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お茶会から一週間の時間が経っていた。
一年生は基本的に必修科目である授業を寮ごとに分かれて受け、教科ごとに教室が変わるので移動も慌ただしい。合同授業もいくつか存在していてほかの寮と交流することもあった。
現在は合同授業の一つ、ヒーナ寮、サーラン寮と共に行われる召喚実技の授業だ。これまでに他の生徒と会話することもあったが、フィオナはいま生徒たちから周囲から遠巻きにされていた。
「フィオナさん、宜しいですか? 運命石は、宿り石です。この授業では、運命石に宿る精霊を召喚術によって一時的に具現化することが目的となります」
「……はい」
「当然のことですが、運命石はおもちなんですよね? でなければ入学が認められませんからね!!」
「はい、いま身に着けております」
「それが本当であれば出さなくて結構、運命石は人に見せてはいけません。それと覚らせてもいけません。それを身に着けて魔法陣の上にたち、呼びかけ召喚契約を結ぶ。それだけをしていただければ結構なんですよ?」
「理解しております」
「ならば、今すぐやってください。なにをもったいぶっているのか知りませんが、先に進めませんよ」
「申し訳ございません、何故、精霊が召喚できないのか分からないのです。眠ってるみたいに反応を返していただません」
周囲の生徒はすでに召喚契約を終えて現れた精霊と交流を図っているというのに、フィオナは未だに精霊を呼び出すことすらできないでいた。
徐々にフィオナに向けられた好奇心の目が面白そうに歪んで、ザワザワとしたざわめきがフィオナの耳に突き刺さる。こそこそと交わされる言葉にまじる「できそこない」「妖精家の取り替え子」とフィオナをあざける言葉、何度も何度も聞かされ続けたそれらがフィオナを苛んだ。
気丈に顔をあげていたはずなのに、いつの間にかフィオナは爪先を見つめていた。
「皆さん、酷いこと言わないでください! フィオナさんだって一生懸命やってるんです!! きっといまは調子悪いだけですよ!! 私みたいに力が強くなくて直ぐにうまくいかない人だっています!」
コソコソ話を吹き飛ばすような明るく大きな声で前に進み出たのはエトナだった。彼女は一番に精霊を呼び出し、上位精霊だったことを先生に褒められていた。
エトナの糾弾するような言葉にざわめきは鳴りを潜めたが、それでも、好奇心や嘲りの目はフィオナを貫いたままだった。
「血筋だけでキラン殿下の婚約者候補にあがった方なのだから、せめてそれ相応の振る舞いを心がけてほしいものだわ」
だれが言ったか女生徒の発言に再びザワザワと煩くなりかけたのを空咳をして先生が止める。
「授業が進められないのでフィオナさんはのちほど改めて行いましょう、では、先へと進みます。フィオナさんは後ろの席に座って聞いてください」
「承知いたしました」
他の生徒の邪魔にならないように一番隅に座って、精霊を呼び出した後の話を聞く。チラチラと振り返る視線が自棄に痛くて、情けなさに滲みそうになる涙をこらえながら前を向く。
きゃあきゃあと嬉しそうに精霊と交流生徒たちは眩しく、運命の石を得られないときの苦い記憶が湧き上がってくるようだった。
「もっとも高位の精霊を呼び出したのは、モールチ寮の王女殿下でした。次にドゥーナ寮のエトナさんになりますね。さて、みなさんの呼び出した精霊はそのままでは何もできませんので、次に形を与えて召喚獣とします。次の授業では召喚獣の作り方を教えます」
手が震えるのをフィオナは自分の手を重ねておしとどめ、授業が終わるのをまった。ほかの生徒は楽しそうに教室をあとにするのを見送って、フィオナは先生の下へと向かった。
フィオナは授業で教えられたように魔方陣のうえにたち、運命の石に懸命に語り掛ける。だが、答えはなかった。
