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学院はどんなところかしら?1

 私には前世の記憶がある。日本という国で生きた記憶だ。

 あまりハッキリとした記憶でない。幼い私はその記憶がなんなんなのか、知らないのに知っているものの不思議さを胸にしまっておくことができなくて、好奇心のままお母様に話してしまった。

 お母様は、この世界では前世の記憶がある人がまれに生まれるので可笑しなことではない、と微笑んで私の頭を撫でられた。

 私はその言葉にとても安心したのを覚えている。

 前世があるのはおかしなことでない。けれど、私の前世はこの世界とはあまりに違っていて、記憶を探れば探るほど、なんだかその世界のことがおかしく思えた。まず、魔法がない。獣はいたかもしれないが、身近なモノではなく、生活を脅かす魔獣が存在しない。

 そして、運命がない。

 神の意思によって授けられる運命がない。

 ――だから、私は運命に出会えないんだ。

 ずっと、不安だった。色んな石を身の回りに置いた。それでも、私は運命に出会えないまま12歳となるところだった。

 12歳になったら貴族籍にある子はみな、運命の石を手に国立の寄宿学校に行かねばならぬというのに。石と共に魔法を学ばなければならないというのに。

 ずっと悩んでいた。ずっと、焦っていた。周りの子供がどんどん運命に出会うなかで、私にはいっこうに訪れない運命を待ち続けていた。

 手がかりはなく、いろんな方のお話を聞いた。そのなかで前世の記憶がある人の手記を拝見したことがある、直接、前世のある方のお話を伺ったこともある。

 そこで気が付いたのは、みな、この世界のなかの前世であるということ。私のように、ほかの世界の記憶を持つ、という人はいなかった。

 前世には、異世界の記憶には、運命なんてなかった。

 異世界の記憶を持つ私には、運命がないのだと思った。




 臙脂色の真新しい制服に身を包んで、フィオナは大きな門の前に立っていた。後ろには侍女のカラとアンナがいる。

 ここはキースモア王立学院、運命の石を得た貴族の子供が通う学び舎だ。貴族が身を寄せ学ぶ場所だけあって、学院の周囲は騎士が定期的に巡回しており、学院自体は強固な結界などで守られている。

 コルシャスタ国の王都ノスブレア、その一角にこの学院は広大な敷地を有している。

 王都に住む貴族は幼稚舎からこの学院に通わせるものもいるらしい。幼稚舎から大学院まで、あらゆる学びが詰まっている場所であった。

 王都はフィオナの板辺境伯領から遠い。長い旅になるため必要最低限の荷物だけをもちノスブレアにやって来たのだが、入学に必要なモノを揃える必要があったため。すぐに入寮することができなかった。

 ノスブレアにあるタウンハウスのほうで今後の生活に必要な荷物の準備をし、いまはそれらの荷物も寮のほうに運び込まれている。

 フィオナは明日の入学式に備えて今日から寄宿舎のほうに生活の場を移すのだが、おそらくは一番遅い入寮となっているだろう。

「お嬢様、入寮の確認が終わりました。まもなく寮母となるかたが迎えに来てくださるそうです」

「そう、ありがとう」

 胸に湧き上がる高揚を、首飾りに細工した運命の石とともに握り込むように抑える。

 どんな生活が待っているのか、いまから胸が高鳴って仕方がないのだ。家族や本で目にしたあらゆるものが楽しみで、フィオナは昨夜あまりよく寝付けなかった。

 もしかすると、運命の石に導かれて……。そんな恋愛物語を何冊も読んだ。

 くふくふと、下品な笑いが漏れそうになってしまうのを手にした扇で隠す。

「お待ちしておりました。シファラ様」

 ふっくりとした体形の女性がフィオナに向かってゆったりと礼をする。紺色のたっぷりとしたワンピースに白のエプロン、清潔にまとめられた茶色の髪。穏やかそうな瞳がシファラに笑いかけていた。

「シファラ様の入寮されるルーアン寮の寮母をしておりますカブラと申します。ただいま寮へご案内させていただきます」

「丁寧にありがとうございます。本日よりお世話になります。シファラ辺境伯が娘、フィオナ・ロッホ・シファラと申します」

 フィオナは美しさを心がけながらカブラに礼を返す。

 生家の気質と兄たちにもまれて育ってきたので貴族にしてはやや粗野なふるまいになりがちなフィオナは、ゆったりとした動きを意識しながらカブラの先導に続く。

 綺麗にレンガで舗装された道を歩いていく。レンガの道は馬車がすれ違えるかどうかという広さで、真っ直ぐと伸びている。その両側は植え込みが美しく整っているが、植え込みの向こう側は森かというほどに木々がうっそうと覆い茂っていた。

「学院は幼稚舎から大学院、研究棟、そして各寮と様々な建物がございます。歩きですと移動に時間がかかってしまいますので、学院内ではあちこちに転移陣が敷かれております。基本的にはそちらで目的地に一番近い転移陣に移動してくださいませ。それから、許可制ではありますが外であれば召喚獣の騎乗も許されております」

 門から暫く歩いた場所、開けた広場のような場所には、噴水と剪定されたトピアリー、そして、白いガゼボのような建物が三つとこじんまりとした小屋が並んでいる。

 カブラが小屋のほうへと進むと、そこにいた男の人から何かを受け取り戻って来た。

「これが、本日と明日限り有効の転移許可証になります。許可範囲は寮と学院のエノイル式場、そして、この門の転移陣になります。この許可証の有無によって転移陣が起動しますので、お忘れなく」

