虚数とラブレター~2~
「……それで、どうして俺が尋問されているんだ」
「モテるのが悪い!」
「イケメン税の徴収!」
「慈悲は無い!」
やがて部活にやってきた鈴本は、鳥海と針生と刈谷に囲まれていた。笑える。
「で、ラブレターは誰からだったんだ!」
「なんて書いてあったんだ!」
「死ね!」
ひっでえ。笑える。
3人に囲まれた鈴本はなんか疲れた顔しながら、『お手上げ』みたいに両手を掲げた。
「無かった」
「……え?」
「無かった?え?うそーん」
「えええっ……ま、またですか?」
鈴本は大げさにため息を吐いて、改めて言った。
「確認してきたが、ラブレターなんて存在していなかった」
「えーと、一応確認すっかー。まず、最初にラブレター見つけたのが俺。見つけたのは一昨日の体育の授業の時。3限ね。靴借りようと思って開けたら可愛い封筒があった!」
「で、次に見つけたのが俺ですよっと。見つけたのは昨日。昼休みに覗いてみたら可愛い封筒があったんだなーこれが」
「何故お前は俺の下駄箱を覗いたんだ……」
「いや、針生からラブレターの話は聞いてたし。あるかなー、って。そしたらあった。ちなみに俺の下駄箱にはありませんでした!」
元気に報告されても困るんだけど、それ。
「……で、そのラブレターとやらだが。俺が昨日下校する時に下駄箱を開けたが、特に何も無かったという訳だ」
鈴本は何かに憑りつかれてんの?これ。ラブレターの幽霊とか?
「なんでだろうねー。出したり引っ込めたりしてるってことだよね?」
「こう、すごく恥ずかしがり屋の女の子なんですよ、きっと。そう考えるとなんか可愛いじゃないですか!」
刈谷がフワッフワした事言ってるけどさ。連日連日、ラブレター出したりひっこめたりする女子とか、可愛いとかじゃなくて、なんかホラーチックなんだけど。怖えよ。
「何か事情があると考えた方がいい、よな?これは。お前達が俺を騙している訳ではない、という前提でいくなら、だが」
「神に誓って!」
「日疋先生に誓って!」
神はともかく、あんなフラフラしてる先生に誓われても困る。
……けど、まあ、針生も鳥海も、嘘は吐いてないと思うんだよね。2人とも、そういう嘘を吐くタイプじゃない、っていうか……鈴本が、存在しないラブレターを存在するみたいに嘘吐かれたり、わざわざ嘘のラブレターを仕込まれたり、っていう……そういう嘘を吐かれたら割と心底キレるだろうな、っていうの、分かってるし。
単純に自分がからかわれるの嫌いな奴だし、それ以上に、こう……なんか、人の気持ちに不誠実な事するっていうのが好きじゃない奴だ。良くも悪くも真面目ってのは付き合い始めて半年もすればもう分かることだし。
「……しかし、2日連続で、か。しかも、俺の目に触れていないってのはどういうことだ」
「それなー……なんでだろーね」
「やっぱり恥ずかしがって鈴本の目に触れる前に隠してるんですよきっと!」
その割には奇跡的に針生と鳥海に目撃されてるけどね。
……でも、針生にしろ鳥海にしろ、目撃したのは偶然みたいなもんだった。
ってことは、ラブレターを出したりひっこめたりしてる誰かは、本当なら『そもそも誰にもラブレターの存在に気付かれていない』はずなんだけど。
「ラブレターを出したり引っ込めたりする理由って何かあるかなー……俺、マジで刈谷が言う『恥ずかしがり屋さんなんですよ』パターンしか思いつかない!悔しいことに!」
針生がギャーギャー言ってるけど、正直これ、僕も思いつかない。
というか、それが一番自然じゃん。それ以上何か考えようがないし、考える必要も無いし。
だって鈴本自身は一度もラブレター見てないんでしょ?じゃあ知らないふりしててもいい訳じゃん。わざわざ部外者が騒ぎ立ててギャーギャー言う必要は無いと思うんだけど。
「……或いは逆に、もしかしてさー……んー、『鈴本本人ではない誰かに発見されるのが目的』って可能性、無い?」
……鳥海がこういうこと言うから。
一応、検証しなきゃなんないよね。
でも、ああ、くそ。なんで他人のラブレターについてあれこれ考えなきゃなんない訳?
