虚数とラブレター~3~
「状況を整理すると、『同じ封筒が』『少なくとも2回出たり入ったりしている』『そして白紙が入っていた』っていうことになります。でも、封筒は可愛くて、宛名は丁寧!いたずらってのはこの時点でなんかおかしいでしょう!そして本来なら鈴本は『どの段階でもラブレターを見ていない』ってのもおかしいです」
刈谷が喋り出す。面白いから聞いておく。
「というかですね!出したり引っ込めたりの時点で気づくべきだったんですよ!これはおかしいと!」
「いや、おかしいってことは満場一致だったと思うけど」
「いやいやいや!俺達は気づいてませんでした!そう!『出してた人と引っ込めてた人が別』という可能性に!」
……つまり?出したり引っ込めたり、っていうのは……『出す』人と『引っ込める』人が居た、ってこと?
「最初にラブレターを『入れた』人をAさんと定義します!で、Aさんは可愛い女の子です!」
なんで。
「Aさんが出したのは間違いなくラブレターなのですよ!うん!Aさんは可愛い女の子!」
そこで刈谷が真顔になった。
「と定義します」
「おい」
「じゃないと鈴本がちょっと……可哀相じゃないですか……ね」
「おい」
いや、分かるけど。なんか、なんとなく、分からないでもないけど。ああくそ、なんか分かる僕自身が嫌。
「で、そのAさんの側にはB君という幼馴染が居ると定義します」
なんでも定義すりゃいいと思うなよ。というか幼馴染っていう発想はどこから出てきた訳?
「B君はAさんが好きです」
どんどん話がぶっ飛んでいってない?
「そしてAさんはB君に相談しました。『私、鈴本君の事が好きなの』と」
……。
ああー……。
「相談されたB君は困りました。何故なら彼はAさんの事が好きだから!そして遂に、Aさんは鈴本にラブレターを出してしまいます!けれど!Aさんと鈴本が結ばれて欲しくないB君は!」
「ラブレターを盗んだ、ってことか?」
「はい!」
つまり、つまりだ。刈谷のよく分かんない妄想を差っ引いても……『ラブレターを出した人とラブレターを引っ込めた人は別人』。鈴本の下駄箱を開けたのは、それぞれ別の誰か。
そう考えるのはそう悪くない、と、思う。妄想はさて置き。
「えー……でもそれさあ、別に盗みっぱなしでいいじゃん。戻さなくっていいじゃーん」
「おやー、針生は女の子の心が分かってないんですね!」
針生が明らかに憮然とした表情になった。そりゃ、刈谷に言われても腹立つだけだし。
「よく考えてくださいよ、出したラブレターを相手がちゃんと読んでくれたかどうか、女の子なら気になるじゃないですか!だからついつい、もう一度下駄箱、覗いちゃうでしょ!」
「私にはわからん……」
「舞戸さんなんて女の子じゃないです!」
いや、お前も女の子じゃねえよ。というかお前こそ女の子じゃねえよ。
「で、もし、Aさんが鈴本の下駄箱をもう一度覗いて、ラブレターが消えていたら……鈴本がラブレターを受け取った、って、思うでしょ!」
まあ、盗まれたなんて思わないだろうね。普通。
「そうしたら鈴本からの返事を延々と待っちゃうじゃないですか!それだけならまだしも、鈴本に直接『返事は?』なんて聞きに行っちゃったら、本当は鈴本がラブレターを受け取っていないことがバレちゃうんですよ!そうしたらB君が怪しまれて、B君はAさんに嫌われてしまうのです!」
つまりB君は、鈴本に対してはラブレターの存在を隠すために空の下駄箱を見せ続ける必要があって、Aさんに対してはラブレターを隠している事実を隠すためにラブレターが入っている下駄箱を見せ続ける必要があった、ってこと。
まあ、一応筋は通るけど。
「話を戻すが。つまり、あー……刈谷の仮定での、B君、とやらは、Aさんがもう一度俺の下駄箱を確認するタイミングを知っていて、そのタイミングで下駄箱に盗んだラブレターを戻しておいた、ということか?」
「そういうことです。タイミングはあんまり難しくないと思いますよ。だって鈴本のクラスの体育の時間と鈴本の下校時間だけ分かっていれば、『鈴本に見つからずにAさんは確認する』タイミングはいくらでも調整できますもん」
……相手はストーカーか何かなの?気持ち悪いんだけど。AさんとやらもB君とやらも。
「んー、もしかしたらさ、AさんとB君は割と仲が良くて、Aさんがいつ下駄箱を確認に行くのか、B君が把握してた可能性もあるよね」
ああ、その方が納得いく。
B君が鈴本のスケジュール把握してるよりは、B君がAさんのスケジュール把握してる方がまだマシな仮説だよね。じゃないと鈴本がストーカー被害に遭ってることになるし。
「え、えええー……ええと、じゃあ、白紙は?なんで最後に見た時はラブレター、白紙が入ってたの?ていうかこれ本当にラブレターだったの?最初から白紙だったんじゃない?」
で、最後の謎は『何故、封筒に入っていたのは白紙だったのか』だけど。
流石にこれは僕にも分かる。というか僕は『女の子じゃない』からここしか分からないんだけど。分かりたくもないし。
