ヨハンの嫉妬と独占欲
今回はヨハネス視点です。
まだエンパナーダには着きません。
学校のある日は登下校で二人きりの時間を過ごすことが出来ていた。
入学前は他の奴等もいたが、毎日会っていた。
長期休暇もずっと一緒だと思っていたのに、シルはエンパナーダに行くと言う。
聞けばエンパナーダにあるカスクルート商会を見に行くということで、もし機会があればカフェの出店もしたいとキラキラ眩しい笑顔で語っていた。
心配だから私も一緒にと願い出たが、エンパナーダには入国制限があって婚約者とはいえ他家の者まで身元保証人にはなれないとシルの遠縁のエンパナーダ人に断られてしまったのだ。
それならせめてエンパナーダとシュトレンの国境まで同行させて欲しいとお願いした。
エンパナーダはヴァイツェンブロートとシュトレンを挟んだ先にある為、順調に行っても一週間はかかる。
それからエンパナーダに二週間程滞在して、また帰りに一週間。
一ヶ月半ある休暇のうちほぼ一月がこの旅で失われる。
しかもその期間、シルに会えないなんておかしくなりそうだ。
しかし、エンパナーダまで送り迎えすれば会えない期間は二週間に減る。
二週間であっても長く耐えがたいが、短くなるのならと申し出た。
するとアンディが自分達も行くからシュトレンでシルが戻るまで待っていようと言ってくれた。
シルと二人きりになる時間は少ないだろうが、私も気心が知れた仲間と一緒の方が長旅で心強いと思い、皆で行くことになった。
ピロシキマウンテンの一件でシュトレンはヴァイツェンブロートの属国になった。
その時にブリオッシュ辺境伯である父も密入国者達を捕らえたりと貢献した為、アンディと共にシュトレン城へ国賓として招かれたのだ。
若き国王が是非にと申し出てくれた為、有り難く滞在させてもらうことにした。
しかし道中!
シルはメリッサを一人にしたくないからと、ルーカスと交代でしか私達の馬車に乗ってこない。
乗ってきたとしても他の三人もいるからゆっくり話すことも出来ない。
隣に座って手を繋いでいるだけでも心が温かくなるが、足りない。
二人きりになりたい。
二日は我慢できた。
三日目には切れた…。
朝一でメリッサに頼み込んだ。
カスクルート家の馬車に自分を乗せて欲しいと。
ルーカスはアンディ達の馬車に、メリッサも出来たらそうして欲しいとお願いした。
でも、未婚の男女であるし移動距離も長いからまるっきり二人きりには出来ないと言われた…。
私の余りの落ち込みように、メリッサが妥協案としてメリッサが御者席にトンプソンと一緒に乗ると提案してくれた。
それなら何かあった時にすぐに止められるからと…。
そんなに信用ならないだろうか…。
私とシルはまだ手にキス位の清い関係だし、結婚するまでは純潔を守るのが貴族紳士としての嗜みだと思っている。
何よりも大切で愛しいシルを尊重したいし、傷つけたくない。
確かに、私は健全な男子だし柔らかく良い香りのするシルにずっと触れていたいとは思うが、今は正しく清廉な婚約者でありたいと願っている。
本当なら、エンパナーダなど行かず私とブリオッシュ領で過ごしたりと楽しい長期休暇を送って欲しいと思っている。
しかしそれはシルの望むところではないし、彼女の夢や可能性を応援出来ない自分の狭量に嫌気が差す。
だから行くなとは言わないし、応援もする。
新しいことを始める時のシルは本当にキラキラしていて美しい。
女性の社会進出がほとんどないこの国で、シルはどんどんと商才を発揮している。
彼女を見守り、この先を共に過ごしたいと思う気持ちと、私だけのシルにしたいと思う気持ちが混ざりあって時々苦しい。
そんな時はシルと話して、軽く触れ合えば心を落ち着かせることが出来る。
それなのに圧倒的シル不足!
自分が女性一人にこれ程執着して依存してしまうなんて、思いもよらなかった。
自分の周りには妖精を視ることが出来る人間はおらず、私にだけ視えているのが寂しくもあった。
誰かとこの美しい妖精達のことを共有したいと常に思っていた。
それなのに、まさか妖精と話すことが出来る者がいるなんて!
切っ掛けはカスクルートのバターとパンだったが、一目見たときから彼女に夢中になったし、妖精のことを知って益々運命だと感じた!
