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10. 団長、登場




入国管理局で最も忙しくなるのは、実は早朝だ。

精霊たちが朝を好むから。そして獣人の多くは夜行性であり、早朝に入国してそのまま休むパターンが定着しているから、である。


「アイノー! 手伝ってえ〜!」

「はい!」


早朝シフトで入った私を呼んだのはヴィクトリアさん。

心なしか髪がぼさぼさだ。夜勤シフトだったのかもしれない。


「今ね、あそこで待ってるダマスカス興行団の事前登録書を見てるんだけど……団員の名前と、パスポートが一致しないのよう!」

「事前登録書……ああ、五十名以上の団体が一気に入国する場合に提出する名簿ですね。滞在日数・滞在先も書かれてる」

「そうそれ! で、パスポートの現物がここにあって、でも名前が一致しないものがたくさんあって」

「手伝います。パスポートはこれですね? 私は精霊用パスポートから見ていきますから、ヴィクトリアさんは獣人用のパスポートからお願いします」

「ありがと!」


ヴィクトリアさんが戸惑うのも無理はない。

興行団の人たちはぜんぶで百二十八人。そのうち八十人が精霊だ。

精霊の名前は、人間や獣人に比べて煩雑だ。


例えばみぞれさん。みぞれというのは通称で、ほんとうは「ミンダクリィダンダロイサーニャップホワランテァフ」と発音するのだそうだ。

これは鉱石の精霊の場合。

水の精霊だったりすると「ピチャンポロン……ピッ……ピトンピトン」みたいな、間が入ったりもする。


パスポートの名前は正確だが、リストの名前が不正確ということもある。

しかもこのリストも、癖のある筆記体で書かれていて、ほんとに古文書並みの難しさだ。


「うう……団長さん、めっちゃこっち睨んでるわ……待たせると怒るのよねえあの人」

「気にしないで、確実にいきましょう。間違った人を通すわけにはいきません」

「そ、そうね。……あんた、こういうの慣れてるの?」

「人を待たせて書類を検分するのには慣れてます。元・父の仕事のおかげでね」


言いながら素早く鉛筆でチェックをつける。

こういう照合するような仕事の場合は、私のような言葉がまだ不自由な方が正確にできる気がする。

ネイティブだと、スペルミスがあっても、頭の中で自動修正して読んでしまうからだ。

対して私は、翻訳魔術の効果があるとは言え、アルゲン語にはまだ不慣れ。絵の間違い探しをしているようなもので、自然と発見率も高くなる。


と、一つの名前に行き当たる。

パスポートと事前登録書が一致しない名前。

しかもこれだけじゃない。あと七つ分、合致しない名前がある。


――種族は精霊。それも、木の精霊……。


私は別ブースにいたシュロさんに声をかけた。


「……シュロさん、すみません」

「なあにー?」

「うろ覚えなので、教えて下さい。植物の精霊って確か、寄生する植物によって名前が変わるんでしたっけ」

「そうそう。植物の精霊は家族単位で行動するのだけど、母親が寄生先を決めるんだ。その寄生先の植物が変わると、名前も変わる」

「……ってことは、この名前も」

「見せて」


シュロさんは名前のリストを見て、ほほうと声をあげた。


「すごいや、この一家は色んなところを旅してる。シャクジョウソウ、リンドウ、タラップツリーに、多羅葉」

「寄生する先の植物がどんどん名前に追加されてゆくんですか?」

「そうそう。ほら見て、この人はリンドウ+ダンダリ、だからリンドウの花の部分に寄生してたんだね。こっちはリンドウ+ダンダンダリ、つまり枯れて落ちた花弁に寄生してたんだ」 


薔薇とカメリアの区別はつかないけれど、植物の精霊の名前はすらすら読み解けるらしい。


「一家で同じ植物に寄生すると言っても、葉っぱとか根っことか、寄生する部位は違ってて、そこで名前も違ってくるんですね」

「そーゆーこと。ちなみに、寄生先の植物が枯れてしまった場合は、名前からその植物名が削除される」

「あ、だからか。パスポートを作ったあとに新しい植物に寄生するだけなら、植物の名前が一つ増えるだけだけど」

「うん。植物が枯れたら、名前が一つ消える。事前登録書を見る限りだと、シャクジョウソウが名前から消えてるようだね」

「なるほど! そこ以外はパスポートと一致してます。じゃあ同一人物ですね」

「あとで植物の精霊用の名前変更書を書いてもらって、精霊代表窓口に確認してもらう必要があるから。個人を特定するために、葉っぱも採取しなきゃだね」

「はい! ありがとうございます、シュロさん!」


ならその採取用の瓶もいる。

私はバックヤードに戻って必要なものを取ると、ヴィクトリアさんのブースに戻った。


シュロさんから教えてもらったおかげで、事前登録書とパスポートの照合も無事終わった。

ヴィクトリアさんが、座ってこちらの様子を窺っていた興行団の団長を呼んできた。


「パスポートと事前登録書の照合が終わりました。こちらの植物の精霊の方々はパスポートと名前が一致しませんので、名前変更書と、葉の提出をお願いします」

「遅ェ。遅すぎる。何時間かかってんだテメェ」


団長は、黒豹の獣人だった。左目の上に傷があって、その眼光を更に鋭く見せている。

服装はかっちりとしていて、徹底して威圧的だ。


「す、すみません。数が多かったもので……」

「そのための事前登録書だろうが!」


ごおう、と咆哮する団長。びくっと怯えるヴィクトリア。


――こういうの、好きじゃない。


「お言葉ですが。事前登録書はパスポートと同一のお名前を記載せよ、と決まっています。同一の名を記載しなかったのはそちらです」

「アアン? てめぇはなんだ、人間か? 口出してんじゃねぇぞゴラ」

「植物の精霊の方は、その特性上名前が変わりやすいと、団長であれば把握されていたはずです。事前にお申し出頂き、名前変更書を頂ければ、ここまで時間はかかりませんでした」

