009. 世界の転換点 -後編-
前回の続きからとなります。
今回にて主人公クォートの過去が明らかになります。
誤字脱字、文法誤用などありましたら御指摘をお願いします。
「神が創り給うた……ということでございますかな?」
「その通りです。そうあれかしと神が世界を創り上げた。それが僕たち一部の研究者が出した結論です。
つまり、世界を創り変える程の魔法。それが今なお、この世界には掛かっている。そして……僕の犯した罪も…………」
「まさか……」
驚愕の真実に唖然としたヘステバン。その後に続く言葉を発せずにいる。
きっと、ミューヌは神界魔法の話をしだした時点で、俺の罪に気付いただろう。心優しい彼女のことだ。俺がなにを為そうとしているのかを知り、悲しんでくれた結果の涙。
「そうです。僕は、仲間を。友を対価に世界を創り変えました。そうしなければ魔法が発動出来なかった。ただ、結果的には失敗していますが……。
次はどうして僕が、そこまでして神界魔法を使ったのかについてですね。
一体、どこから話せば良いのでしょうね……。僕はあの日、神の一柱に会いました。そして聞いてしまった。
この世界には限界が来ていると。もう崩壊し始めていると。
それを止める方法は古代に隠されていると教えてくれました。だから僕は世界を巻き戻そうとしたんです。
例え、世界が僕以外巻き戻り、知っている人が一人として居なくなったとしても、きっと、いつか友に会える日が来るからと……。
そして魔法は確かに発動しました。でも世界は戻らなかった。なぜかは検討も付きません。
幸いだったのは僕の魔法によって、世界の崩壊現象が一時的に止まっていることでしょうね。分からないことだらけで、正直、この先どうすれば良いのか全く思いつかない。でも、きっと見つけ出してみせます。仲間も、世界も救う方法を」
本当は逃げ出したい。俺には無理だと感じている。それでも《賢人》としての二つ名が知れ渡り、多くの大切な物と出会えた。
掛け替えのない友たち。こんな俺を慕ってくれる弟子たち。俺の作った魔道具で生活が楽になったと喜んでくれる人たち。
今となっては知っている人なんて、遠い過去の存在になってしまったけれど、俺の心、俺の記憶の中では昨日のことのように蘇る。
そんな世界を見捨てたくない。見捨てられない。見捨ててはいけない。
「さて、最後に僕が姿を隠していた六○七年についてですが、僕は多分一時的に創り出された、この世界とは異なる世界に居ました。期間にして凡そ六年くらいだと思います。
その世界には僕の仲間たちも居ました。その世界でのことは今では朧げにしか覚えていませんが、最後にその世界の終わりを皆で迎えた気がします。
最後に居た場所にずっと見覚えがあると考えていたのですが、昨日の夜に精霊伝承の本を読んでいて得心しました。あの場所は精霊郷で間違いないと。
なので僕は塔を出て、精霊郷への道を探さなくてはなりません」
俺は話さなければならないことを全て話し終え、ヘステバンとミューヌの反応を待つことにした。
ヘステバンは目を瞑り、深く考え込んでいるようだ。対してミューヌは泣き止んだものの、ぎこちなく微笑み続けてくれている。
言いたいことがたくさんあるだろう。でも、それを飲み込んで、俺を送り出そうとしているのだろう。
それから程なくして熟考を終えたのかヘステバンが目を開く。
「まだ、何かを隠しておられる。私はそう感じずには居られない。きっと追求したとて話されないのでしょうな。
私があなたと同じ時代に存在したのであれば、私はあなたを糾弾していましたな。ですが、戻ってきたあなたを糾弾することは出来ません。ただ、一言。一言だけ、この老いた者の思いを、願いだけは聞いて頂きたい。
