4
キランからの招待状にはフィオナの部屋からお茶会の場に直接向かえるように同封された移動許可証が入っていた。使用方法は、移動許可証を扉横の魔方陣にかざせばいいだけだ。行きと帰り、一度ずつが有効になった許可証は使い終えるとほつれるように光となって消える。
アンナが先導するように移動許可証をかざせば扉のデザインが変わる。白い木目調に植物のツタの装飾の扉だ。
侍女の手によって開かれた扉を潜り抜けお茶会の席へとやって来たフィオナは、目の前に広がる庭園に目を瞬かせた。花々が見事に咲き誇る庭にお茶をするためのテーブルがセッティングされているようで周辺に数人の人影が見える。
背後を振り返ればフィオナの部屋の扉だったものが閉じられて無垢材の扉に変わっている。そのことに驚いているとくすくすと空気を震わせる音が耳へと届く。
はっと姿勢を正し見れば、視線の先にはテーブルの横で立ったまま迎えてくれているキランがいた。
恥かしい姿を見せてしまったことに頬を熱くしながらも静かな歩みでキランに近づき、作りものっぽく見えないように気を付けつつ微笑みを見せた。それから両手を胸の前で交差するように重ねるとゆったりと浅く腰を落とす。これまでフィオナが行っていた礼は簡略化された礼だが、これは公式の場でも通用する上位者を敬うための礼だ。
招く側が高位の場合は、お茶会の主催者から挨拶があるまで声を書けないのがマナーなので、フィオナは体勢を保ったままキランの言葉を待つ。
「よく来てくれた。先ほど顔を合わせたが、改めて、キラン・レアード・ノス・ディアファラだ」
片手を胸に当て浅く上体を倒した挨拶にフィオナは声を上げそうになるのを飲み込み目を伏せると、胸の前で合わせた手をゆったりと広げスカートを広げるように持ち、足を引いて更に深く腰を落とし上体を前へ倒す。
キランの敬意を表す礼に対してフィオナが返したのは淑女の最上級の礼の仕方だ。
「ノーラン・ガマラ・ドゥン・シファラ辺境伯が娘フィオナ・ロッホ・シファラ、ジーアの慈愛が大空を彩る良き日に御目文字叶いまして光栄に存じます。かねてより、数々のお心遣いをいただき御礼申し上げたくおりましたので、此度のような機会をいただきありがとう存じます」
「ああ、大したことはしていないのだがありがたく謝意を受け取ろう。顔を上げてくれ」
許しの言葉にフィオナはゆったりと姿勢を戻していく。差し出されたキランの手をとり、そのままエスコートされ席に着くと対面にキランも座る。
好みを聞かれた後に温かいお茶が注がれるのを見守り、改めて、対面に座ったキランに視線を向ける。
「顔を合わせた婚約者候補としてはフィオナ、君で最後だ。すでに皆に伝えていたことをやっと君にも伝えられる」
手を組んで「いいかな」と柔らかく微笑みかけてくるキランにフィオナは緊張を覚えつつも覚らせないように微笑んで「喜んでお聞きいたします」と先を促した。
「私の運命石は未だ一度しか染まっていない。王の石が何度染まるかは?」
「はい。運命、試練、祝福、婚姻、授与、神授、創生の七度とお聞きしております」
「大丈夫、あってるよ。それで、恥ずかしいことに私はいまだ運命に出会っただけ」
キランは穏やかに笑う表情はそのままそっと視線を落とした。告げようとしている言葉は彼にとってあまり良い感情で、口にできることではないように見える。
「ディアファラの子であれば運命石が伴侶を導くが、それがいつなのかいまだ分からないでいる。あるいはないのかもしれない、このような中途半端な状態が長く続いていることを申し訳なく思う」
頭を下げようとしているキランにフィオナは小さく悲鳴を漏らしそうになる。
「そんな! 私のようなものに頭を下げるなどおやめください!! 私はなにも不便しておりませんので……」
思いがけないキランの行動にフィオナは動揺を隠せないまま、扇がないことを恨めしく思いながら片手で口元を隠す。
「その、私もあまり大きな声で言えることではないのですが……。私は12になる七日前にやっと運命の石に出会うことができました。そのため、私には運命がないのではと不安に思っていた時期がございますので……殿下の心痛を思えばどうして責めることができましょうか。どうか、お気になさらないでくださいまし。――ただ一心に、殿下の運命が拓くことをお祈り申し上げます」
「ああ、ありがとう」
常に穏やかではあったがキランの表情にわずかだが安堵が浮かび、フィオナはほっと息を吐く代わりに微笑んだ。
「やっと出会えた運命ですもの……私も、この石が何度染まる運命にあろうときっとやり遂げて見せると誓いました」
「そうだな、互いに頑張ろう。この運命の石が孵化することを願って」
力強く頷いて見せたキランにフィオナは嬉しくて頬が僅かに紅潮するのを感じた。
「貴方の石が運命の伴侶を導くのであればいつでも候補から名を下げてもらって構わない。たとえそうでなかったとしても、貴方が少しでも辛く思うのであればそう言ってくれ」
「ありがとうぞんじます」
キランの告げたかったこととは、婚約者候補がいつまでそうなのか分からないので問題があればすぐに対応させてもらう。という、そういう話だった。それからはただ世間話に興じるだけの穏やかな時間であった。
フィオナは美味しいお菓子とお茶に舌鼓を打ち、またキランのウィットに富んだ話術で披露される魔術理論などの話に感心するのだった。
キランは古代魔術についての造詣が深い。本人も興味から古代魔術を専攻していると言っていたが、今回のお茶会の手土産としてお菓子とは別に贈り物として持ってきた触媒は大変喜ばれた。
「明日から徐々に授業が始まると思うが、一年目は必修科目の授業のみとなっている。そこでならう魔術理論は現代魔術だけで、古代魔術に関しては選択科目の魔術理論Bを受けることで学ぶことができる。私は二年生の時に現代魔術応用学の魔術理論Aと勘違いして選択してしまったんだ。そのせいで魔術理論Aは取り直しだった。だが、そこから古代魔術の深みにはまってしまってね。全ての根幹ともいえる古代魔術も必修科目にするべきだと思ったよ。この技術が失われていくのは忍びない」
「我がシファラ家では学院の入学前に古代魔術を教え込まれますのでとても興味がありますわ。二年生に成ったら選択してみたいと思います」
そうするといいと嬉しそうに笑ったキランにフィオナもなんだか嬉しい気持ちになって頷いたところで、鐘の音がなった。
「ああ、五時の鐘だね。名残惜しいがそろそろ終わりにしよう。とても楽しい時間だったよ」
「こちらこそ、殿下の貴重なお話をたくさんお聞き出来てうれしく存じます」
椅子を引かれてフィオナは立ち上がり、テーブルから離れる別れの挨拶とともに胸の間で手の交差させゆったりと腰を落とした。
来た時と同様にアンナが扉に移動許可証をかざし、扉がフィオナの部屋の扉に変わる。そこを開くとフィオナの部屋が広がっているのだ。
部屋に入り背後を振り返る。庭園では見送るようにキランがこちらを見ていたので、フィオナはもう一度深めに礼をし、アンナに扉を閉めさせた。




