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羽化

2025年某日、人類は未曾有の事態に飲み込まれていた。フィクションの世界でしかいないとされるものたち、魔法少女、怪物などのどの神話、民話、漫画、ライトノベルなどで書かれる異形というべきもの、それらの中で固有名詞として名付けられたもの以外が世界各地に現れたのだった。それらは既存の作品群を模したもののみならず、むしろその大多数が印象派やSNSなどで俗に「エモい」や「独創的」と呼ばれる半生物のような概念的なものを含んだ有象無能であった。

その中でも特筆すべきは秋葉原に現れたピンクを基調とした化け物が挙げられる。


半壊のレイチョウ-前日譚-


それは夏の暑い盛りであった。2025年というありとあらゆる意味で日本に限らず世界全体として人間という種の存続に陰りが確固たるものに変わる年だ。人々は1999年の恐怖の大王かそれに近似したものに漠然と不安を持ちつつも変わらぬ日常をすごす。

東京都は秋葉原、電気街のほとんどがLED化しているために明るく、けたたましいコマーシャルや音源が飛び交い、汗をにじませるビジネスマンとそれを我関せずと歩く衣装や小物に一貫して創作物があしらわれているものを身につけた人間や、その同類と思わしき雰囲気を醸し出すものが行き交っている。


ヒュオン


その中である。唐突に現れたそれは遠くからはつむじ風かビルの谷間から吹く風かと思わしき音がなる。

突如現れたそれは通行人をかまいたちのように近づいたものを切り刻み、惨殺して行く。

瞠目し、動けないもの。恐怖に襲われ我先にと外聞を気にせず逃げるもの。いぶかしむもの。さまざまな反応を見せるが目の前にあるのは一風変わった生物とも平気とも言えぬ言い知れぬ恐怖であった。


人型をしているがその身長はおおよそ1m程度であり、人形のように整ったシルエットであるがピンクを基調とした衣服らしきものはまるで細切れ肉を縫い合わせて作ったようなもので顔は大量のコピー用紙を重ねて切り抜いて作った紙細工に似ていた。きわめつけはその異形から出る手は象牙のようでいて骨を加工して作ったような刀身であった。


その化け物は自分の力を見せつけたと言わんばかりに途中でそれをやめ、自身への取材を要求。

警察や自衛隊の介入が出来ないまま多くの報道関係者が詰め寄る中、行われた取材は世界各国で同時に行われ、途中魔法少女が一部の報道関係者を殺し血肉を画面いっぱいに移らせながら行われ、政府、マスコミはこの件について連日手一杯となったのはいうまでも無い。

まして、その取材というのは如何にも理知的でどこから音声を発しているか不明ながら明瞭かつ少女のような声で自分たちは「OS」である宣言し、唖然とする取材陣を置いてこれから「OS」が日本のみならず世界各国で現れる。という内容であった。

以上が一般人の知り得る範囲での情報である。動画投稿サイトでは各国のフィクションたるものたちの様子は転載され続けたがすぐさま凍結、支配力の強い国々では不用意な情報の拡散を防ぐために政府の発表以外の情報を流したもの、知ったものについて厳罰に処すなどの情報規制がなされ、情報の下流にある一般人についた情報にはもちろんSNS等で拡散されたものもあるが多くは断片的なものであり映画の一幕のようなものが多くさらには規制に規制を重ねられ情報を送ったものはアカウントを凍結された。

それを引き起こしたのは権力者の危機感か悪意や恐怖に対しての感受性の高さか一般人に対して後悔し続けるようなものではないというある種の隠蔽体質が極度に働いてしまった。

それが7日間続き、当然医療以外の多くの企業、公共機関は休業と相成ったわけだが世界中でそれについて議論されている間、一番最初に休業を解いたのは日本であった。

フィクションの存在、本人たちは共通してOSと自称していたが、それ以外にはこれといって情報はなく、それ以降は政府発表によると最初に現れた魔女は自害し、そのほかのOSたちも軒並み確保したということであった。

それが今日の2030年代までに起こる種々の問題を先進的に受け止める事となったのはいうまでもない。


1


現代日本、17時を過ぎて半時間としない時間帯の駅前は学生で溢れ始め、過ぎ行く人々も制服が多い。繁華街とはいかないがビルと居酒屋が立ち並んでいるそれはコンビニ前で男子たちが買い食いしているのが見える。後ろ髪に行くにつれ短くなって行くショートカットで紺のスカート丈の長いブレザー女子高校生、鳥居理緒は自身のペットであるアオボウシインコのゲージを持って帰路につく。

