それでも、事前に必ず買っておけと言われたコートを羽織り、フードも被ると少しマシになる。不思議な素材だ。
それにしたって熱い。どうしても口数か少なくなるけれど、迷いなく進むウェザーに私は気になったことを聞いた。
「地図もないのに、オアシスの場所が分かるの?」
私と同じようにフードを被ったウェザーは、ふるふると首をふって足元を指差す。そこには元気に先頭に立つハルウの姿があった。ハルウは足取り軽く踊るように進んでゆく。
「ハルウは鼻がいいんだ。僅かな湿気を感じ取って僕らを導いてくれる。頼りになるんだ」
ウェザーに褒められたハルウは、一度こちらを向いて「任せておけ」とばかりにキュンと鳴いた。大変かわいい。
「話ついでに伝えておきたいのだけど、以前にこの世界を旅した人の記録からすると、オアシスの近くには大きな化け物がいたとあるから、特に水辺が見えたら注意してほしい」
「化け物? どんな?」
「それが運良くというか、その冒険者は砂嵐に紛れて逃げたらしくて、対峙したわけじゃないんだ。だから化け物がいるとしか書かれていない」
私たちの会話を聞いていたシグルが
「化け物が出たんなら俺の出番だ。炎の加護で叩き斬ってやるよ!」と威勢のいい言葉を吐くが、ウェザーはもう一度首をふる。
「戦うのは最終手段。基本的には逃げる一手さ。これも言っておくけれど、例えオアシスが目の前にあったとしても、これ以上進むのは危険と僕が判断した場合は撤収する。これは絶対だ」
「は? 何のための戦闘準備だよ? ノンノンだって槍を持っているんだろ? 情けねえ」
気焔を上げるシグルだったけれど、「戦っても構わないけど、置いてゆくよ。逃げられる状況なら助けるつもりもない。それでもよければ好きにするといい」と、ウェザーに淡々と言われて言葉を詰まらせる。
私はそんな怪物に合わないように祈るばかりだ。
私たちは疲れすぎないように気を遣いながら、少しずつハルウの後を追って行くけれど、見渡す限り何もない風景と言うのは、思った以上に精神的に来るものがある。
「なかなかオアシスが見えて来ないかぁ。できればオアシスで一泊したいところだけど、もう少し進んで見込みがなければ、適当なところでキャンプかな」とウェザーが呟いた。
私もできれば砂の上で一夜は明かしたくない。砂漠の夜はものすごく寒いと、フィルさんから教えてもらったばかりだ。オアシスが見つかるように祈りながら歩く。。。なんか私、教会にいる時よりも祈っている気がする。
「うへえ、、、山だ」少し進んだところでシグルがうんざりとした声を出した。私たちの眼前には、大きな砂の山が立ちはだかっている。ハルウはすでに、その山の斜面を元気に駆け上がっているところだった。
「あの場所なら少し先まで見通せる。ここから見渡した状況次第でキャンプ地を決めるよ」とウェザーが宣言。私たちは汗をぬぐいながら、体を斜めにしてどうにか砂の斜面を登って行く。
そうしてハルウ以外では一番先に登り終えたノンノンが、ぐるりと周囲を見渡して、私たちに待望の知らせをもたらした。
「見えた! オアシスだ!」という声を聞いた私たちは、現金なもので、俄然元気になって歩く速度を速め、最後は砂の斜面を駆け出した!
砂山を登り切って見渡せば、視線の先になるほど確かに緑の群生地が見える、間違いない。あれがオアシス!!
「さっき言っていた怪物がいないか、僕とノンノンが確認してくるよ。ちょっとここで待っていて」
私とハルウ、フィルさん、シグルを残して先行する2人を眺めながら、私は大きく息を吐いて砂の上に座り込んだ。思ったよりも体力を消耗したみたい。というか、今走ったのが余計だった。
「おい、警戒を怠るなよ」隣にいるシグルが注意するも「ちょっとだけだから」と目で頼み込む。正直、砂の地面は足を取られてものすごく歩きにくく、ここまで弱音は吐かなかったけれど、私はへとへとだったのだ。
異変が起きたのは、ウェザーとノンノンの姿が小さくなってきた頃だ。
「なんか、、、砂が流れてない?」フィルさんの言葉で周囲を見渡せば、砂がサラサラと下へ流れていく。
「なんだろ、、、」私がしゃがみかけた瞬間、砂が持ち上がって砂山のてっぺんから私たちは投げ出される!
幸い落っこちた先も砂なので怪我はないけれど、髪にも口にも砂が入って大変だ。
「ぺっぺっ」と砂を口から出す私の頭上に、突然大きな影がかかる。
影は、明らかに生き物の動きをしている。私が意を決して恐る恐る上を見上げると、そこには大量の牙が並んだ大きな口を持った巨大な蚯蚓、サンドワームが私を見つめてよだれを垂らしていた。




