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17.サーカスの気配

お久しぶりです。更新再開いたします!


 エウゼビオさんから貰った招待状で、サーカスに行く予定を立てていた私とシュロさんと、それからヴィクトリアさん。

 日にちを決めて、何を着ていこうかしらと微笑むヴィクトリアさんに、私はこれでいいか――と呟いた、その瞬間。


 ヴィクトリアさんが素っ頓狂な声で叫んだ。


 「冗談よねアイノ? サーカスを観に行くのに、その恰好で行くなんて!」

 「不潔でしょうか。手入れはしているつもりでしたが」

 「いや不潔とかそういうんじゃなくって! お出かけなのよお出かけ! そんな土色のドレスなんて着てったら気が滅入るでしょう!」

 「土色」


 私は自分のドレスを見下ろす。ここに来るときに身に着けていたドレスは、動きやすいが確かに地味だ。


 「チャコールグレーくらいの認識でいましたが、なるほど確かに、乾いた土の色にも見える。ヴィクトリアさんは目が良いんですね」

 「もはや目が良いとかそういう問題じゃないような気もするけど」


 サーカス鑑賞を明日に控え、どこか浮足立った様子のヴィクトリアさん。


 彼女とは対照的に、私の気持ちは晴れない。


 どういうわけか、シュロさんが最近冷たいのだ。冷たいというか、そっけないというか。

 だんだん私に嫌気がさしてきたのかもしれない。無理もないことだ。本を読むしか能のない女と一緒にいては息も詰まることだろう。


 「そうだ! 仕事が終わったらドレスを買いに行きましょうよ。今からじゃ仕立ては間に合わないから、既製品になっちゃうけど」

 「ドレスですか」

 「お給料貰ってるんだし、お金がないとは言わせないわよ」


 入国管理局で仕事をしたぶんのお給料は、確かに貰っている。シュロさんに食費やその他もろもろの費用を渡しても、いつも財布に戻されてしまうから、貰ったお給料は丸々残っているといってもいい。


 でもこれはあまり使いたくないのだ。

 だっていつまでもシュロさんの花嫁でいられるわけがない。そうしたら私は一人で生きていかなければならないのだし、そうしたらこの国のお金だってある程度は必要になるはずだし。

 

 ーーそれに、今計画しているとある”サプライズ”には、多少なりとも経費がかかるので。


 「……これじゃあ、だめですかね」

 「ええ、だめよ。見てるこっちの気が滅入っちゃう」

 「では何か明るい色の布を被るというのは」

 「ねえそれで解決策になってると思ってるの? 本気で?」

 「な、何もしないよりはマシかと」

 「なるほど、おしゃれオンチはそういう理屈で被害を拡大させるわけ。生まれてこの方おしゃれじゃなかったことなんてなかったから、初めて知ったわ」

 「確かに、ヴィクトリアさんはおしゃれですが……」

 「そう、あたしはおしゃれよ。だから大船に乗ったつもりで、ぜぇんぶあたしに任せなさい」


 ヴィクトリアさんはにんまり笑った。


 *


 翌日、仕事を早引きした私たちは入国管理局の局員専用出口で待ち合わせした。

 先にたたずんでいたシュロさんは、私たちの姿を見つけて、少しまなじりを上げた。


 「お待たせシュロ。新しいドレスに着替えていたら時間がかかってしまったわ、ごめんなさいね?」


 ヴィクトリアさんは例によって例のごとく、彼女の体の色を引き立てる緋色のドレスを纏っている。

 観に行くのはサーカスであってオペラではない、という論のもと、あまり華美すぎず、体にぴったりと吸い付くようなシンプルな仕立てだ。


 彼女が目指したのは大輪の花。豪華で近寄りがたい、深紅の花弁を持つ花だ。


 そうして珍しいことに、横に立つ私にもテーマがあった。


 「私たち二人で一輪の花なのよ、シュロ。分かる? 私が花で、アイノが茎」


 茎、というだけのことはあって、私のドレスは(私にしては珍しいことに!)若草色だった。

 ほんとうはもっと地味な色にしようとしていたのだけれど、ヴィクトリアさんがそれを許さなかった。

 少しくすんだ若草色は、ヴィクトリアさんが選んでくれたものだ。適当に、上の方にあった服を手に取る私を押しのけ、私の肌に合う色を最後まで選んでくれた。

 そのおかげで、いつもより顔色がよく見える、ような、気がした。あくまでそんな気がするだけで、ほんとはいつもの暗い顔なのかもしれないけど。


 それでもあくまで主役はヴィクトリアさん、というのが、なんとも彼女らしい。彼女は自分に自信があるのだ。まぶしいくらいに。


 シュロさんは目をすがめて私たちを見、やおらにっこりと笑った。


 「アイノも明るい色を着るんだ! いいねいいね、目の色と合っててきれいだよ。肌の色も明るく見えるね」

 「あ、ありがとう、ございます……」

 「シュロ! 私は!? 私にはなにかないの?」

 「うん、ヴィクトリアもきれいだ。毒々しいまでの赤がよく似合う。前世は毒キノコとかだったんじゃない?」

「でしょう! 私もこの色を着こなすのには自信があってよ!」


 えへんと胸を張るヴィクトリアさん。さらりとおかしなことを言われていたような気もするが、その王女様みたいな振る舞いはびくともしない。

 