「その可能性は無い訳じゃない。でもこの封筒、封は糊付けじゃなくてシールだけだったみたいだから、中身だけすり替える事は十分可能だったと思うけど。……要は保険でしょ」
僕が言うと、刈谷が「おおー」みたいな事を言いながら小さく拍手した。うざい。
「保険?」
……まだ分かってないっぽい鈴本他数名に向けて解説する。
「Aさんに確認させるためにラブレターを鈴本の下駄箱に戻してたのに、もし鈴本がその下駄箱を覗いたら本末転倒でしょ。結局、ラブレターは鈴本の手に渡ることになる。だから、中身を白紙にすり替えておいた。万一、鈴本が受け取ってしまってもAさんの告白が伝わらないように……ってことじゃない?」
B君の立場からすれば、Aさんに『ラブレターを隠したことを隠す』ことより、鈴本に『ラブレターを隠す』ことの方が優先度が高い訳だから。その時に備えて保険掛けとくぐらいはするでしょ。
「んー、俺、中身抜いただけじゃなくてわざわざ白紙入れるあたり、何かあるのかなー、って思ったんだけどなー?」
言いながら鳥海は白紙のルーズリーフを透かして見たりしてるけど。
「それだと封筒がぺったんこですから駄目です。ほら、中身が入ってる時とそうじゃない時とで封筒の見た目、違うじゃないですか。女の子なら気づきますよ!」
薄い紙の、レース模様の封筒は、中身が入って初めて柔らかい形になる。中身であった白紙のルーズリーフを抜き取った後の封筒は薄くて平らだ。確かに、女子なら……っていうか、ラブレターを出した本人になら分かるだろうね。
「……ということで、どうです!この名推理!」
刈谷が胸を張るので、とりあえず拍手しておいた。
実験室内が拍手で満ちたところで、盛大に拍手していた鳥海が手を挙げる。
「ところで俺、1つ、まだ解けてない謎があると思うんだけどなー」
「えっ」
刈谷の反応を見て、鳥海はにやっと笑って、それから鈴本を見た。
「……何だ。何故俺を見る」
「いやー?ただ俺はちょっと、鈴本君にラブレターを出したのはどこの誰なのかなー?って気になっただけなんだなこれが」
……ああ。
うん。まあ、今までの話って、刈谷の仮定だし。AさんもB君も刈谷の頭の中にしか住んでない訳だし。
だから、現実に、鈴本にラブレターを出したのは誰か、って、いう……。
……。
「……言っておくが。俺は誰がこのラブレターを出していたとしても、その、どうこうするつもりは無いからな」
「えっ!?」
「えええっ!」
針生と刈谷の抗議とも恨みとも妬みともいえない何とも言えない何かを向けられつつ、鈴本は滅茶苦茶居心地悪そうな顔をしながら続けた。
「刈谷の仮説が合っているとしたら、B君が居る訳だろう。そこに首を突っ込んで揉めたくない。そしてもしB君など存在しなかったとしても、Aさんのラブレターを盗んだ誰かは居る訳だ。首を突っ込んで揉めたくない。Aさんが1人で手紙を出したり引っ込めたりしていたならそんな奇怪な奴とは付き合いたくない。そして更に、Aさんすら存在しないとしたら、首の突っ込みようがない。……大体、俺はラブレターを受け取った訳じゃない。だから、そもそも首を突っ込むべきではない。以上だ」
まあ、らしいと言えばらしい解答だし、トラブルに巻き込まれない処世術としては満点だと思うけど。
「でもAさんが可愛い女の子だったら?」
「……そういう問題じゃないだろう」
「でも可愛い女の子に面と向かって『好きです』って言われたら?」
「……そういう状況に憧れはするが」
「殴るぞ」
「殴るぞ」
「殴るぞ!」
「理不尽にも程がある!」
……まあ。
なんていうか、腹立たしくはあるよね。なんとなく。こいつ。
+本日の記録+
実験やって準備して駄弁ってた。
鈴本がむかついたので全員でUNOやってドロー2とドロー4重ねて回してやった。
鈴本は最終的にドロー18になった。
*追記*
この日駄弁ってた内容について分かった事があったので追記。
刈谷がAさんB君で仮定してたラブレター騒動、B君じゃなくてBさんだった。
*追記2回目*
刈谷が『百合!百合!』ってうるさいから訂正の意味を込めて追記2回目。
百合じゃなくて女2人が鈴本の知らない所で鈴本取りあってただけ。AさんとBさんっていう2人の女子が居て、2人は友達同士で、でも2人して鈴本に惚れたらしい。
で、AさんのラブレターをBさんが阻止する目的で出したり引っ込めたりしてた、っていう。
で、今回ラブレター(中身白紙だったけど)を鈴本が見つけちゃったから、そこからBさんがラブレターを盗んだことがAさんに発覚して、クラスで大喧嘩してた。修羅場だった。でも結局2人ともいつの間にか仲直りしたんだか、普通に喋るようになってたから女って訳分かんない。
刈谷が何か言いそうだけど、女の子の気持ちとか、分からない方が幸せなんじゃないの、これ。
あ、鈴本はこのまま何も知らないふりして過ごせばいいと思うよ。
結局ラブレターなんて存在しなかったってことで。
*追記3回目*
僕が諸々説明してやった刈谷「つまり愛なんて無かったってことですね!」
そこで入ってきた鈴本「虚数がどうした?」
って会話が笑えたからメモっとく。