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12. 禁書と兄弟


「シュロさーん」


本棚の間も探してみたけれど、シュロさんの姿はなかった。


ーーまあ、あとで合流できるよね。少なくともシュロさんと同じ建物にいることは確かだから。


そう考えて私は目当ての図鑑を見上げる。重たそうな装丁だ。背伸びをすれば届くかもしれないけれど、落としたりして本を傷つけてはいけない。

私は辺りを見回して脚立を見つけた。けれど、消化バケツの横に置かれた青銅製のそれは、ひどく重く、さび付いていて、私一人の手では到底動かせそうになかった。


「うーん。諦めるしかないか……」


とため息をついた時だった。


「お望みはこの本かな?」


後ろからぬっくりと伸びてきたのは、朱色の鱗に覆われた手だった。

豪奢な薔薇の香りをまとったその手は、目当ての本を優雅に引き抜くと、私の前に差し出した。

ーーそれは、龍人だった。

シュロさんと似たような背格好で、ぱっと見たところ違うのは鱗の色だろう。シュロさんの方がもっと鮮やかな赤で、こちらは柘榴色に近い赤だ。顔立ちも体つきもすごく似ている。

けれど装飾品が全く違った。角には螺鈿細工が施され、丁寧に磨かれた爪を際立たせるように、全ての指に宝石つきの指輪をしている。翼に絡めた金の鎖のところどころには、ダイヤモンドがあしらわれていた。


「ありがとうございます」

「重たいから書見台に置いた方がいいね」


そう言って壁際の書見台に本を置いてくれる。にっこり、と好意的な笑みはこの国であまり受け取ったことがないもので、私はむしろ警戒心を抱いた。


「ここに人間がいるのは珍しいね」

「……連れて来てもらったんです」

「そう。誰に?」

「知り合いです」


簡素な私の受け答えに、龍人は苦笑する。


「そう警戒しないで。私はダナエ。君は?」

「アイノと申します」

「ずいぶん本が好きなようだが」

「それほどでもありません」

「そう? 人間は皆科学院の方へ行くだろう。君は魔術をするのかな」

「いえ、門外漢ですので」

「ふふふ。君、ウサギみたいだ。狼に食われそうになって、必死に体をこわばらせてる」

「……私がウサギなら、今頃走って逃げていますよ」

「それだけの度胸があるようには見えないが。ああ、気を悪くしないでね。女性とはそうあるべきだ。そうだね、私はシュロを知っているーーと言えば、警戒心を解いてくれる?」


シュロさんの知り合いであれば、安心して良いと思う。

けれど、なぜか体がこわばったままだ。

ーーこんなに信用できないのは、ここにシュロさんがいないからだろうか?


元々愛想笑いなんて得意ではないけれど、努めて笑みを浮かべてみる。シュロさんを知っているのならば、せめて無礼な真似は避けたい。

けれどダナエさんは、く、と口の端を歪め、


「……よく躾けられたものだ」

「あの、ダナエさんは、」

「っと、静かに」


ダナエさんは私を手で制すと、右の廊下の方を見た。ごとん、と重たいものを置くような音に続いて、何か鈴が鳴るような音が聞こえる。

ダナエさんの美しい金色の瞳が、かすかに眇められ、


「……禁書の匂いがする」

「え?」

「ふむ。少し付き合いなさい、アイノ」


言うなりダナエさんは私の手を掴むと、無理やり自分の腕に絡ませ、大股に歩きだす。掴む手に加減はなく、爪がぎりりと食い込んだ。


「ちょっ、まっ」

「さあ、腕を組んで、さも自然に通りかかったように」


押し殺した声で囁いた、その声は少しシュロさんに似ていて。

私は半ば引きずられるようにして、廊下の奥へ足を踏み入れた。


――恐らくそこは、閲覧スペースだったのだろう。細い窓を明かり取りにして、壁に向かった書見台で本を読むことを想定されている。


けれど、私が見たものは、静かに本に視線を落とす人の姿、などではなく。

床に打ち捨てた数十冊の本のページを引裂き、赤いインクのようなもので表紙をべたべたに塗ったくっている、猫の獣人の姿だった。


「チッ」


獣人は素早く立ち上がろうとする。

けれどそれより早く、ダナエさんが動いた。


「えっ」


どん、と背中を押される。人の力ならばいざ知らず、龍人の力だ。私は呆気なく体勢を崩し、呆然としている獣人に突っ込んでいってしまった。

肩から突っ込んで獣人ごと床に倒れ込む。派手な音と共に、破れたページを体の下敷きにしてしまった。


――獣人なら、避けるくらいしてほしかった!