 使用人の方々はこちらです、と、カブラはカラとアンナにも許可証を渡していく。

「明日の入学式で組み分けの際にまた別の許可証が発行されます。学生証と一体となったものになりますので、紛失にお気を付けください」

 入寮や明日の説明はまた改めて、お部屋に着いてから、とカブラはフィオナをガゼボのような建物のほうへと促す。

「床に魔方陣が書かれていますが、こちらは許可証の有無を判断して光るだけのものです。この魔法陣を書き写して使用しても、移動は出来ませんのでご注意ください」

 注意するということは、そういう生徒がいたということだろうな、とフィオナは苦笑した。下の兄がやりそうなことだ。

「では、皆さま、こちらへ」

 二段ほど上がったところに、魔法陣の描かれた床がある。立って入れば十数人は一度に乗れるだろう大きさだ。

「転移陣の発動呪文は移動したい転移陣の名と、ポートとおっしゃっていただければ移動できます。魔力は込めなくて大丈夫です。許可証の許可範囲であれば一瞬のうちに移動されます。複数で乗る場合は、一人が発動呪文を唱えればみなさま一緒に移動されます」

 フィオナとカラ、アンナが魔法陣の上に立つと魔方陣が光った。

「では、練習のためにシファラ様が代表してお願いいたします。移動呪文は、移動する寮の名前のルーアン、それからつづけてポートです。」

 カブラはそう言うと一番最後に魔方陣に乗った。

「ルーアン、ポート」

 フィオナが呪文を唱えると魔方陣から立ち上る光が一層強くなり、全員を飲み込むようにして白く、そして、一瞬のうちに視界が戻る。

 ニコニコと笑うカブラが目の前に立っている。

「皆さま、体調におかしなところはございませんか? 問題ないようにできていますが、時折、めまいを起こす方がいらっしゃいますので」

「私は大丈夫ですわ」

 フィオナは確認するようにカラとアンナを振り返るが二人も大丈夫だと頷く。

「本日は仮のお部屋となります。新入生は、入学式にて基礎魔力などをはかったのち寮分けされますので、寮分けが終わりましたらお荷物は後ほど改めて使用人の方々とともに運ばせていただきます」

 カブラが案内してくれた部屋は四人用の部屋だったが、シファラは辺境伯爵家の子なので一人で使用することとなった。カラとアンナは下級爵の使用人たちが使う使用人棟の部屋をあてがわれた。

「明日は、九時に間に合うようにエノイル式場へと移動してください。転移陣は各寮の玄関に五つずつ用意されておりますが、ギリギリですと大変混みあいますのでお早めに移動することをお勧めします。転移呪文はエノイルポートです」

 明日の説明を受けるとカブラはアンナと共に部屋を出て行った。

 フィオナはカラと残されてお茶をしながら、アンナがカブラの使用人向けの説明を受け戻ってくるのを待った。

「お疲れ様ですお嬢さま。この後はどういたしますか? 婚約者様のところへご挨拶に向かわれますか?」

 カラは旅行トランクから必要最低限の荷物だけを取り出して整えている。仮の部屋なので、荷物を出し過ぎても明日が大変だ。

「ありがとう。入寮の日はゆっくりしていいと、手紙を受け取っているの。明日、入学式が終わったあとにお茶におよばれしていると言ったでしょう? 挨拶はその時でいいみたいだわ。それに、婚約者ではなく、婚約者候補、よ。まあ、早く決まればいいのにとは思うけれど」

 明日の入学式は楽しみだが、その後に予定されている第一王子とのお茶会は気が重い。

 とはいえ、所詮は婚約者候補どまり。フィオナは自分が彼の隣に立つ人間になるとは思っていない。

 家族以外の口さがない人間にはさんざん出来損ない扱いされたのだ。自分のような人間にはふさわしくないことは嫌というほど分かっているし。分不相応に望んだりもしない。

 フィオナだけではなく複数の貴族の子が婚約者候補として名が昇っているため。その中から婚約者が決まるまで平等に扱わなければならないことを同情しているのだ。

 頻繁とは言えないが、手紙は一か月に一回はくるし、祝い事やイベントがあれば、きちんと贈り物も届けられる。フィオナも積極的には関わらないが、手紙が来ればそれに返すし、同じように祝い事などがあれば自分の名前で贈り物もする。候補に名前が挙がってから一度もあったことはない、ただそれだけの関係であるが。

 他の婚約者候補にもまったく同じ対応らしいので、無駄にときめいたりもしないし、期待もしないで済んでいるのがありがたかった。

 手紙の内容から分かるが、期待を持たせるようなことは書いてこないし。ただ、第一王子は律儀でマメな性格のようだ。

「私には出来ないわ。候補者だけで六人でしょう? 一か月に最低一回、六人に手紙を出して、その返信に目を通す。そして記念日などを把握して贈り物、それも送ったものが被らないように調整して……大変なことだわ」

 王子じゃなくて他の人がしているのかもしれないが、フィオナが受け取った手紙の筆跡は彼の紋章とともに綴られた署名も含めて一度も変わらなかった。

「お礼だけでも、直接伝えたいわ」

 フィオナのことばにカラも微笑ましそうに同意してくれた。

 カラと取り留めもなく会話をしていると、やがて説明を受けたアンナ戻って来て、カブラの案内でフィオナにも必要な明日の流れの部分をカラを交えて話し合い。

 それから、部屋で夕食をとり、湯あみを済ませて、フィオナは床に就くのであった。

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