OSの出現からエサを吐き出すようになったためどうしたら良いかと動物病院に療養を兼ねて一時期預かってもらっていた。両親が共働きのため引き取りは理緒が行い、ストレスによるものと言われた所だ。

カゴの中ではチイチイと小さく無くインコが調子が戻ったように感じれて玲は嬉しかった。

OSの危険性について大規模な多発的なテロとしての認識が大きい日本ではあまり危機感はなく、理緒の他にも買い食いをして笑い合う同級生が目に入ったりと誰もが我が身に来るとは思っていなかった。


「OSなんてこないよね、クーちゃん」


理緒は不安をかき消すためにゲージに話しかける。どうも他人事には出来ないような感覚に見舞われている。普段ならば絶対に周りを気にしてゲージに話しかけるなどしない理緒であったが身の前の人の幸福そうな姿を見てそれが失われるのが無性に怖く感じた。

彼女だけが懐疑的にOSの出現を見ているだけではない。むしろ大多数の人間がそうである。というのも2025年代の映像技術は既にVRなどの台頭からほぼ現実と相違ない程度に進化し、単なる映像を伴ったテロとしての見解を日本政府が出したからである。もっとも、新たな知的生命体が人類の敵として現れたなど世迷い事を厳格なる政治家たちが言えばそれは生物兵器を何処かが作成したということと湾曲せざるを得ず、国内国外問わず多数の犠牲者を出していることから犯人探しはあってもなるべく国内の犯人であってはならないとしたためだ。


ヴゥーーーン


不意に携帯が震え、不安を掻き立てる音を鳴らす。災害時のサイレンだ。そう思った瞬間理緒は最悪の光景が思いうかぶ。

次の瞬間、遠くからどおんと爆破ではない、何かを激しくぶつけて壊すような地響きに似た音がビルで反射され音源がわからないまま360度から響く。

件の魔法少女、半魚人、巨大な蔦、名状がたき不定形、様々な憶測がビルの陰、マンホールから溢れるそれらが出てきたのではないかと咄嗟に思い至る。

そこまで考えると無性に足がすくんだように立ち止まる。理緒の悪い癖だ。最悪のものを考えてしまいそこから思考が停止する。


「おい逃げろ!」


不意に誰かの大声かが聞こえたが地響きと破壊音が反響し、瓦礫が崩れて出たであろう砂塵が消化器の噴射のようにビルの間から吹き出す。街中は騒然となりすぐさま避難所へ走る人、街灯を避けながら走る人など様々であったが半分はどこに行けばいいのかわからず立ち往生している。

理緒も例に漏れず自分が何をして良いのかわからなかった。2025年8月1日、後に第2東京大規模OS奇襲と呼ばれる多大な被害をもたらしたOSの顕現である。

理緒は恐怖からしゃがみこみ、ゲージを抱える。


「なんなのよ……」


震える声で出したか細いものは地面の振動する音でかき消された。地震かと思い、頭をカバンで防ぎ、収まるのを待つがなかなか終わらない。カゴを抱えながらブレザーで口を覆って砂塵を吸わないように

よくよく感じるとそれは一方こうからの振動であった。

しばらくその振動の様子を聞いていると自分の近くにまで近づいたように感じ、ふと理緒の視界が暗くなる。影がさしたようなそれに怯えつつも上半身を上げると巨大な人形があった。

それはロボットと鎧を合わせたような巨大な灰色の何かでおおよそ6メートル近くある体長に、異様に長く長細く、蜘蛛のような印象を受ける四肢、単眼じみた巨大な赤色の光る証明のようなものをつけた頭部に、体の所々にマゼンダの結晶のようなものが吐出した装飾と缶を繋げたような動線が血管のように数本取り付けられている。

後ろには似たようなロボットや猿人類を思わせるような体型のもの、ゴリラのように種々の筋肉に相当する部分が巨大になったもの、西洋甲冑を着込んだようなものが続々と同じ方向から現れる。


「あ、あぁ・・・」


ゲージの中の鳥は激しく羽ばたき逃げようとパニックになっている。動けない理緒にロボットようなものは手を伸ばしつかみかかろうとする。

ただ緩慢なのか躊躇しているのかその動きは肉眼でも十分に捉えられるものでゆっくりと目の前に近づく尖った3本の指が目をほじくられるように感じて恐怖に染まり理緒は一切動くことができなかった。


