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ぴしっとアイロンの当てられた臙脂色の制服を着こんで、フィオナはゆっくりと息を吐いた。
エノイル式場と言われるホールは劇場のような形をしていた。壇上に向かって広げた扇のように椅子が階段状に並び、後ろのほうは檀上が良く見えるよう高い位置になるように作られている。
新入生は前に詰めるように案内され、中通路を挟んで後ろに父兄や上級生が座っている。
「では、寮分けを始める。前から順番に出てきて五列に分かれて並びなさい」
長々とした挨拶が終わり、教職員が壇上を整えていく。
机が五つ間隔をあけておかれ、その上に、魔道具が一つずつ設置された。前から順番に教員に促されて、壇上に上がり五列に分かれていく。
フィオナは真ん中あたりに座っていて直ぐに順番は回ってこないようなので、どんな風に寮分けされるのか様子を見守ることにした。
新入生のなかでも、全く動揺のない人たちがいることに気が付いた。自信満々な様子で一番に進み出でるのは光り輝くような豊かな金の髪を揺らす少女だ。
小さなカードのようなモノを教員へと手渡している。
「妾はオアラ・リュサイ・ディアファラ。幼稚舎から通っておるゆえ、すでにモールチ寮の所属じゃ」
「萎縮する新入生たちの先陣を切っていただき、ありがとうございます王女殿下。学生証の更新をしましたので、そのままモールチ寮の監督生の下へ向かってください」
教員は受け取ったカードを魔道具にかざし、それから、オアラと名乗った少女に渡した。オアラはそのまま壇上を降りた広いく場所でまつ生徒の下へと向かっている。
オアラに続く生徒もカードを手渡して、教員の指示に従っていた。
(あら、私、あのカードをもってないわ)
フィオナは忘れ物かと一瞬焦りを感じたが、よく見れば新しくカードを渡されている生徒もいる。そう言った生徒はみなどこか少し自身の無さそうな様子をしている。恐らくは、12歳から初めてこの学院に通う者たちなのだろう。
やがてフィオナの番が回って来たので、ゆったりと立ち会がり壇上へと向かった。
「名前を」
「フィオナ・ロッホ・シファラですわ」
老齢の女性教員で柔和そうな笑みを浮かべている。フィオナが名を答えれば、魔道具に魔力で何かを描き込んでいるようだった。それから、鏡のようになっている場所を指し示す。
「ここに手をかざして、魔力を流してくださいな」
言われたように手をかざして魔力を流し込むと、鏡面が揺らいで色が変わっていく。色々な色がまじりあってよくわからなかったが最終的には青緑っぽく光っていた。
「全属性に適性があるのね。シファラ家ですものね、皆さま優秀だったわ。あなたならどこの寮でも大丈夫だけれど、ジェールディン、ドゥーナ、ルーアンのどこかね……。生徒数に偏りが出てしまうから、ドゥーナにお願いね」
うんうんと頷き、また何事かを書き込むと魔道具から引き出すようにカードを取り出す。
「はい、貴方の学生証よ」
名前と太陽のようなマークが印字されている。
「魔力を流すことで本人であれば光らせることができるわ。それが本人の証明になる。施設の使用など色々な所に使うから必ず身に着けておいて頂戴ね」
「ありがとうございます」
受け取って、ほかの人たちに倣うように壇上から降りる。生徒が並んでいる場所では、分かりやすいように監督生がたっていて寮のマークが魔法によって模られて浮かんでいる。
「ドゥーナの監督生を務めている。最上級生のキラン・レアード・ノス・ディアファラだ。同じ寮生としてよろしく頼む」
名乗りにフィオナは思わずあらっと声を漏らす。
「どうかしたかな?」
「大変失礼いたしました。フィオナ・ロッホ・シファラと申します。無作法をお許しくださいまし」
内心慌てて、しかし、見苦しくないようにスカートのすそを持ち足首は見えないように気を付けながら足を引いて頭を下げる最上級の礼を取る。
「ああ、君が、フィオナか。初めまして。まだ入寮について説明があるから、後でまた。改めて、入学おめでとう、これがドゥーナ寮のマントだよ」
キランの横に控えるように立っていた女性が黒に黄色の裏地のマントを広げて、フィオナの肩にかけ、胸元をドゥーナ寮のピンで止める。
