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うぃずあうとシュガー

作者: 九里 睦

 

 時刻は午後16時39分。


 場所は「DaiDai」という個人営業の小さなカフェ。

 店内は、名前が橙のくせに、ビターチョコレートのような色合いで統一されている。

 だが、歴史ありげなその色がまたシャレているということで、店の付近の住民にはぼちぼちの人気があった。


 現に、平日の夕方という時間に、主婦の三人組、学生の二人組、リーマン風の一人客が三組と、店の席は四割弱ほど埋まっている。ちなみに定員は二十四人である。


 そしてその中の、学生の二人組である、カズマサとユナは、向かい合ってテーブルに着き、それぞれ深刻な面持ちをしていた。


「………」

「………」


 その二人のまわりには、今まさに別れ話でも始めるのかという雰囲気が漂っている。


「失礼します。お水どうぞ」


 だがそんな中、クルーは臆する様子もなく、タンッ、タンッ、とコップを並べる。


 それに、クルーどころか隣のテーブルの主婦三人組も、時折視線はやるものの、談笑を止めない。

 主婦にとって色恋沙汰はなによりの肴になるはずなのだが、彼女らが向ける目は、エンタメに飢えた猛禽の目ではなく、頑張って歩こうとする子犬に向ける目と似ていた。


 それもそうであった。


 なぜなら、二人が沈んでいるのは……


「私、また『先輩との仲まるで親友みたいだね』なんて言われちゃった……」

「俺なんか『妹の面倒見いいなお前』だった……」

「どうしたら恋人に見られるんだろね……」

「いちゃいちゃが足りないんだろうな……」

「いちゃいちゃってなんなんだろうね……」

「さぁな……」


 この様に、ただ単に恋人同士に見られなくて落ち込んでいるだけなのだと、みんな知っているのである。


 この店に来る客はだいたい常連で、この二人も週に二度ほど、こうやって「DaiDai」に集まっては「作戦会議」をやっていた。

 同じ苗字の、名札をつけて。


 彼らがこの店に通いだした当初は、奥様方やリーマンも、さらにはクルーとマスターまでもが、『禁断の恋!?』とハラハラしながら見守っていたのだが、偶然苗字が同じなだけで、禁断ではないと気づいてからは、今日のように暖かい目で見守るだけにとどめていた。