「あ、あぁ………」


鳥が羽ばたきに恐怖によって極端に冷えた理緒は冷静になりこの鳥のせいではないかと思い始め思考の逃避を始め出そうとした時尖った指が抱えているカゴごと腕を掴む。無機質なそれは服からでも硬質なことがわかりゆっくりと力を込めていく。


「うわあああああ」


最初はほんの少し掴む程度であったが力を込め始めたあたりで痛みが走り、カゴを捨てて逃げようと振り乱すがカゴごと左腕を掴まれて引き離せない。


「な、なんで!」


なんで私が、と言いかける前に理緒が見ている中一気にロボットの手が閉じた。万力の比ではないそれは同時にカゴを壊す高音、鳥を弾けさせる水の滴った音、左腕を潰し、尖った指が腕の内側に差し込まれる不快な音を出し、ぐしゃぐしゃになった腕の中に鳥の残骸をねじり込む。


「--------!」


声にならない悲鳴をあげる理緒の顔はよだれと涙で崩れ、足元からは生暖かい液体が染み込む。潰された後の左腕は神経が切れたのか肘から先の感覚はないがそこから上の痛みは粉砕骨折の比ではないだろう。ロボットは無機質なその目を左腕に向けると不意に潰した手を持った方の手の甲についた結晶の根元を触り、一気に抜き取る。

抜き出したそれは複数の結晶をまとめたようなファンタジーによくあるものであったが全長50センチ程度でその隠れていた部分はマイクロチップを繋げて作られたようなワーム状の足が何本もついたクラゲのような形で、機械油なのか淡いピンク色の粘性のある液体を纏いながらゆっくりと動き、気色の悪い飛沫を飛ばしている。


「やめ、やめて……」


エイリアンなどの地球外生命体の映画で触手や蟲というものは寄生させるために使われ、人格の乗っ取りや怪物へと変化させることに定評がある。玲は直感的に口か潰れた右腕を引きちぎってそこからという光景が脳裏に浮かぶ。出血が酷くなるのも気にせず体をひねり、口元を押さえて抵抗するが全く動かず動きに合わせて指の間から血が連動して垂れ、擦れたはずみに鳥の羽が血みどろになって落ちる。

ロボットは器用に尖った指で掴み指の隙間に置くとそれが潰れた箇所から侵入して行く。潰れた鳥とゲージを触手で絡めながら筋肉をえぐりながら内部に浸透して行く。それは感覚のない腕でも気色悪さを感じ、塗り替えられるような精神的苦痛を伴って理緒侵入して行く。


「う、」


あまりの気色の悪さに胃の中のものが激流となって口から吹き出そうとする。うちいっぱいに広がったそれはほおを膨らまして外界に出ようとする。思わず俯いて嘔吐しようとした瞬間、体が浮いた。

視界は目まぐるしく変化し、体は自由を失い、めちゃくちゃな動きをしながら宙を舞う。ロボットの肩口、壊れたビル、街灯は軒並み倒され車はまともに停車しているのが珍しいくらいだ。用済みと言わんばかりに雑に投げ飛ばされた理緒の口からは止めどなく吐瀉物が飛散してさながらスプリンクラーのようになっている。

なんとか落ちる先を見た時に理緒は死を覚悟した。破壊されたビルの鉄骨が真横からのぞいている。おおよそ串刺しになることは免れないだろう。そうなると死にたくないという感情と諦めがせめぎ合い、どちらにしてもマシな形でことを運びたいと吐き気の原因となる腕を見ると、先にはすでに触手はなく代わりに歪なロボットの腕から結晶が生えていて肩に侵食しようとしている。左腕は感覚を確かめるように理緒の意図に反した動きをしている。おそらく自分が死ぬか助かってもロボットと同じようになるしか未来はないと確信する。


(死にたくない!)


自分が無くなるということに深い恐怖と憤りが爆発し、咄嗟に変形した硬質な腕で鉄骨のクッションにしようと理緒は体を力一杯捻り鉄骨が自分の胸を突き刺すくらいにまで体制を整えて腕を掴んで胸の前に固定する。落下の中で無理やり体制を変えれたことは自身でも驚きであったがそれ以上にうまく鉄骨に当てることだけを考えた。

落下のスピードは極端に早いにもかかわらずこの瞬間がとても長く感じた。ゆっくりと鉄骨が拡大する。脳の感覚が非常に冴えているのか十分に起動が変えられた。


(いける!)


