007. 管理者としての責務、賢人としての矜持
昨日、外伝作品をノベルアップ+様の方に投稿しました。
もしも気になる方は、本作のお供として読んで頂けると幸いです。
本作の世界の成り立ちから導入し、対のお話しとなる予定です。
誤字脱字、文法誤用などありましたら御指摘をお願いします。
なかなか説得方法が見付からないまま、ミューヌが来る時間になろうとしていた。
この三ヶ月でミューヌは機械なのかと疑っても問題ない程には、その規則正しすぎる生活を経験した。
彼女は必ず午前八時に俺の部屋へとやってくる。
それも着替えと朝食を持ってだ。
ヘステバンにも知られてしまったことではあるが、俺は現在『魔法』が使えなくなっている。
それは多くの者には伏せられている。
俺は『魔法』が使えない結果、収納魔法を扱うことが出来なくなっており、服の着替えや杖などの装備品、ポーションの類が一切取り出せずにいた。
お陰でミューヌ本人は俺の世話が出来て嬉しそうではあるが、彼女に寝間着の洗濯などを頼まないといけない俺の気持ちは穏やかではない。
そんなことを考えているとこれまた規則的な扉を小突く音が響き渡る。
このドアノッカーの使い方。案の定、彼女だろう。
「おはよう。ミューヌ」
俺はドアを開けながら挨拶をし、彼女を部屋の中へと通す。
今日の彼女は青を基調とした修道服を着ており、肩まで伸びている綺麗な銀髪を一つに纏めていた。
「おはようございます。マスター。本日はロダ芋のスープをお持ちしました」
そう言いながら俺の執務机へと朝食を起き、着替えを手に俺へと向き直る。
俺は何度も自分で着替えるから、服はベッドなり机の上にでも置いてくれと伝えていた。だが一向に聞く耳を持ってくれない。
「マスター、本日は天気が良いのでこちらの服を用意しました。お着替えを手伝いますね」
きっと貴族であればそれが普通なのだろう。だが俺は元々農民になるしか道がなかった、ただの男だ。
今でこそ至元の塔の管理者なんて肩書も、《賢人》としての二つ名もある。
それでも心根まで偉くなったつもりはない。むしろ変わることなく生きてきた。
「失礼します」
彼女は俺に何を期待、いや、望んでいるのであろうか。
「少し屈んで頂けますか」
そもそも『魔法』が使えない《賢人》だ。お荷物以外の何物でもない。
彼女もヘステバンも俺に期待をしすぎだ。
確かに話を聞いて、俺に出来ることなら何でもやろうと思った。
だが俺は戦闘職でもなければ、支援職でもない。
俺は旅人であり、詩人だ。
「さぁ、腕を通して下さい。やはりお似合いですね」
出来ることには限りがある。
だからこそ、これから彼女に伝えなければならない。
「マスター。冷めない内に召し上がって下さい」
俺を椅子まで誘導し、着席させた彼女はベッド脇まで戻り、寝間着を綺麗に畳み始める。
彼女にされるがまま流れるように思考し続ける。
これこそがこの三ヶ月で習得した俺の特殊技能だ。
俺は適度に温められたロダ芋のスープを味わう。
良く煮込まれたロダ芋から優しい甘さが出ている。
「ミューヌ。ヘステバン様は塔へいらっしゃっているかな?」
きっとこれから話すことはヘステバンにも同席してもらった方がいいだろう。
「えぇ、いらっしゃっています。すぐにお呼びした方が良いですか?」
「頼めるかな。その時に『これからのことを話したい』と伝えてくれ。きっとヘステバン様ならそれだけで理解するはずだから」
そう頼まれた彼女も言伝内容を聞いて、表情が変わる辺り、やはり頭の回転は速いようだ。
伊達に今まで管理者代理を務めていただけのことはある。
見かけ通りの少女ではないということか。
ヘステバン一人だけであれば説得は簡単だっただろう。だが、ミューヌは一筋縄ではいかない。
彼女であればこれから俺が取ろうとする行動に必ず反対してくるはずだ。
こんな俺を『マスター』と呼ぶ彼女なら。
サーサリア・ネイン・ミューヌ。ミューヌの名を継いだ者。
ミューヌとはかつて俺がこの塔を創り、研究の中で生みだした物だった。
自動人形。それがいつしか自我を持ち、ある《魔法》を発現した。
彼女にしか使うことの出来ない固有の《魔法》。再生と名付けたそれが塔の認知度、地位を確立したと言っても過言ではない。
死した時、最も親和性の高い存在へ、彼女の全てを継承する。
彼女は俺をよく知っていて、六○七年の間、たった一人で俺の帰りを待ち続けた。
だからこそ俺がこの塔を離れ、旅に出ると言えば反対するだろう。
それでも俺はこの塔から出なければならない。
世界を救いたいのであれば。
スープを飲み干し、程なくして再度ノックの音が聞こえてきた。
「待っていた。入ってくれ」
「失礼します、マスター。ヘステバン様をお連れしました」
「使徒様、おはようございます。して、早速ではありますが、これからのことについて話をしますかな」
ヘステバンはいつも通りの柔和な笑顔ではあるが、多少声に緊張を孕んでいるように思える。
それはそうだろう。これから話すことが人族・亜人族連合の未来を決定付けるのだから。
何度も言うが俺は『魔法』が使えない。《魔導》も《魔法》もだ。
だが俺はこの至元の塔の『管理者』だ。
この塔近辺のみが無事なのは、俺が研究し続けている物が多数存在したからだった。
もちろん研究していたのは《魔法》。そして、それを人工的に発動させるべく様々な道具を作ってきた。
『魔道具』と呼ばれるようになった道具だが、失敗作なんて星以上の数があるだろう。
それでも中には一つの塔を守り、維持する程度ならば使える物もあった。
結果、この塔だけは魔人族に対抗しえたのだ。
きっと俺には反撃するための『魔道具』を作ることが望まれている。それこそ塔の『管理者』としては。
では一人の《賢人》としてはどうだろうか。
これも求められているのは魔人族の撃退だろう。
今、俺が塔に籠もって研究すれば、有用な『魔道具』を量産出来るかも知れない。
しかし、それでは時間が掛かってしまう。掛かり過ぎてしまう。
『魔法』が使えたならば、一日で一個程度は作れたはずだ。それならまだ籠もる意味はある。多くの『魔道具』を用意できれば、近場の都市や農耕地などを奪還出来るだろう。
だが今の俺では、一個の道具を作り上げるのに何日必要か検討がつかない。
であれば答えは一つしかない。
危険を承知で仲間を探しに行く。
俺と同じく《壱拾》の力を持つ友人たちを。
彼らも俺と同じように姿を隠した。だが、その中で一人だけはすぐに居場所が分かる。
《不動》の力を使うあいつなら。きっと居るはずなんだ。
「俺は塔を出る」
それが同じく力を持つ《賢人》である俺にしか出来ないことだろう。
この第一章では仲間の一人である《不動》を探しに行くのが主となります。
しばらくは辛い道のりが続きます。
楽しんで頂けるように、
情景描写などに力を入れて行きたいと思います。