 と、その時カウンターの中に立つマスターと、ユナの目が合った。


「何かご注文ですか?」


 店主としては、『あなたたちの様子が気になったので見ていました』などとは言えず、このような形で逃げることを選ぶ。


「あ、そうですね。カズマサさん、何を頼む?」

「そうだなぁ……今日は……」


 カズマサは店にいる客が、皆ブラックのコーヒーしか飲んでいないことを知っている。

 みんな揃ってブラックなのだ。よほど美味しいのだろう。

 そんな店でミルクなんて入れてしまえば、みんなに内心笑われてしまうことだろう。

 彼女の前でそんな格好の付かないことはできない。


 カズマサはそう思ってオーダーを決めた。


「『店主自慢のブレンドコーヒー』を……ブラックで」

「じゃあ私もそれで」

「かしこまりました」


 カウンターの奥からオーダーを受けたマスターは、そのまま豆を挽き始める。クルーは今のオーダーを伝票へ転記だ。


「おいユナ、お前ホントにブラックでよかったのか?」

「ダメだった?」

「いや、ダメってことはないけど、なんかこう……別々のものを頼んでシェアするっていう「いちゃいちゃ」の一種があるだろう?」

「別々なんて、や。私はカズマサさんとお揃いがいいの」


 そうユナは言って上目遣いにカズマサを見つめる。


「それとも、お揃いは嫌い?」

「いや、嬉しいけど……」

「じゃあいいよね?」

「まぁいっか。俺もユナも嬉しいなら」


 カズマサはそう言ってふぅと息を吐き、困ったように笑った。

 ユナはふふん、とご満悦である。

 そしてそのすぐ後に、テーブルにコーヒーが並べられた。


「失礼します。ご注文の『店主自慢のブレンドコーヒー』でございます」


 まるで見計らったかのような見事なタイミングであった。いや、クルーが二人の様子を見過ぎていたため、偶然このタイミングになっただけなのだが。


 カズマサは一口啜って顔を顰めそうになるのを我慢する。

 そりゃ苦い。いつもはジュースやスポドリなんかを飲んでいる学生なのだ。

 そもそも、『コーヒーをブラックで飲むのは日本人くらい』と言われるほどコーヒーは苦い飲み物なのである。つまり、大人でも苦い。


 ユナはそれを顔色一つ変えずに一口、また一口と啜っている。


「に、苦くないのか?」

「苦い」

「砂糖とミルク、頼むか?」

「カズマサさんが頼むなら」

「わかったよ」


 カズマサは一瞬、救われたような顔をして、注文を通した。

 そして、ミルクと砂糖が二人分やって来た時、


「ほら、カズマサさんお待ちかねのミルクが来たよ」


 ユナはふふんと自慢気に鼻を鳴らした。


「あー、バレてたか」

「もちろん。私はカズマサさんの彼女だもん。手に取るようにわかりますー」


 二人が手元のコーヒーにミルクをたらすと、ビターチョコの色合いになり、ミルクチョコの色合いになり、そしていかにも甘そうな、クリーム色の飲み物になった。


 カズマサはそれを一口。


「………」

「あ、まだ苦いんでしょ? ほら、砂糖」

「……ありがとう」


 サラサラと流された砂糖。

 マドラーでくるくると混ぜて溶かせば、見た目通りの甘い飲み物になっているはずだ。


 カズマサはさっそく一口……と手を伸ばす。

 だがコーヒーカップにひょいとかわされ、それはユナの口元へ。


「うん、甘い」

「あ、飲んだ」

「毒味してあげたんですぅー」


 ユナがべーっとミルクでほんのりと白くなった舌を出した。


 二人とも、本来初心(うぶ)なカップルなら赤面しがちな間接キスに、このようにあっけらかんとしているのは、間接キスをキスの一種とは全く思わないためである。

 これも学校で兄妹と思われる要因の一つなのだが、本人らは気づいていない。


「それで、どうやって恋人っぽく見えるようにする?」


 ユナが切り出した。ようやく、二人にとっての本題である。


「腕組んで廊下歩いたり、とかは?」

「学年が違って階も違うのに、なんでわざわざってなるでしょ」

「……手繋いで一緒に帰ろう」

「自転車通学でしょ」


 はぁー、とカズマサはテーブルに突っ伏した。たった二つで根詰まりである。

 そして、もうやけっぱちだというふうに、もう一案。


「じゃあ休み時間ごとにハグしよう」

「っと……それはぁ、恥ずかしいかなぁ」


 いざ本格的に恋人らしいことをしようとなれば、ユナは耳の下にある毛先をちょいちょいといじり、くねくねと身体をよじらせるのであった。


「だよなぁー」


 また、言った本人であるカズマサも、身体をよじらせることはしないが、夏野菜のごとく、顔を赤くさせている。


 そして遂に、今回も良案が出ないまま、二人はもはやカフェオレと化した甘々ドリンクを飲み干してしまう。


「まぁいっか。今のままで、とりあえず」

「そだね、とりあえず」


 時刻は午後5時17分。

 二人はすっくと立ち上がり、お会計へ。


「今日は俺が出すから」

「あ、それ彼女の前だからちょっと格好付けたいってやつぅー?」

「わかってるならそれを言うなよ……。しかもたった984円で格好付けるって恥ずかしいじゃないか」

「984円はたったじゃないよ。学生にはね。それに嬉しいの、照れ隠しってやつ、だよ?」

「そうか」


 二人はしっかりと手を繋いで店を出て行った。


「どうもありがとうございました〜。是非、またお越しください」


 カランカランっと音を立てて、店の戸が閉まる。


 その瞬間、すっかりすましきっていた店の雰囲気がガラリと変わる。


「あー、今日もずいぶんと砂糖を放出していましたね〜」


 と、カウンターの奥のマスター。


「青春って感じでしたね!」

「私にもあんな時期があったものよ!」

「高校に戻りたいって思っちゃったわ!」


 テーブルの主婦三人組は、キャッキャウフフと色めき立つ。

 カウンターのリーマン風一人客も、そこまで明らかな変化は見せないまでも、朗らかな雰囲気を醸し出していた。


「さて皆さん、カップが空いているようですが、お代わりはいかがですか?」


 ホールに立つクルーが、あまり大きくない声だが、店のみんなに聞こえる声でそういった。


「「じゃあ、コーヒーを」」

「ブラックで、ですね」

「もちろん。砂糖は十分、頂いたわ」


 うんうんと客が頷く。

 それから店の常連は、空気に残った砂糖をアテに、コーヒーを飲んでゆくのであった。

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