肺は片方潰れるだろうしかし腕のように体が変化するよりはよほどマシだと賭ける。心臓はもうすぐもうすぐと興奮と鼓動するように激しく脈打ち混乱と興奮を加速させる。


ぐらり


急に変化した腕が動いた。そのせいで全身のバランスが崩れガラ空きの胸に鉄骨が刺さろうとしている。咄嗟に腕を下げようと体全体で腕を下げようとした瞬間、標的がずれて首元に鉄骨が吸い込まれようとし、なし崩しで腕で防ぐ。


「ううううううううん」


幸運にも腕は鉄骨にぶつかり金属同士が派手な音を鳴らしながら鉄骨が腕を割りながらかき分け分断する。割れた腕が無くなったせいでほんの少し姿勢がずれ、回転が生まれた。

鉄骨の工の字が右の頬と鼻をかけてTの字に肉を抉り、鎖骨、胸骨を肉ごと分断するように鈍い音を出しながら砕き、壊れた床だったものの断面に左からぶつかり奇跡的に残っていた下の階の床にぶつかる。


「ガフッ」


肺の中の空気が一気に抜ける。顔からは大量の血が溢れ口の中は砕け、抜けた奥歯が口内を傷つける。肘先10センチのほどから先のない異形の腕からは薄めた血のような液体が流れ出し、瞬時に結晶化しだす。

周りではサイレンの音と阿鼻叫喚の声、新たに何体かロボットが現れる。朧げな視界の中でロボットの一体と目があった。その無機質な赤く光る目が灰色の体のコントラスト相まってどこかスケルトンのような印象を与える。

それが惨めな自分を見下しているように見えて手を理不尽に対する怒りと恨みで伸ばす。感覚がないはずの左腕が液体を垂らしながらロボットを指すがロボットは関心がないのか対処する必要がないと判断したのか進行方向に向き直り立ち去ろうとする。


「あ……ぁあああああ」


憤りから叫ぶが肺が潰れているのか声ではなく血が溢れる。殺意と怨念で体じゅうから血液が吹き出るような感覚が走り、腕からはそれに呼応したように液体が放水機よりも激しく吹き出し、傷口の血と同時に結晶となる。

結晶は徐々に肥大化して体全体を包みこみ巨大な卵形になり、すぐさま砕けだ。

砕けた卵からは質量を無視したマゼンダを呈した液状の何かが猛スピードで地面を這い回る。たまたま助かった負傷者、骸骨をイメージされるロボット、壊れた建築物を飲み込みのたうち周り周りのものを粘土のように崩しながら吸収して行き徐々に形を形成しながら上空へ跳躍する。

ただの液体が鳥の尾に蛇の半身がついたようなシルエットに変わり体色はマゼンダを中心とした毒々しいカラーリング、翼はそれぞれ6つに裂けた細かい結晶の集合体、足は紫瓦を繋げたような触手が4本、尻尾はえぐれた三つ編みのように絡まった柔らかな触手、頭と胸は凹凸のない陶器のようで胴は背骨のような甲殻が5本で固定され、顔には目はなく、嘴を抜き取ったような表面に丁の字の割れたような跡からとめどなく液体が溢れている。


「キャアアアアアアアアアアアア」


つんざくような金属が擦れる音、女性の悲鳴、鳥の鳴き声のどれとも聞こえる大音量が灰塵を吹き飛ばす。

ロボットたちはそれを感知して理緒だったものを見る。足元では新しく現れた怪物に気絶した獲物がいるにもかかわらずその無機質な赤い目がその理緒だったキメラを写す。


液体を垂らし続けるキメラは威嚇のように顔をすくめて翼を広げる。敵対行動をとったと判断されたのか一体の猿の印象を与えるロボットが飛びかかる。キメラは奇声とともに翼を振るうと結晶が槍状に伸び、弧を描いて12本の不気味な槍がロボットの胸を中心に突き刺し、貫通させる。


「キュアアアアアアアアアア」


ロボットからは赤色の液体が溢れ、倒れる。

キメラは突き刺した羽で抉り、結晶を枝分かれさせて外殻を裂きながら顔を開いた穴に埋もれさせ、ぐちぐちと何かを吸出だす音を出す。

仇討ちか自身の危機を感じたのか他のロボットがキメラに襲いかかるがキメラは刺していた羽をロボットの体を引き裂いて取り出し、蛇のようにくねらせながら襲いかかってきたロボットたちを突き刺し、動きが鈍った瞬間抜いては他の場所を刺し、金属が変形し水枕を叩く音を鳴らしながら啄ばむように追撃し続ける。

