008. 世界の転換点 -前編-
序章での主人公の急激な変化について、
一体なにがあったのかを今回と次回のお話しで明かします。
誤字脱字、文法誤用などありましたら御指摘をお願いします。
「副官、ヤツに動きはないか」
「はっ。未だ塔より出る兆候は認めずです」
至元の塔よりも遥か南西。距離にして凡そ五○キロ程離れた都市。堅牢なる城塞都市シャルタの城壁にて、二人の男が塔を見つめていた。
「フンッ。臆病風にでも吹かれたのか。あの伝説はまやかしであるようだ」
「閣下。不明瞭な情報ではございますが、どうやらヤツは『魔法』が使えていないと」
「そうか。それは計画に狂いが生じるな。ならばこちらから一手投じるとしよう」
南方方面軍の総司令官として配属された男は、自身が忠誠を誓った相手の言葉を思い返していた。
――――彼の地にて救世の英雄が帰ってくる。なんとしても彼を世界から救え。
◇ ◆ ◇
「理由をお聞かせ願えますかな。使徒様」
彼女はまだ俺の言葉の続きを聞いてくれるようだ。だがその瞳を見れば内心は分かる。
如何なる理由であったとしても今の俺を塔から出すつもりはないようだ。
「ヘステバン様程の方であればお察し頂けているはずですが」
「いやいや、それは私を買いかぶり過ぎでございます。使徒様の深謀遠慮なお考えの一端ならばいざ知らず、そこに込められた想いまでは」
「あなたに舌戦では勝てないな。いいでしょう。時間も差し迫っているので全てお話します。
今現在も私が『魔法』を使えていないのは承知のはずですね。そしてそれは私、ヘステバン様、ミューヌを除けばほんの一部しか知らない。
ですが、そんな状態が長く続く道理はないのです。既に三月が経ちました。これ以上時間を使うのは事態を悪化させこそすれ、好転などありえない。
ともすれば答えは一つしかない。私が今動かなければ、この塔は魔人族に攻め落とされる。
ここまでに異論はありませんか?」
「ふむ。私の見立てとほぼ一緒でございましょう。しかし一点、まだ時間は残されているのではないですかな?」
「単純に時間がある、ないの話ではありません。これ以上、俺がこの塔に居座ることが問題なんです」
そう。俺がこれ以上塔に居座れば、きっと魔人族に何かしら異常なことが起こっていると露呈してしまう。
そうなってしまえばただでさえ最悪の状態が、より悪く、悪辣な事態へと変わっていくだろう。
もう打って出るしか道はない。
「それで…………。それではマスターが危険です! 私たちにそれを容認しろと仰るのですか!」
思った以上に耐えてくれた方だろう。
「そうだ。これ以上、俺が居座ればミューヌたちにまで凶刃が降り掛かってくる」
「そんな物は私がどうとでもします! マスターが戦えぬのであれば私が戦います!」
「ダメだ。それは許せない。許可できない」
「なぜですか! マスター! 私は……やっとあなたと…………あなたに……」
「ふむ。若きお二人の問題に口を挟んでしまい申し訳ないのですが、お二人が行動を共にするという道もあるのではないですかな。それこそこの塔の死守程度であれば他の者でこと足りましょう」
やはりそこを突いてくるか。
確かに今も使用可能な『魔道具』であれば他の物でも扱える。さらにはそれらを使えばこの塔周辺は守りきれるだろう。
だが六○七年以上も前の骨董品であることに違いはない。新たに作った道具であれば問題なかった。しかし、あれらは見るからに劣化している。
かつての威力を発揮していない。そんな物を酷使していてはいつか壊れてしまうだろう。
「ミューヌと一緒に塔を出て、二人であるかどうかも分からぬ安住の地を探せと。全てを忘れて。ヘステバン様はそう仰るのですか」
声音を一段下げて問いかける。きっとこれで彼ならば気付いてくれる。
塔の状態が思った以上に良くないことに。
