006. 過去の栄光の残り滓
いつもお読み下さっている方、本当にありがとうございます。
今回のお話から第一章《不動》となります。
これから世界の謎や主人公を取り巻く環境が大きく動いて行きます。
表現力不足ではありますが楽しんで頂ければ幸いです。
誤字脱字、文法誤用などありましたら御指摘をお願いします。
――――新節歴六○七年 隠月中旬――
俺がヘステバン、そしてミューヌと草原で出会ってから早くも三ヶ月が過ぎた。
今はかつて俺が《創造》で創り上げた魔法研究機関。
通称『至元の塔』にある自室で、俺は世界地図を睨みつけていた。
地図には大きな大陸が六個。小さな大陸が二個。そして島国が相当数描かれている。
ここまでの精度の地図は類を見ないであろう。
この三ヶ月間はミューヌとヘステバンから、新節暦に入ってからの歴史について聞き続けた。
その結果、本当に碌でもない状況になっていることが分かった。
至元の塔はナラウタニアという大陸の中央に位置しており、大陸自体は北半球の七割を占めている。
その広大な大地の大半を人族が占領し、北方領に魔人族を押し留め、生活圏を維持するために多くの城塞都市を築いていた。
だが今では魔人族の本格的な侵攻により塔周辺のみが人族・亜人族の生活圏になってしまった。
ナラウタニア大陸は既に魔人族に占拠されていると言っても差し支えないであろう。
更に他の大陸、島がどうなっているのかは最早分からないと来た。
種族の違いによる彼我の戦力差。それは圧倒的なまでの開きが存在している。
これまでも魔人族との小さな衝突はあった。
だが思い返してみれば全てが不自然なタイミングで退いていくのだ。
まるで増えすぎた多種族を口減らすために行っていたかのように。
それでも人族、亜人族は魔人族の攻勢を退けたと、注目すべき事実から目を逸らし続けた。
勝利を収めたという名誉を高らかに喧伝し、富と名声を求め、そのことから逃げ続けた。
なぜそんなことが起こってしまったのか。
きっとそれは俺たちの不在が影響してしまったのであろう。
《賢人》と呼ばれる者たちの存在。
生まれながらにして何かしらの異能を持ち合わせる者たち。
種族の限界を超えし者たち。
国、地方、島によって伝え方は千差万別だが、総じて何かしら特別な力を行使出来る者たちを指す。
そのような者たちが一夜にして消えた。たった一夜にして。
ある者は行商の途中に。
ある者は仲間との宴の最中に。
ある者は野営の寝ずの番の内に。
歴史書にはその日のことをこう記されている。
――――世界の転換点――
《賢人》に頼りきりであった自分たちへの罰であると。
世界にどれ程の反攻勢力が残っているのかは不明だ。
俺たちに比べれば確かに彼らは弱い。
何も特別な力を持たず、その限られた力で生きる彼らは弱い。
でも俺は知っている。彼らと長く時を共にしたから知っている。
彼らは力を求めている。英雄足りえたいと望んでいる。
願わくば、自らが英雄譚の主人公でありたいと。
帰りが遅くなってしまった俺に、彼らは応えてくれるだろうか。
こんな自分の言ったことを守れなかった者に。
俺は彼らの力になってあげたい。ならなければいけない。
これより先は常に最悪の事態を考えて行動しなければならないだろう。
俺がこの塔で守られている間も、何度か小さな小競り合いは起こっていた。
だが、そのどれもが本気で攻めようとしているようには見えなかった。
「もっと情報が欲しい……。魔人族か……」
相手は魔人族。少しの失敗でこの残された土地を失うことになる。
下手な行動を起こせば、ミューヌたちが守り続けてくれていた塔を失うことになり兼ねない。
それが意味することは『旗印』の喪失。
この塔は謂わば、魔人族に対抗する象徴だ。
失ってしまえば必死に耐え忍んでいる者たちの心の拠り所が無くなる。
「ほんと……くそったれな状況だってことは分かった…………。俺は彼らを待たせていながら何も出来ずにいる」
そう。必死に歴史と現在の話を聞いて、逼迫した状態であることは十二分に承知した。
確かにミューヌとヘステバンが動いてくれている。まだもう少し時間はあるのかも知れない。
でも、だからといってこれ以上時間を無駄にすることは出来ない。
今がくそったれで最悪な状況である一番の問題はもっと別にある。
――俺は『魔法』が使えなくなった。
何もこの期間中、ずっと話を聞き続けていたわけではない。
薄々気付いてはいた。
あえて気にしないようにしていた。
この世界には魔素というエネルギーが存在している。
それは体内に貯蔵している物と、大気中を漂う物に分けられる。
前者の魔素を使えば《魔導》と呼び、後者では《魔法》と呼び、明確に区別していた。
両者を纏めて『魔法』として世界では認識されている。
この世界に生を受け、真っ先に習うのは《魔導》だ。
体内の魔素を制御することは様々な技能の礎であり、それが出来なければ仕事に就くことが出来ない。
幼き時から体内魔素を身体の中で循環させる瞑想を行う。
そうして魔素制御を訓練した後に祝詞を介することで《魔導》を発現出来る。
対して《魔法》とは世界全てを制御することに等しく、習得難度も事象改変強度にも雲泥の差が存在する。
《魔導》も《魔法》も世界を欺き、事象を改変するという点では同じ技術だ。
しかしながらその結果には大きな違いが存在していた。
それは単純に一度に扱える魔素の量に比例するからだ。
人族も亜人族も体内に保有できる魔素量に大差はない。違うのは純粋な身体能力のみだろう。
だが魔人族は身体能力も魔素保有量も六倍、いや七倍程度は違うように思う。
それ程までに種族間の隔たりは大きい。
結果として、身体能力ではなく、知恵や機転といった物が重要な『魔法』でさえ、差が生じてしまっていたのだ。
かつての俺は別に魔人族に対抗しようとして《魔法》を生み出したわけではない。
発端はとある農家の婆さんが腰を痛めてしまったからだった。
農家の生活は重労働だ。広い耕作地の手入れ。収穫物の加工・管理。農具の整備。
やらなければならない仕事も多岐に渡っている。
だから俺は《魔法》によって、一度により多くのことが出来るように、研究した。
文献でしか存在を記されていない種族、精霊族。
彼らが扱ったとされる奇跡の術を。
そんな経緯で創り出した《魔法》だったが、精霊族と同等の威力を発揮したのだ。
明らかに劣っている種族である俺たちが、一部の者たちが、《魔法》を武器に魔人族を倒し始めた。
今となっては輝かしい過去の栄光だ。
己の体内に眠っている魔素を感じ取ることは出来る。
それなのに『魔法』を発現させることが出来なかった。
原因はおそらく直近の記憶によるものだろう。
俺がここに来る前に経験した記憶。
過去の俺と、現在の俺。
記憶によって精神に影響を受けてしまい、魔素の錬成が上手く出来なくなってしまった。
「理解したはずなんだがな…………。そう簡単に割り切らせてはくれないか……」
これ以上、行動を先延ばしにするのは良くないだろう。
だが『魔法』を使えない状態で《彼ら》を探しに出るのは、裸足で火事場を歩き回るような物。
今の俺は魔法研究の第一人者の残り滓だ。
「さて、どうやってミューヌを説得するかな……」
たった一人の魔人族で五百人規模の街は壊滅します。
二つ名持ちの魔人であれば目も当てられないです。