周りにいるロボットが全て動かなくなると満足したのか翼からボロボロと剥がれるように倒れながら崩れる。

倒れた衝撃で建物が崩れ、完全にキメラが消えると胸があった部分から理緒が現れる。


「うっ………」


理緒の左腕は所々カサブタのように結晶が付いているが潰されるまえの形で頬には首にかけて縫わずに直したような傷跡が付いている。

理緒は若干混濁する意識の中、立ち上がる。視界は少しぼやけ何が起こったのかわからなかった。


「私は………」


死んでいたはずと言い切らないうちに手についた結晶が鮮明に見えるようになった。


「これって、ああ」


自身が死んだと思われる直前を思い出す。そして深い殺意と怨念に囚われた後の出来事、ロボットの胸を裂きながら啄ばむ異形となった自分、その口の先には理緒がたどるはずだった未来を遂げた成人男性、食べてしまった人肉の味が口いっぱいに血と脳と骨と消化されかけた食物とともに合わさって蘇る。


「いやあああああああああああ」


激しい頭痛とストレスに耐えきれず頭を抑えて伏せる。喉をかきむしり拭えない人間のミンチが喉を通る感触を消そうとするが掻きむしって出た血がそれを想起させる。完全にキメラであった頃の感触を思い出して吐き気を催し腕を突っ込み中のものを吐き出す。

吐き出したものは酷く匂い、数十分前に全て吐き出したとは思えないほどの質量が口から真っ赤な液体が這い出てきた。その中には、髪の毛、皮膚、歯のようなもの、血にまみれた丸いナニカが胃酸の混じった血ととも広がる。


「あ、ああ、ぁあああああ」


吐瀉物の苦酸っぱい匂いとともに鉄錆と脂の混じった死肉の匂いに精神を蝕まれ苦痛が胸を一杯に満たす。しかしどこかそれが自身の掴み取った戦利品のように感じてしまい、それを吐き出したことによる無念な感情が自分の中で確かに存在した。その狂気にも健全であったはずの無垢な青年の心は猟奇的でどう猛な猛禽類の食性の嗜好に蝕まれる。


ガラリ


後ろから何かを蹴飛ばす音が聞こえた。すぐさま理緒は振り返る。目の前には眼鏡をかけたウェーブの金髪に染めたであろう日本人顔の女性がふらつく足取りで近づいてくる。

理緒は危機感と自分以外にも人がいた安堵感に加え、若干のテリトリーの阻害を感じる。


「こ、これは違」


咄嗟に自分の吐いたものについて弁解しようとしたが理緒はその女性に言いようのない敵意のようなものを感じ、それと同時に自分の中で「こいつは殺さなくてはならない」という憎悪が溢れる。


「お前が私を……」


女性の胸は衣服がもぎ取られたようになく、肋骨が見えるほどに肉がペンチでちぎったように皮膚が裂け、血を流している。しかしそれ以上に異様なのは声が機械の合成音声のようなノイズが入った声で腕やら顔からコードや鉄板のようなものが生えてきている。


(この人、あのロボット!)


キメラにならずに遭遇していれば理緒はこの人物から咄嗟に逃げるか会話による和解を求めるだらう。しかし、今は違う。ただひたすらに殺意が溢れ、どうやってでも殺してやろうという殺人衝動が心のうちから溢れ出す。


「見るな」


女性はふらつく足取りで自分の顔を隠す。コードが顔の奥に入り込み、突き出す。突き出したそこから金属が広がり目は白目ごと真っ赤に染まり始める。


「くるな、触るな」


それは理緒に言っているのではなくまるで自身に響かせるように呟く。他にも何かブツブツと呟いているようだが理緒には聞こえない。蹴られて転がる小石の方が大きい音を出している。


「そして殺す」


雰囲気が一気に変わり赤色の目は恐怖か哀しみを呈していたが無機質なものに変わりコードの先端から液体が溢れる。溢れた液体はナメクジが這うように四肢から女性の体を侵食してゆく。

