これが私の運命
12歳の誕生日になる前、私はついに私の運命と出会うことができた。
運命なんてものがあるのかこの時まで疑っていたけれど、それが私の運命だと一目でわかった。美しく透き通ったその輝きに目がくらみ、心がうっとりと酔いしれた。その色は、透明に透き通って見えるのにじっと見つめていると空の高いところ、いいえ、澄んだ湖の底のような色を湛えて揺らめいているようでもあった。
「フィオナ!」
後ろで焦ったように私の名を呼ぶ声が聞こえた。けれど、私はソレから目を離すことができなかった。私の運命、神からの授かりもの。
運命は突然だと、誰かが言っていた。確かに、運命に導かれるのは突然のことであった。
魔獣の掃討作戦の最中である。父が治める辺境伯領、その中でも禁足地とされる森にある聖なる湖。その大きな湖の中央、眩しく輝く光に導かれ。本来なら足などつかない深さの湖なのに、その水面に私は立ち"ソレ"を神から授かった。
魔獣の血にまみれた手ですくいあげたソレは、瞬く間に私のなかの魔力と同化して光の濃さを増し。吸い込まれそうなその輝きを見て、私は出会った運命にその輝きを表す名前を付けることにした。
「私の、ソルがぼっごぼぼっ」
「フィオナ!!」
水の膜に隔てられる間際、一際焦った呼び声が聞こえた。運命をうっとりと眺める暇すらなく、私は決して離さないようにと両手を握り込むので精いっぱいだった。
――神様は少し、いえ、大分酷いと思います。
足もつかない深い湖である。それも、いまは冬眠を前に活性化していた魔獣を狩っていたので、すでに湖の水も指先がツンと痛むほどに冷たくなっている。
魔獣狩りのために動きやすい格好をしていたとはいえ、服を着たまま放り出されたフィオナは溺れかけ。同行していた兄たちになんとか助け出されたが、濡れ鼠となり湖のほとりで息も絶え絶えの状態だった。
寒さが身に染みて、ガチガチと歯の根が合わない。血まみれだったからちょうどよかったな、なんていう兄の軽口もいまは恨めしいばかり。
「ここは火と相性が悪いからねぇ」
上の兄アルバが汚れているけれどないよりはましだろうとマントをフィオナの肩にかける。
「ちょっともう少し待ってろ、火を炊くから」
下の兄ファーガルがアルバと協力して木の枝を集め、たき火を用意してくれている。
アルバは魔法を使ってフィオナを引き上げてくれ、その時にずぶ濡れのフィオナを抱き止めたから前身ごろが濡れている。ファーガルに至ってはフィオナが湖に落ちた瞬間反射的に慌てて湖に飛び込んで助けようとしてくれた。彼らだって凍えそうになっているだろうに甲斐甲斐しくフィオナの面倒を見ている。
魔法を使えば早いのだが、火気を嫌うこの場所では初級の火属性魔法もなかなか発動しない。アルバが火口箱から小火魔石と灯し具を取り出し、打ち合わせた。カチンという音と共に小さな火花が飛ぶ。それを燃えやすい素材で作った火口に点火させ、消えないように気を付けながら火を大きくしてたき火を炊く。
それでようやく、火の精がこの場に集まってくる。
アルバはたき火に火魔石を放り込み、右の腕輪についている石に手を当てる。集まって来た小さな光のつぶのような火の精に願う。
「火の恵みを我らに授け給え」
これは媒介魔法だ。祈りの言葉、心的形象、そして、魔力と媒介となる供物・手助けしてくれる精霊、それらが合わさって魔法となる。
アルバの魔法は、瞬く間に三人を包み込み、心地よい暖かさで水気を奪っていく。それほど時間をかけず、アルバの魔法は完遂された。
熾火となったたき火の属性力は弱く、火の精は仕事を終えさっさと姿を消していた。干したての衣服を身に着けたような温もりを感じてフィオナはようやくほっと息をつくのだった。
「それがフィオナの運命か」
ファーガルがきつく握り込まれたフィオナの手を見て笑う。
「え、あ、そう、そうなの」
アルバとファーガルが興味深そうに見つめてくるのに、フィオナはそっと手を開いて二人に見せた。透明なのに、うっすらと青みがかっても見える石。宝石のようにきれいに整えられた形になっている。フィオナが以前アルバやファーガルに見せてもらった運命の石と比べるとかなり大振りだ。
「運命に出会ったら勘違いなんてしようがないだろう?」
「うん、アルバ兄様の言うとおりだった」
優しく笑いかけられてフィオナは満面の笑みで頷いた。
「お前もやっと鳴り物から解放されるな」
ファーガルがからかうように言うのは、フィオナのずっと身に着け続けてきた装身具のことだ。身に着けていた石がある日突然運命に変わる、ということもあるので、フィオナは色んな石を身に付けさせられてきたのだ。重いし、ジャラジャラと煩かったことから、ファーガルは鳴り物と言ったのだろう。
この国の人間は大抵が七歳ほど、待っても十歳になるまでには己の運命と出会う。フィオナはもう数日を数えてたところで十二歳になるというこの日まで、己の運命に出会うことがなかった。
「ずっと、気にしてたもんな。よかったな」
「うん、……うん」
頭に置かれた手の平のやさしさと胸に抱き込んだ運命の石の存在に、笑みを崩して涙をこぼした。
ずっと不安だった。どの石が運命なのか分からなくて。十二年も待った。多くは、七歳くらいで出会うというのに、自分はそこから五年だ。身に着けた石のどれが運命か分からなくて、自分には運命がないのではないとすら思ったのだ。
妖精との混血の家、シファラ辺境伯家に生まれておきながら自分は運命にすら出会えない出来損ないなのでは、と。
でも、今日フィオナは確かに運命に出会たのだ。




