まおーさまかわいくない?
右手の小指に激痛が走り、それがきっかけで気がついた。
...ここはどこだ?
まるで砦の中のような場所だ。
自分はふかふかのベットの上に寝かせられているようだ。
とても美しい女性がベットの脇に座っている。その女性は、俺の小指を元の位置に戻そうとしているところだった。
「おっと気がついたかい?ボロボロの勇者くん?ほら、これを噛んで。よし...ちょっと痛くするから我慢するんだよ?」
その言葉に従い、差し出された木片を噛む。それと同時に涙が出るほどの痛みが小指から伝わった。
「よし、怪我の治療はこれでいいだろう。」
「...ありがとう...ございます。」
女性の言葉で、身体中の傷やアザが治っていることに気づいた。どうやら全て治してくれたらしい。
「いやいいよ。それより、敵対勢力である勇者くんがどうしてそんなにボロボロなのか知りたいね。ロクに栄養も取れてなさそうじゃない?」
女性は、その美しい顔をずいっと近づけてそう質問してきた。
そう、敵対勢力。
女性はハート型のしっぽや、小さな角、コウモリのような羽の生えた...つまるところサキュバス。魔王国側だ。
「...逃げてきたんだよ。耐えられなくて...」
嘘をついても仕方ないのでそう告げる。
俺の雰囲気を察してか、サキュバスの女性は少し考えた後、
「ふむ...これはなかなか深刻そうだね。私では手に負えなさそうだね。時間が時間だけど魔王様を呼ぼう。」
そう言ってサキュバスの女性は、ポケットから板状の金属を取り出した。そして、それに耳を当てる。
「あ、魔王様?そう私、リンカ。こんな時間にごめんね。ちょっと魔王様の力を今すぐにでも借りないとダメな要件が出来て...。うん。そう。うん。サイの砦だよ。分かった。ありがと。............よし、魔王様来てくれるってさ。」
「えっ?それスマホなの?」
え?いや。聞くところそこかって?...いや気になるやん?
「ん?スマホがなにかは分からないけど。これは、遠くの人と話せる魔道具だね。」
携帯ってことか?
今までこの世界の文明にはほとんど触れる機会がなかったが...携帯があるってことは結構発展しているのか?
というか...今が何時か、ここが何処かもまだ聞いてないんだよな。サイの砦とは言っていたが...
そう色々と考えているうちに少し時間が経ったのか、部屋の扉が開く。
入ってきたのは黒と赤を基調としたゴスロリに身を包んだ少女のようだ。
髪は、さらさらの銀髪でボブカット、コウモリのシュシュでサイドテールをちょこんと作っている。
目は吸い込まれるような赤色で、起きたばかりなのか眠そうにトロンとしている。
「まだ朝5時だよ?そんな時間にトラブルってなんなの?」
「おっ、魔王様!」
...え?この少女が魔王?
小学生高学年くらいにしか見えないんだけど?
魔族は成長が遅いとかそういうのか?
「ふーん。この人間がトラブル?今にでも死にそうな程に生気を感じられないけど...?」
堂々とした足取りでベットまで近づいてきた魔王は、じっと俺を見つめた後...
「...へぇ...勇者か...とりあえず...話を聞こっか。」
そう言って優しい顔をして俺の頭を優しく撫でた。
「なるほどねぇ...リンカが私を呼んだ理由がよく分かったよ。」
「でしょ?適合率99.9%なんて初めて見たもん。」
自分の身に起こったことを洗いざらい話し、またこちらも知りたい事をいくつか質問する。
そうした結果、
ここが魔王国と王国の国境沿いで魔王国軍の砦であること
王国と魔王国の関係や世界情勢のこと
俺が逃げ出した街は、俺の話しから王国の国境近くのアルマラという町と予想されること
俺の扱いはどう考えても過去の勇者と比べても最低とのこと
魔王国が特別文明が発展しているということ
そして、このまま行けば俺は日の出と共に死ぬということ...。
...死に方?...自殺?らしい...