あなたのしたことは間違っていないが、選択としては間違っていた。世界を救うという目的は正しい、だが、仲間に打ち明けることなく、一人で、たった一人でそれを直すとしたのは間違いだったと言わざるを得ないでしょう。関係ない者が口を挟むなと罵られようと構いませぬ。あなたは間違っている。たった一人、過酷で、苦難の道を歩むなど」
淀むことなく言葉を紡いでいたヘステバンだったが、次第に嗚咽混じりになっていった。そして終いには苦虫でも噛み潰したのか、苦い表情をしながら目頭を熱くしていた。
ミューヌに比べればヘステバンとはまだ三ヶ月の付き合いしかない。今の彼の表情を見るまでは、それだけしかなかったと思っていた。
彼はきっと《賢人》としての俺ではなく、クォートを見ようとしていたのだと、今になって思い知った。
「お見苦しいところをお見せしましたな。
私は世界の意思であられるヘルマ様を主神とする、女神教の信徒として、ヘルマ様の使徒として降臨されたあなたに忠誠を誓います。今は儀礼剣がありませんので略式にて失礼を。
使徒様。その力、叡智で我らをお導き下さい。そして、お許し下さい。あなた一人に罪を背負わせてしまったことを。あなたを一人で道の先頭に立たせてしまったことを」
ヘステバンは対面の席から立ち上がり、俺の近くまで歩み寄り、跪いて頭を垂れていた。
見れば、床にはポツポツと濡れた跡が出来上がっている。
こういう時にどうしたら良いのかを知らず、内心焦っているとミューヌも同じように頭を垂れ始めた。
「私を創り、世界の素晴らしさを教えて下さった、慈悲深き師よ。
一番苦しい思いをされている時にお側を離れてしまい、申し訳ございませんでした。
ですが、私は師が何をしようとも、私の忠誠は師だけに捧げ続けています。
たとえ世界の全てが師を追い詰めようとも、私だけはいつまでも共にあり続けます。
この先、何があろうとも、この場所に帰ってきて下さい。お約束下さい」
それで助け舟を出したつもりなんだろうか。まぁ、確かにヘステバンに対する貴族的な礼に比べれば、ミューヌとの会話のほうが楽か。
ここは素直に彼女の好意に甘えておこう。戻って来てからという物、ミューヌに頼りきりだな。このままでは別の意味で男としての自信をなくしてしまいそうだ。
「ミューヌ、分かった。必ず、戻ると約束するよ。だから待っていてくれ。そして、ヘステバン様。いや、ヘステバン。顔を上げてくれないかな、いつまでもそうされていると落ち着かない」
かつての仲間に聞いたことがあったことを途中で思い出した。
――忠誠を誓ってきた者に敬称を付けるのは、その誓いを踏みにじることになる――
だったかな。であれば、きっと彼はこれでいつもの彼に戻ってくれるだろう。
「そこはせめて『ダウンプア』と名で呼んで頂きたかったですな。ですが、まぁ及第点ですかな。これは色々と教え甲斐がありそうな主人でありますな」
多少、目の周りが赤くなっているが、どこか飄々としたいつものヘステバンがそこには居た。
「ヘステバンって呼び慣れてしまっただから、仕方ないでしょ。じゃあ、僕が居ない間のことは任せるよ」
「ふむ、『俺』には戻さなくてよろしいのですかな?」
確かにいつの間にか二人の前では、昔のように自分のことを『僕』と呼んでいた。
自分でも気付かない内に二人を心から信頼していたということか。
「その……。二人の前では素の僕で居させてくれないか」
「私とミューヌ様しかおらぬ時のみですぞ」
「そうですね。その方が良いと思います」
こうして、ようやく打ち解けることが出来た俺たちだったが、すぐに俺は塔を出ていった。
今回のお話しはどうだったでしょうか。
皆様の想像の斜め上を行けていれば良いのですが、
きっとそれは高望みでしょうね。
とまれ、ここまで読んで頂きありがとうございました。
次回より、更新は二日に一回へと変えさせて貰います。