と、見当違いの恨み節を唱えつつ、私の体で本をこれ以上損ねないよう、体を動かさずにいると。


ダナエさんの腕が獣人の首根っこを捉える。


「ここで何をしていた。鈴の音が鳴っていたということは、何かを連絡していたな?」

「テメェに教えてやる義理はねーなぁ?」

「禁書をこのように毀損する手口。この赤いインク。貴様……『エルミタージュ』の一員だな」

「だったら何だ? お前に関係あんのかよ?」


捕まえられているというのに、獣人は余裕たっぷりだ。ダナエさんもそれを感じたのだろう、獣人を片手で拘束しながら、床に散らばった本の残骸を見やる。


「禁書……それも、マギを空中から取り出す技術について、か?」

「よく見ろよトカゲ野郎。空中から取り出すのはマギだけじゃねえぜぇ?」

「っ、ダナエさん、上です!」


獣人がにやりと笑った瞬間、ダナエさんの頭上にぽっかりと大きな穴が開く。そこからいかにも重そうな辞典が何十冊も降ってきた!

ダナエさんの意識と視線が上を向いた、瞬間。

獣人は長い尾を鞭のようにしならして、ダナエさんの腕を打って逃れた。

ダナエさんは身を翻して辞書の雨を避けたが、獣人は既に手の届かない場所まで逃げていた。


錆の入った猫の獣人。にんまりと暗がりで笑うと、その目がぎろりと底光りする。


「じゃあな龍人。禁書は俺たち『エルミタージュ』が永遠に頂こう」


獣人は、舞うような足取りで去ってゆくと、あっという間に見えなくなった。

ダナエさんはチッと舌打ちすると、床の上で無残な姿を晒す本のかけらをつまみ上げた。


「あいつら……どんな情報を盗んだ? 何を持ち去った? このありさまでは、なにを盗られたか分かったものではない……!」


私はそうっと立ち上がる。ぶつけた肩をかばいながら、本のかけらを拾おうとした、その瞬間。


「アイノ!?」

「シュロさん!」


血相変えたシュロさんが向こうの廊下からやってくる。その顔がいつになく険しい。


「大丈夫!? 何これ血!?」

「ああ、インクですから大丈夫です」

「……っ、これ、なに」


シュロさんは私の左手首を掴む。そこは誰かに強く掴まれたような跡と、爪が食い込んだ傷が残っていた。

きっとダナエさんに腕を引かれたときのものだろう。


「あの、大したことないですから、っつ、いたた」

「どうしたの!? どこか痛むの」

「転んで、肩を打っただけですから」

「……ダナエ」


シュロさんは低い声でダナエさんの名を呼ぶ。

知り合い、なんだろうか。けれどなんだろう、知り合いというには、あまりにも剣呑な雰囲気で――。


ダナエさんは優雅な仕草で禁書のかけらをつまみ上げると、シュロさんの前で見せつけるように降った。


「ご覧なさい。あなたがご自身の責任を放棄なさるから、こんなことになる。エルミタージュの連中はいよいよ図に乗って、禁書にまで手を出した」

「お前、アイノになにをした」

「なにも? ああ、けれどよく躾けられていますね。さすがトリョフスビャツキ家の元、跡取りだけのことはあらせられる」


どこか粘っこい、嫌味ったらしい口調。

けれどその言葉を信じるならば、シュロさんは、トリョフスビャツキ家の元跡取りだという。

アーメアじゃなくて。トリョフスビャツキ。


――アーメアは、裏切り者の意。


ダナエさんはにっこり笑って、手の中で透明な鈴を転がした。ちりり、と微かに鳴る。


「彼女があのエルミタージュの獣人と転がってくれている間に、貴重な証拠が入手できましたよ」

「転がってくれて、って……アイノを巻き込んだのか」

「そう逆鱗を震わせずともよろしかろう。あなたの花嫁はよくやってくれましたよ。さすがは



――兄さんの選んだ人間だ」



ダナエの体はどちらかというと血の色に近くて、シュロの体は宝石の色に近い感じです。


キャラ一覧とか作ったほうがよいのでしょうかね。感想やレビューなど、頂ければとても嬉しいです!

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