その無色の粘性のある液体を見て理緒の理性は爆発した。


「うわあああ」


殺さなくてはならない。食わなくてはならない。その恐怖観念とともに自分の中でナニカ自分の中で異質なものがそれを突き動かしていることがわかった。

それがなにであるかが、先ほど自分であったキメラというを感じ取る前にカサブタのついた腕が急に動き女性を指すと結晶が溢れるように増幅し、何本もの結晶の棒が腕から女性に向かって飛びかかる。

女性の体から出た液体は身体中に張り付き、金属質になって硬化して行きエグれた乳房にまで侵食しそうになった時に何本もの結晶の槍が体をめちゃくちゃに破壊しながら貫通させる。

複数の鈍い音の重なりは理緒にとっては福音とも、自身が外道に落ちる崩壊音にも聞こえた。


2


後日、この事件による生存者は自衛隊に救助され街中もあって多数の死傷者、行方不明者が確認され、行方不明者の中には理緒の名前があった。しかし行方不明者には後になってロボットの遺骸から腐食した遺体となって取り出されることや飛び散った結晶の中にバラバラになってハマっていたりと死亡判定がなされた。また、現場に残された大量の血液と思わしきものの解析結果から、成人男性一人分の致死量を超えるそれが確認され、それが全て理緒のものであることから理緒も死亡したと判定された。

この事件を受けて世界はOSに対する特別対策組織を発足、駆け足の速さで3年後には日本で警察官や各研究施設とは別格の特別捜査員、研究員の募集を国家公務員として募集し始める。

その間多数のOSによる事件は多発し、模倣犯も現れたりと細かいすり合わせがないまま終わらせる事案が発生し、ごく一部の民間人にもOSの一部または個体が渡ったのはいうまでもない。

新設された巨大な建物、生体研究、医療、調査、その全てを担う建築物は超科学対策局という名称がつけられ大量の資材と器具が搬入されている。その門には連日報道陣が立ち会っているがその中に丸腰の女性がいる。

年齢は20代前後、M字に分けられた前髪と角度のついたショートカット、顔には右頬から鼻、顎にかけて大きくT字に大きな傷跡を負い、一切の柔和な印象はなく泥のような濁った顔をしている。手には片方だけ手袋をはめてスキニーパンツと胸元が大きく開けられた薄桃色のワイシャツからは白のインナーが見える。すっかり服装だけは珍妙であるが開け抜けたそれは世間では死亡しているとされた理緒である。

理緒はここに運ばれてくるであろうものを待っていた。それは理緒が戦い、逃してしまったものだ。

事件の日以来OSを見るとどうも捕食の感情がむき出しになりOSであればどのようなものでも襲いかかりたい欲求と闘争心が溢れて何体も捕食した。それにより自身の体の扱いは慣れ途中で食べ残した遺骸との交換条件で怪しげなパトロンを見つけた。


『理緒、野次馬はトラックに集中していて、監視カメラもない。いけるか?』

「はい」


そして現在、この建物の局員予定の人間たちが捕まえた巨大な薔薇の蔦でできた人型のOSが鹵獲されて大型トラックで運ばれてくる。

イヤホンから聞こえる通話の後、理緒はおもむろに右腕を突き出して鹵獲された縄に向かって結晶を散弾のように撃ち放つ。


「っつぅ…」


無理やりひねり出したそれは皮膚が変化したものではなく真皮から突き出たもので相応と痛みが走る。バツンと歯切れの良い音が聞こえ、鹵獲している有刺鉄線の一本が切れるとそこから蔦が移動して高さ7mの人型の蔦が報道陣めがけて触手を伸ばす。これは理緒が倒し損ねた個体で理緒には再戦する理由があった。


「があ…」


コンクリートをえぐる一撃は回避訓練も受けていない報道陣の四肢、頭を飛ばし市街を捕食するかのように花の中に入れる。元気そうなそれに陰湿な笑顔を浮かべた理緒は再戦のために身体中からピンク色の液体を放出し、殻を形成する。


「今度は負けないから」


キメラになったことで精神構造の一切が干渉されて捕食の他に勝敗にこだわるようになってしまった結果、他の人間の介入で戦闘が終わることが許せなかった。

これも後に初期対策局強襲事件と呼ばれるようになる。

普段ならば人間側の味方の目の前で高速を解くというリスクを犯すこともないが蛇のように執念深くなったせいで感情の赴くままに行動してしまう。

暴れる蔦人間に一体の頭と思わしき場所が大きくひび割れた奇妙なキメラが突撃し、喉元に当たる部分に頭を突き刺した。

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