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「現代魔法は他大陸から約百年前に伝わって来た新根幹魔法のことをさします。魔素と魔力の変換を魔石を変換器として使用することで、属性精霊との交信を省き魔力に属性を与え。スペルと呼ばれる魔法詠唱によって儀式的部分を、発動の際に体内魔力を古代魔法より多く使用することで供物をささげる行程を強制的に簡略化した略体魔法です。ただし、使用できる属性魔法は変換器に使用される属性魔石と自身の適正属性に大きく左右されます」
先生は机の上に魔石がはまっている杖などを取り出して生徒に見えるように一つずつ掲げていく。
「古代魔法の祝詞とは違い、魔法を使用する際に詠唱する詩が決められているため呪文魔法と呼ばれる場合もあります」
魔法ペンの文字が見やすいように黒塗りの板を背景にスペルを次々と書きだす。
「変換器はこめる魔力によって威力が多少上下することはありますが、同じスペル魔法であれば誰が使用しても同じ魔法効果が表れます」
独特な絵を使用した図解を書き記し、互い違いの矢印で古代魔法との違いを示す。
「初級攻撃魔法に分類されるボール系魔法であれば、球体の属性力が一発だけ単体対象に飛翔する魔法になります。また興味深いことに単体と指定されている魔法の場合であれば、対象以外にその魔法が影響することはありません。これも古代魔法との違いですね。古代魔法の場合は心象により現代魔法と同じような魔法効果を起こしたとしても対象以外にも影響を及ぼします」
では、その違いを見て見ましょう。と、が入り口側の壁にあるいくつかの魔法陣の一つに触れて魔力を流すと、教卓周辺が消え去り壁の向こうに的の並ぶ空間が現れる。
机に並べられた杖から青色の石がはまったものを選び手にすると的のほうに杖を向ける。
「この杖には、水属性の魔石が使用されています。あの的を標的に――ウォーターボール!」
直径20センチほどの水の球が現れて勢いよく的に飛んでいく。ぶつかった瞬間に水の球は霧散し、周辺は先生の説明にあったように濡れていない。
「古代魔法との違いは、供物や精霊がないので使用できる属性に制限が掛かり使用魔力が跳ねあがること。即時性が高いことが挙げられます。ウォーターボール――と、このように全くの予備動作なく使用できることから戦闘における現代魔法の利便性は計り知れません」
解説中に突然的へと飛ばされた『ウォーターボール』に前列の生徒が驚いた顔を見せている。
「使用属性が限られてしまうとはいえ、誰が使用しても同じ効果をもたらす明快さと儀式や供物を排除する簡略さ、発動までの即時性という部分で、現代魔法は発見されてからというもの急速に世界に広がっています。学院でも現代魔法が必須科目となっているように、この国においても子供の基礎教育の全てが現代魔法となる日も遠くはないでしょう」
先生は教室を元に戻し、再び魔法ペンを取り出してこれまでのポイントを簡単にまとめていく。
「この授業では基本的に前半をスペルなどを学ぶ座学、後半をその日習ったスペルを使用する実技として進めていきます。皆さんにはすでに魔石に準ずる変換器、運命石があるのでそれを使用していきます。変換器が基本的に杖の形をしているのは使いやすさだけなので、装飾品にしている運命石を杖にする必要はありませんし、これまで同様に他者に見せないように気を付けてください」
いくつかの宝飾品で身を飾るのを許されているのは、運命石をそれと気取られないためだ。運命石は宿り石、宿り石とは魔石よりも希少で汎用性が高い。コル・シャスタ国にしか出現しない運命石は、その宿り石のなかでもトップクラスの性能を誇る。
宿り石一つで豪邸が建ち、運命石があれば数十年は豪遊して暮らせるというほどの価値が付く。平民が平民の生活を続けるなら一生働かなくても余裕をもって生きていける。
そのため自分の運命石を手放す者も後を絶たない。神に授けられる運命石はこの国の興りにも深く関係しているため貴族籍であれば運命石を手放したと分かった瞬間に除籍されるほどに、この国ではそれを所有していることが大きな意味をもつ。
このためにコル・シャスタは常日頃から他国からの侵略の脅威に晒されているともいえる。
先生はすでに知っているだろうと前置きしながらも、運命石の重要性について説明しなおしてコホンと空咳を一つ落とすと授業の話へと戻っていく。
「現代魔法の授業なので召喚術の授業で呼び出した精霊は使いません。スペル魔法に精霊は関与しませんが、召喚した精霊の場合は術者の魔法に影響を与える場合がありますので基本的には運命石へ待機状態にしておいてください。では、次回の授業から早速実技を行っていきます」
今日は教本を配りますが許可なくスペルを試した場合、理由を問わず退学処分です。と生徒を十二分に脅しながら一冊ずつ手渡していく。
「さて、貴族籍の生徒は二年生から必須科目に実戦教練がありますので、しっかりと学ぶように。それ以外の生徒は選択制です。騎士などの戦闘職希望のかたは実戦教練は取得必須科目になりますので、取得を忘れないように。文官希望であれば避けた方が宜しいでしょう。毎年幾人かは重傷あるいは命を落としています」
「え、命を落とす場合もあるのに貴族籍は必須なのですか? ……まさか、女子も、なんておっしゃいませんよね?」
驚いたように声を上げたのはエトナだ。おずおずと片手を上げて先生に問いかけているが、至極当然のように頷いただけだった。
「入学前の説明を受けませんでしたか? 貴族籍であれば性別は関係ありません。実戦は必須です」
「……聞いてないです。あの、なぜ貴族の女子まで実践が?」
「歴史の授業でも習うでしょうが、コル・シャスタ国は戦の最中に興った国です。戦う力を持ったものが人々を集め国に立ち、戦えぬ者たちは民となりました。貴族は戦うからこそ貴族なのです、逆に言えば戦わねば貴族であってはならない。細かい話はまた歴史の先生が話してくれるでしょう」
それでは、と先生は話を切り上げて授業が終わった。鐘の音と共に生徒がゾロゾロと教室を後にする。最後まで残ったフィオナは教卓で次の授業の準備をしている先生のところまで向かって声をかける。
「先生、私は現代魔法の召喚術で精霊を呼び出しました。運命石に精霊を待機させることができませんが、どうしたらよいでしょうか?」
「……ああ、そうでしたね。シファラさんのことは聞いていたのですが、そのことまで考えが至りませんでした。次回の授業までになにか考えてきますので、安心してください」
「ご面倒をおかけ致します……」
いえいえ、と励ますように笑いかけられフィオナはほっと頭を下げて教室を後にした。
ラクランは他の生徒の精霊と同じように召喚者の傍について漂っている。他の生徒と違うことと言えば小さすぎるところと意識の薄弱さか。精霊の姿をみた生徒にヒソヒソされることにも慣れてしまった。
なにをしても遠巻きにされるのはフィオナの心を落ち込ませるが、フィオナはまるで励ますように顔の周りを漂うラクランに微笑んだ。
ちなみに、授業を騒がせてしまった妖精との交流はなんとか言い聞かせて部屋のなかだけという条件で続いている。彼らも甘味のためには背に腹は代えられないらしい。