なんでも、勇者召喚に王国が呪いをかけているらしく、その内容は、国王の命令を絶対に聞かなければいけないというもの。
ただ王国の予想外にも、勇者の力によって適合率が高くなるほど呪いの力が弱くなるという問題が発生したとか。
魔王...ユニが話を続ける。
「適合率が高くなるほど勇者の力は強くなるんだ。今まで1番適合率の高かった人でも60%だったんだよ。適合率99.9%の朝日なら...訓練すれば相当強くなるだろうね。
恐らく王国は、もし朝日が力をつけた後、裏切られたら...って考えたんだろうね。だから朝日を極限状態まで追い詰めてから洗脳でもしようとしたんじゃないかな?」
適合率の高い朝日には呪いが、ある1つの命令を覗いて全て効かない。
そしてそのある1つの命令が、
「自害命令...鑑定スキルですぐに分かったよ。...日が登れば見張りの兵士も起きるだろう。そうなったら...朝日が逃げ出したことはすぐバレる。自害命令が出されるまでは時間の問題だね。」
「...そんな......呼び出しておいて酷すぎる...」
「日が昇るまでは後30分って所かな。どうしても生きたいって言うなら...このユニが力を貸そうか?リンカが君を助けたのもあるしね」
そう言えば敵のはずの勇者である自分を何故、リンカは助けたのだろうか?
「そりゃーまぁ、打算ってやつだね。王国の最高戦力である勇者が、王国から逃げ出してきてるんだ。こちら側に引き込めれば王国と戦うのが有利になる。」
いやまぁ、王国より待遇が良ければ全力で力になるが...
「...ぇ...逆に王国より悪い待遇って中々ないと思うけど...ほんと酷かったんだね...」
そう言ってリンカは頭を抱えた。
「あはは...あれはほんとにもう二度と味わいたくないよ...死なずにすんで、王国より待遇がいいなら...俺、こっちにつくよ。」
ぶっちゃけ王国にも魔王国にも思い入れは無いからな。待遇のいい方がいい。
「ふむふむ。なら、今から言う『助け方』が問題ないなら、受け入れ契約書にサインをしてもらおうかな。こっちも何もなしに勇者を受け入れると部下が煩くてねー。」
そう言ってユニが契約書を取りだした。
そりゃ...敵側にいたヤツを何もなしには受け入れられないか...
そこに書かれていた内容は、正当防衛や決闘以外で魔族に攻撃するな...とか、ルールは守れ...とか、そういう当然なことばかりだったので問題は無い。
ただ、『助け方』に少し問題があった。
普通、職業というのは1度決まると変えることはほぼ無理らしい。
だが抜け道というものはあるもので、
「ヴァンパイアの眷属にされた人間は、レッサーヴァンパイアになるという話...聞いたことがあるかな?
昔、聖職者の男が、ヴァンパイアの眷属になった話があってね。
聖職者は人族限定の職業のため、レッサーヴァンパイアになった時に職業が別の職業に変わったらしいの。
あ、スキルはそのまま残ってたらしいよ。
それで勇者も人族限定の職業だからね。君も別の種族になれば助かるという訳だよ。
ただ、もう夜明けまで時間が無いからね。気の利いた種族を準備する時間が無い訳。
今ここで、君のなれる種族は...リンカのサキュバスだけなんだよね。」
.........えっ...それ、俺が女になって男から...なんてことしなきゃ行けなくなったりしないよね?...えぇ...
「いや、そんなことは無いかな。サキュバスの吸性は強くなるための手段なんだって。私はサキュバスじゃないからわかんないけど、戦って経験値を稼ぐより効率よく強くなれるらしいよ。ね、リンカ。」
「あぁ。そういうことだね。生きるだけなら吸性はする必要は全く無いね。しかも、吸性って言っても男からする必要も無いし...女の子専門のサキュバスも知り合いに普通にいるぞ?」
...ほぉ?それはユリの花が...?
サキュバスと女の子の絡み...悪くない...いやむしろ良きかな...
俺はそっと契約書に名前を書いた。
その行為にリンカは目を丸くして驚く。
「え!決断早!時間ギリギリまで悩むかと思ってたわ。まぁ...よし、時間もないしちゃっちゃと同族の儀を行うよ。ただまぁ、サキュバスになった後の見た目は保証できないからブサイクになっても怒るなよ?」
リンカはそう冗談めかして言いながら、手のひらを軽くナイフで切る。
「いやそれは...ちょっと困るなぁ...って...え、それ飲むとか?」
リンカは、自分の手のひらから溢れ出る血をグラスに注いでいく。
「そ。同族の儀には、血を取り込んでもらう必要があるからね。はい飲んで。」
躊躇なく手のひらを切れる神経には少し引くが...俺のためにしてくれていると考えるとありがたい。
言われた通りにグラスの中の血を飲み干す。
え?味?...俺、吸血鬼じゃないので普通に不味かったです。
「よし、じゃあ今から呪文を唱えるけど...種族も体も変わるわけだからかなり痛いと思うけど我慢するんだね。」
「えっ...ちょっまっ!ぐがっ....!」
リンカが呪文を唱え始めると共に心臓を鷲掴みにされるかのような激痛が身体中を走り始めた...。