これ以上、骨董品に頼っていては早かれ遅かれ陥落する。
「なるほど。辛辣な意思表明でございますな。では私ダウンプア・フォン・ヘステバンの名で誓いましょう。この塔とミューヌ様は必ず守ってみせます。ですので使徒様。お早いお戻りをお約束下さい」
「ヘステバン様! あなたもなぜですか! マスターがあえて嘘をついていることは分かっているはずです!」
「ミューヌ様、落ち着かれませよ」
やはり貴族だったんだな。爵位までは分からないが。
だが貴族が自身の名前を持ち出して誓いを立てたんだ。であれば何が何でも安全を確保するために動いてくれるだろう。
「さて、私は私自身の名に誓いを立てました。使徒様、あなたも胸襟を緩め、全てをお語り下さい。『世界の転換点』で何が起こったのか。そしてあなたはこれまでに何を経験してきたのかを」
自身の名を告げてから、彼ヘステバンの纏う空気感が張り詰めた物に変わった。
俺はあることを経験してきたからこそ、塔に入ってから新節暦のことを聞いていた。
きっとそれをなんとなく感じ取っていたのだろう。そして、俺から話してくれるまで待っていたはずだ。しかし、その時は今の今まで来なかった。更に俺は何も告げずに出るつもりでいた。
「分かりました。全てを話します。ですが、その前にもう一つ誓って下さい。これより」
「これより聞いたことを口外することは致しませぬ。こちらも我が名に誓いましょう。ミューヌ様、あなたもよろしいですね」
有無を言わせぬ気迫でミューヌを押し黙らせるとは。
彼に任せておけば、何があっても本当に大丈夫だと確信した。
「では、まずは『世界の転換点』についてお話します。あの日、何が起こったのか。いや、俺が何をしでかしたのかを…………。
あの日、俺は…………僕は取り返しのつかない罪を犯した。僕の心が弱かったばかりに……多くの友を…………。
ミューヌ、君であればあの時、僕が何を研究していたかは知っているね? そう、神界魔法。文献にも歴史にも残っていない魔法。
それはこの世界を創り上げた魔法。それが僕の考えていた物だ。本来、僕たちは人が行使できる範囲の魔法しかこの世に存在しないと思っていた。でも現実には精霊族なんて神話の世界でしか語られなかった存在の魔法を、精霊界魔法を曲がりなりにも行使できてしまった。
あぁ、すみません。ヘステバン様にはまず、魔法の階級についてお話すべきでしたね。魔法とは世界の魔素を使用する魔導である。そこまでは一般に知らせたので分かっていると思います。ですが、実際には魔法には階級が存在します。それは人界、魔界、精霊界、そして神界。僕たちはその四つに魔法を分類しました。
そして僕たちが世界に広めた魔法は人界と魔界の範囲までとなるのです。それより先は僕たちには知るだけで危険な物だからです。
僕は精霊界魔法を行使する代償として、この身が朽ち果てる時、精霊の依代となるように誓約を結びました。それ程までに異質な物。それが精霊界と神界魔法です。
では続いて、僕が神界魔法の存在を信じる理由について話しましょう。これは至極単純明快です。精霊とはなんなのか。なぜ僕たちには見ることも、感じ取ることもできないのか。それが答えへと繋がっています」
俺はそこで話を区切り、ヘステバンの反応を待った。
そしてちらりとミューヌへと目を移してみれば、嬉しそうな、それでいて寂しげな表情で俺を真っ直ぐに見つめていた。
俺と視線が交わると彼女は微笑みながら、一筋の涙を流した。
すみません。
思ったよりも長くなってしまい、とても中途半端なところで区切りました。
どうでしょうか。
想像していたようなお話しだったでしょうか。
それとも想像以上のスケール感だったでしょうか。
願わくば後者であってほしい物です。
※ 失礼。途中、主人公の一人称がブレておりましたので修正しました。