「ありがとうございます」
マントを整えて、女生徒が改めてフィオナに向き直る。
「タリー・モニク・メートランド、六年生よ」
軽い礼を取る上級生、タリーにフィオナはそれより深めに礼をとり名乗りあげる。
「フィオナ・ロッホ・シファラと申します。よろしくお願いいたします」
フィオナは記憶を漁り、貴族名鑑の中身を必死に思い出す。確かメートランドは伯爵位の王都の法服貴族の一つだ。
辺境伯爵は扱いとしては侯爵に並ぶため、メートランド家はシファラ家の下になる。が、学院では関係のないことだし、どちらかというと学年の上下関係の方が意味を持つ。
「さあ、ほかの新入生に挨拶してらっしゃい」
タリーが後ろを見てフィオナに道を譲る。底には新しいマントを身に着けて頬を赤くする新入生たちが並んでいた。ここはドゥーナ寮の生徒が塊になって、同じ寮の生徒同士で会話しているようであった。
フィオナはそこに向かって、それぞれに挨拶を交わしていく。
「ナーラ・オドランともうします、です」
端っこでおどおどしていた女生徒に声をかけると、肩をすぼめて深々と腰を折るように頭を下げた。他の生徒と少し距離を取っているようにも見えた。
一人でいたい人なのだろうか、と思いつつもフィオナはゆったりと腰を下げてスカートのすそを持ちあげる。
「フィオナ・ロッホ・シファラですわ。よろしくお願いいたしますね」
穏やかに微笑みかけると、相手の表情があからさまにホッとしたようなものになった。
「オドラン様? もしや、どこか体調のすぐれないところがおありですか」
あまりにも居心地悪そうな様子に、フィオナは周りに聞こえないようにそっと声をかけた。声をかけた瞬間、ナーラの肩が大きく跳ねるものだから、逆に声をかけたフィオナまで驚くほどだった。
「い、いえ、どこも悪くはないです!!」
思いのほか大きな声で、周囲にいた人間の視線が集まる。それにまた、ナーラは恐縮したように肩を縮こまらせた。
「申し訳ございません、私が突然声をかけてしまったら驚かせてしまったようですね」
ほほほ、と、すこし意識して周りに聞こえるように言葉を漏らすと、周りもなんだそういうことか、といった様子で視線を戻した。
「あ、や、あのあやまってもらうようなことはないというか、おそれおおいというか、こちらこそお気遣いさせてしまってもうしわけないです。はい」
いまにも倒れそうなくらいに顔を真っ青にさせて、フラフラしているナーラにフィオナもどうしてよいやら困りながら、固く握られたその手を見て合点がいった。
出来損ないだと言われ続けた自分の手によく似ていた。気持ちを押し込めるために固く爪が食い込むほど握り込んだあの手の形に。
「オドラン様、私があなたの手に触れて、失礼にはならないかしら?」
「え? あの、え、いえ、私なんかの手にさわったらよごれてしまいます」
「それでは、失礼しますわね」
私なんか、といったナーラの手にフィオナはすこし強引に触れた。その緊張からか、より一層固く握りしめられた手を出来るだけそっと両手で包み込んで、それから、固く握り込まれた指をいっぽんいっぽんなぞるように開かせていく。
ナーラの手のひらには血は滲むほどではないが、爪の跡がくっきりと残っていた。手の汗がしっとりとしていた。ぶるぶると小刻みに震えていた。
「よかった傷にはなっていませんわ。どうか、ご自分を傷つけないで」
さらりと撫でるようにして手のひらを指でなぞり、周囲の闇と光と水の精霊に語り掛ける。緊張をほぐすにはもってこいの魔法だ。フィオナは制服のポケットから小さな小さな飴を一つ取り出して、ナーラの手の平に置いた。
「――彼の者に安らぎを」
心身ともほんわりと癒してくれる魔法。勇気づけてくれる魔法。何度も何度も自分に繰り返した魔法。ほんの少しだけ、前向きにさせてくれる魔法。
ナーラの周りで光のつぶの精がクルクル回るように踊る。ナーラの手の平からは飴が消えて、その代わりに傷が癒え、彼女の頬はほんのりと赤く色づいていた。
「オドラン様、あなたは大丈夫。だって、ここにいる。それはあなたが勇気を持って踏み出した証でしょう?」
私は、小さく縮こまって沢山逃げてきた。けど、貴方は震えながらもここにいる。と、フィオナはナーラが少しでも元気づけられるようにと微笑んだ。