気付けば卑怯にも脅して婚約者の座を射止めていた。
そんな卑怯な私に、初めは嫌悪を抱いて距離をとっていたシルは慣れたのか、ルーカスに接するように優しくなった。
それから色々あって入学前には正式な婚約者と認めて貰って、シルからの好意も感じられる様になった。
シルを狙う他の男達はまだ機会を窺っているだろうが、手放すつもりは微塵もない。
メリッサとトンプソンの監視はあるものの二人きりになれるのならとメリッサの提案を受け入れた。
早速アンディ達に報告すると呆れたように
「お前、堪え性がないな!」
と苦笑された。
何とでも言えば良い。
私がシルに対して狭量なのは今に始まったことではないのはアンディ達もよく知っているだろう。
シルが御者席なんてメリッサ大丈夫かな?とか優しいことを言って、私はほんの少しだけ罪悪感を感じた。
しかしシルと二人きりになれるなら多少の犠牲は…。
つくづく自分は未熟で狭量だと思うが、こればかりは仕方がない。
休憩中も他の奴等に優しいシル。
そんなところも大好きなのだが、シル不足な私には許しがたい行為だ。
シルは私だけを見ていたら良いのに…。
馬車で二人きりにしてもらって、シルが心配そうな顔で私を見る。
「ヨハンどうしたの?寂しくなっちゃった?」
的確に私の心情を読み取るシルは流石だと思う。
「ずっと二人きりになりたかったんだ」
隣同士で並んで座り、手を繋ぐ。
この小さな手の温もりが、冷えきった私の心を温かくしてくれる。
「エンパナーダにいる間は会えなくてごめんね」
シルが気を使ってくれているのが分かる。
「いや、シルがエンパナーダ支店を見に行きたがっていたのを知っているから私のことは気にしないで思う存分視察してきてくれ」
物分かりの良い大人の男のフリをする。
馬車に二人きりになりたいと言い出した時点で子供っぽいとは思うが、私だって好きな女の前では格好位つけたいものだ。
そんな私の心情を察してかシルは優しく抱き締めてくれた。
一瞬固まってしまったが、フワッとシルの良い香りがして思わず項に顔を埋めた。
柔らかく滑らかな肌に直接唇が押し当たり、意図せず項に口付ける形になった。
なんて良い香りなんだ。
思わず吸い付きたい欲求に駆られたが、私達はまだ学生であって婚約者だ。
結婚して、正式に夫婦になるまでは清い関係であらなければならない。
しかし、少しの間だけ唇で柔肌を感じるくらい許されるだろう。
「ふふっ。ヨハン、息がかかってくすぐったいわ」
夢中になって匂いを堪能しているとシルがくすぐったそうに身動いで我に帰る。
「すっ、すまない。久しぶりにシルと二人きりで舞い上がってしまった」
慌ててシルから離れる。
「抱き締めたのは私なんだから、ヨハンが謝ることないでしょ?私も二人きりになれて嬉しいよ」
彼女は魔性なのではなかろうか…。
『二人きりになれて嬉しい』なんて…。
私を喜ばせて何を企んでいるのだ?
シルのことだからそんなことは微塵も考えていないのだろうけど、先程までの私の醜い嫉妬や独占欲が薄れていくのが分かる。
それから休憩まで手を繋いだまま他愛もない話をして過ごし、一緒に食事をしてまた同じ馬車に乗り込んだ。
アンディやイーから交代しろと言われたけど、冗談じゃない。
何故私の婚約者であるシルがお前らと二人きりにならなければならないんだ。
午後も同じ馬車で揺られて、ウトウトしたシルに寄りかかって眠るように言って肩を抱いた。
「せっかくヨハンと一緒なのに寝たら勿体ない」
と可愛いことを言ってくれて、それだけで大満足だ。
「大丈夫。シルの方が長旅なのだから、休めるときに休んで欲しい」
そう私が告げると安心したように瞼が閉じられ、すうすうと可愛らしい寝息をたてて眠りについた。
そんなシルの髪を指で鋤き、そっと撫でる。
好きな人が私の前で見せる無防備なところは大変好ましい。
幼なじみ達の前では同じ年でありながら、どこか自分が世話をしなきゃと思っていそうなシルは弱いところを見せない。
それが私の前でだけは弱いところも見せてくれて、本当に愛しいと感じるし、シルが安心して身を任せられる様にならねばと鍛練に気合いが入る。
宿に着き、食事を済ませたら各自部屋に戻って明日に備える。
もっと一緒にいたいけど我慢だ。
翌日はまた同じように皆でアンディの馬車に乗った。
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