「フィオナさん、真面目にやった結果なのですよね?」
「はい、教えの通りにやっていたつもりです」
結果を出せなくて申し訳ございません、と頭を下げながら、フィオナは更に教えを乞う。
「魔法陣の上にたち、呼びかけるのはなんとよびかければよいのですか?」
「先ほども説明しました通り、いつものように呼びかければいいのですよ。いでよ、でも、きて、でも、呼びかけにこたえよ、でも。本当に何でも良いのです」
「……答えてくれない場合は?」
「そんな話聞いたことがありません。が、私のほうでも前例がないか改めて調べてみます」
疲れたようにフーッと息を吐き首をふる先生にフィオナは申し訳なく、再び頭をさげ「おねがいします」と頼み込み、教室を後にした。
すでに次の授業に向かっているため、残っている所為とはいない。
貴族籍の子にはもともとあまり相手にされていなかったが、おそらく、それ以外の子もフィオナの噂話を聞いて離れていくだろうことは容易に想像できたし、寮の自分の部屋に帰るまでの時間はフィオナの予想の通りになった。
人が遠巻きに自分のことをひそひそと話すのを聞く居心地の悪さは、どれだけ経験しても慣れない。
カラとアンナは気落ちしたフィオナを気遣ってくれて、そんな二人にいつまでも落ち込んだ姿を見せられないフィオナは頑張って笑って元気になった振りを見せた。
「お嬢様、おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
アンナがベッドの天蓋をおろし、完全な闇と自分だけの空間に横たわる。足音が遠ざかり扉の閉まる音を聞き届けて、フィオナはごろりと寝返りをうち深く息をついた。
「私は、ちゃんと、運命の石を授けられたわ……。大丈夫、貴方は眠ってるだけなのよね。私の下に来るのが遅れたみたいに……貴方は、ただ、お寝坊さんなのよね」
ベッドのなか、抱え込むように握りしめて、フィオナはこっそりと涙をこぼした。
戦乱の地のなかで逃げ惑う人々を神の子がまとめ上げて国を興したのが、このコルシャスタ宝国だ。ディアファラ家の治めるコルシャスタ宝国では、コルシャスタの籍をもち洗礼を受けた人間であれば皆が運命の石を授けられる。
運命の石は、人生をより良くするための神の福音。神の導き、そして、コルシャスタの民に与えられた試練だ。
魔術的に見れば魔術をより円滑に使用するための媒介の一つに過ぎないが。
多くのコルシャスタの民は、この石を幾度も染め妖精繭にすることを人生の指針にしている。妖精繭から妖精を孵すことができるのはほんの一握りの人間だけ。人生のうちに運命の石を喪ってしまう人も少なくはない。
フィオナの生家であるシファラ家は、妖精繭から孵った妖精とディアファラ王家の血が流れる娘が番って生まれた家である。
そんな興り故か、シファラ家では妖精が多く孵る。また、魔術に秀でた人間も多く歴代の国王も重用していた。
シファラ家は成り立ちなどからコルシャスタの貴族に随分と目の敵にされることが多かった。
生まれてから12歳になる直前まで運命の石を授けられなかったフィオナは、そんな貴族たちの格好の餌食で、やさしい家族に守られてはいたが、その目を潜り抜けてまで攻撃したい貴族たちにはことあるごとに攻撃の的にされていた。
(負けたくない。いままでと一緒よ、運命の石が得られなくても強く生きていこうと思っていたでしょうフィオナ)
負けるなと何度も自分に強く言い聞かせる。
運命の石が存在するのは宝国だけの話だ。だから、たとえ石が一生授けられなくとも生きていけると証明しようと、フィオナはずっと気を張っていた。
そうしてやっと得られた運命の石は、またすぐにフィオナに試練を与えたのだろう。一度希望をえると絶望はより濃く見えるものだと。フィオナは涙をこぼしながら、絶対に負けないと繰り返し続けた。