「屁理屈こねんなクソガキが!」


再びの咆哮。

――どうしてこの手の人というのは、大きな声を出せば良いと思うのだろうか? 耳が悪いのか? それとも悪いのは頭か?


「屁理屈ではありません。ルールです。その違いも分からないで団長が務まるのですか?」

「うるっせーな。名前のチェックなんかに時間かけてねーで、どんどん通せよ」

「ルールを守らない方に入国許可を与える理由はありません。人数が多いのですから、後ろの人のことも考えて振る舞われたらいかがですか」

「よ……余計なお世話だ、クソ女」


クソガキ、からクソ女に変わった。団長のヒゲが、ぴくぴくと小刻みに動いている。


「次回から、名前の変更可能性がある方にはこちらの書類を記載することをルール付けて下さい。多めに差し上げますから」


ドサドサと名前変更書の束を押し付け、ついでに受け取っていた大量のパスポートもその太い腕に押し込む。

団長の手の隙間からぼろぼろと落ちるパスポート。

私はため息をつくと、ブースを出て団長側へ回った。

自分のドレスのエプロン部分をたわめて、木の実を集める要領でパスポートを集める。


「団員の方々はどちらです」

「あ、あっちだ」

「ではご一緒させて頂きます」


興行団、というだけあって、派手な人々が多い。

初めて見る木の精霊は、私の手のひらくらいの大きさしかなくて、パスポートを重たそうに受け取っていた。受け取った瞬間、どこかへぱっと消えてしまって心底驚いた(そして笑われた)。


「葉っぱの採取ね。了解よ」

「ご協力ありがとうございます。次回から、お名前が変わった際の入国・出国は、気をつけて下さいね」

「そうするわ」


人数分の葉と名前変更書を手に入れ、私はブースへ戻る。この書類の処理の仕方も覚えなくては……などと思っていたら、肩をとんとんと叩かれる。

そこには、苦々しい顔をした団長が立っていた。


「はい? まだなにか」

「お前、人間だよな。ここに住んでんのか」

「ええ。でも不法滞在じゃありませんよ」

「ってこた、誰かの嫁なのかよ」

「奴隷の可能性もありますが」

「奴隷が入国管理局で働けるわけねーだろ」

「それもそうですね」


くそ、と団長が頭をかく。


「やりにくいな……。お前、誰の花嫁なんだ」

「教える義理はありません」


シュロさんに迷惑がかかっても困るし。

そう思っていると、団長がいきなり私の手を掴んだ。柔らかな肉球が、ほわん、と私の手を包む。

意外とこの人、背が高い。シュロさんほどじゃないけど。


「じゃあせめて、名前くらい教えろよ」

「アイノです」

「アイノ……アイノか。良い名だ。髪の色もいい。黒曜石のきらめきがある」

「はあ、つまり、原始的で野卑だということですか」

「ちっげーよ!? なんでそうなる!?」

「黒曜石は原始時代に人間が武器として用いていた石で、鉄よりも脆く、加工しづらいという特性があり、」

「そうじゃねえよ! お前の髪の色、きれーだなっつってんの!」

「いえ、あなたの毛並みには負けます」

「そ、そうか? 俺の毛並み、綺麗か? 気に入ったか?」

「綺麗だとは思います。気に入ってはいません」

「正直者か!」


なんだろう。この人は急いでいるはずだから、こんなところで喋ってる場合じゃないと思うんだけど。


「マジで調子狂うな……。だが、そこがいい。オレの名前はエウゼビオ。お前のことが気に入った。オレたちの興行、見に来い」


そう言って十枚ほどのチケットを私の手の中に押し込んだ。


「今じゃプレミアがついてる代物だ。並んだって買えやしないんだぜ」

「頂けません。入国管理局への賄賂になります」

「お前個人への贈り物だ。惚れた女にゃとにかく貢げ、ってのがオレら豹の掟でね」

「貢げば良いというものでも……。ん? 今何か妙なことを仰いました?」

「仰ったとも。――なあアイノ、オレはお前に惚れた。お前の凛とした態度に惚れた。お前の佇まいに、お前の髪に惚れた」

「は、はあ……」

「絶対来いよ! 特等席でオレたちのショーを見せてやるからな!」


エウゼビオはにっかりと笑うと、ビロードのような質感を持つ尾でさらりと私の体を無で、去っていった。


「惚れたって……。あの人、頭が悪いんじゃなくて、頭がおかしいんだなあ……」


しみじみと呟いて、私はシュロさんのいるブースへ戻った。

入国管理局での一コマ、やっとたどり着きました。

感想やブクマ、お待ちしています〜!

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