 私は茎だと思えば、その堂々とした姿の横に立つのもそんなに気おくれしなかった。もしかして彼女はそこまで考えてくれていたのだろうか。


 「シュロの体の色とグラデーションになるようにしてみたの! 横に立つと、ほら、二人で一つのいきもののようじゃない!?」

 「朱色と赤の組み合わせも嫌いじゃないけどさ、引き算の美学ってものがあるんだよ。ヴィクトリア」

 「そうお? 派手なほうが良くないかしら」

 「うーん、僕は最近、落ち着く色合いが好みかな」


 そう言ったシュロさんが、ちらりとこちらを見たような気がしたけど――。ま、気のせいだろう。




 サーカスは街の外れにあったが、そこに行くまでの道にはたくさん露店が出ていて、ちっとも退屈しなかった。

 美味しそうな砂糖がけのショートブレッドに、甘いはちみつをたっぷりとかけた薄いパンケーキ。りんごあめ。キャンディやキャラメルを詰めあわせたベルベットの袋。 

 そうそう、焼き立ての栗も忘れちゃいけない!


 食べ物だけではなく、女性が好みそうなきらきらした装飾品も売られていて、道行くカップルの多くが足を止めていた。

 装飾品の類には興味がないが、こういうところに掘り出し物があったりするのだ。古本と一緒。

 人々の頭やたてがみやとさか越しに、品物をじろりと見ていると、シュロさんが声をかけた。


 「アイノ、何か欲しいものあった?」

 「へ? あ、いえ、特には」

 「君がこういうのに興味を示すなんて、珍しいね? いつも市場ではこういう行商に見向きもしないのに」

 「欲しいわけでは……。ちょっと見ていただけですから」


 そう言うとシュロさんはむっとしたような顔になって、


 「もしかして、あいつのためにオシャレしようとしてる、とか?」

 「あいつ? ああ、エウゼビオさんですか? そんなわけないじゃないですか。というか私、装飾品の類には興味はないですから」

 「じゃあなんで見てたの?」

 「ちょっと……探し物が、あって」

 「どんなもの探してるの?」

 「ええと……」


 シュロさんには、シュロさんにだけは言えない。


 「し、ろっぽい、感じの、あの、腕輪、的な……? なんかよく分からないんですけど、あの、ラッキーチャームというか、いい感じのお守りというか」

 

 私はどうにか嘘をひねり出した。嘘になってるかどうかは怪しい。何だいい感じのお守りって。

 けれどシュロさんは、何かに合点がいったような顔をして、


 「そうだね、お守りは必要かも。君には僕の翻訳魔術がかけてあるから、龍人の加護があるのは一目瞭然。中途半端なヤツじゃあ手出しする気にもなれないだろうけど……。ダナエのこともあるしね」

 「そ、そう、そうなんです。それも、誰かに買ってもらうんじゃなくて、自分で買うのがいいらしいので、ですからその、お構いなく」

 「ふうん? まあそういう占い結果もあるか。お金が足りなかったら言うんだよ?」

 「はい、それはもう」

  

 シュロさんの大きな目が私から逸れる。

 ほっと安堵の息をついたのもつかの間。


 「白っぽい腕輪、ねえ」


 にやにや笑いながら、ヴィクトリアさんが私の腕に絡みついてきた。


 「……なんですか」

 「べーっつにい? それにしちゃあ、原石が並べられてるお店ばっかり見てたような気がして?」

 「う」

 「しかもしかも? 赤っぽい石ばっかり物色していたような~?」

 「ど、どれだけ目ざといんですか、あなた」

 「ネコ科をなめないことね? だけど、探すんならもっとサーカスのテントに近い露店の方が良いと思うわ」

 「そうなんですか?」

 「テントに近い店の方が出店料が高い、つまり高級品を扱ってるってことだから。こういうところに掘り出し物があることは否定しないけど」


 なるほど。気持ちを込めるものだから、品質はできる限り高い方が良い。


 「有難うございます。テントに近い所で探します」

 「サーカスはまだこの街にいるみたいだし、今日は下見程度でいいでしょ。ね、ね、そんなことよりあたし焼き栗食べたーい! シュロ―っ」

 「はいはい、三袋もあればいいですかお嬢様」

 「愚問ね、私たちには何本の手があると思っていて? 六袋よ、おかわりはあとで考えましょう」


 ヴィクトリアさんの厳かな宣言によって、私たちは両手を等しくあつあつの焼き栗で塞がれ、目の前にほかほかの栗があるのに食べられない、という拷問を味わうことになるのだった。


 人々の喧騒に、焼き栗のにおい。見たことのない恰好をした人や動物なんかもいて、ちょっと猥雑な雰囲気だ。着なれない服を着ているせいもあるだろうけれど、柄にもなく浮足立ってしまう。

わくわく、むずむずする体を持て余して、熱っぽい溜息をつく。


 「なるほど。--これが、サーカス」

 「そうさ、これがサーカス」


 シュロさんは目を細めて笑った。


 「今だけは、やなことなんて忘れて楽しもう、アイノ」


 そう言って差し出された手を、自然に握っていた。


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