ってことで、考え始めたんだけどね。
「えー?『鈴本本人じゃない誰かに発見されるのが目的』ってかなり無理あるじゃーん!だって下駄箱、フタ付いてるし!」
真っ先にこれ。
針生の言う通り。僕らの学校の下駄箱って、スチールのドア付きの奴なんだよね。
覗き窓とかがある訳でもなく、普通に番号札が付いてて、通気口がちょっとあるだけ。種も仕掛けも無い、本当にただの普通の下駄箱。
だから、『誰かが偶然、下駄箱の中を見る』ってことがまずあり得ない。
「通気口からは、覗けない……ですよねえ、うーん」
「胃カメラとか使えばいける!でも私だったらやらん!」
通気口から中を覗くことはまず不可能。誰だよ、学校に胃カメラ持ってくる奴とか。居ないでしょ、そんなの。舞戸は馬鹿なの?いや、馬鹿か。疑う余地も無い。馬鹿。
「んー、まあ、普通に考えれば、下駄箱の中にラブレターが在るのを発見するには下駄箱開けるしかないよね?ん?」
だろうね。
「あ、じゃあ、ラブレターを入れた誰かは、『誰かが鈴本の下駄箱を開けることを期待してた』んですかね?」
「あははー、ないない!普通、他人の下駄箱開けないって!」
「だよな。そうだよな。おかしいよな、なんで針生、お前、俺の下駄箱開けたんだ……」
「あ、あはは……靴が無かったから……」
つまり針生は『普通』じゃないって事だ。自分で言ってれば世話無いよね、ほんとに。
「んー……むしろそれを狙ってたってのはどう?つまり、針生が鈴本の靴を借りに行くって見越してからのー、っていう」
「いや、無理だな。針生が靴を忘れた事を知っていた誰かが居たとしても、まさか針生が俺の靴を借りに行くとは思えないだろう。足のサイズが違いすぎる」
「うん、俺も正直反省してる。足のサイズ違いすぎた……」
「……というか本当になんで真っ先に俺の借りようとしたんだ」
「ぜんっぜんサイズの事とか頭に無かった!俺、心の身長2mだから!」
ああそう。物理的な身長は10cm以上違うんだけどね。
……けど、まあ、普通に考えれば『針生が鈴本の下駄箱を開けると予想することは不可能』だ。
「えーと、じゃあ同じ理由で『俺こと鳥海が鈴本の下駄箱を開けると予想することも不可能』ってことでいい?ん?」
「まあ、そうなるよな」
で、鳥海の方も予想できたわけが無い。
鳥海は本当に気まぐれに鈴本の下駄箱開けたみたいだし。誰が、気まぐれで他人の下駄箱開けるなんて予想する?少なくとも僕はしない。
「……ってなると、本当にラブレターの出し主は、『本来なら誰にもラブレターを見られていない』って事になるのかー?」
まあそうなるよね。
っていうか、ラブレターを下駄箱に入れる目的ってそれなんじゃないの。
下駄箱の持ち主にしか見られたくないから下駄箱に入れるんでもないの?いや、分かんないけど。女子が考える事なんてまるで分かんないけど。
「……なあ、舞戸」
「どうしたね鈴本君や」
「一応。一応、お前にX染色体が2本あるという前提で聞くぞ?」
「お、おう」
「お前だったら、どういう理由でラブレターを出したり引っ込めたりする?」
……舞戸がすっげえ顔してる。正直、僕もそういう顔したいぐらい。
鈴本、相当精神にきてるんじゃないの、これ。いくら生物学的に雌だからってさ。いくら制服がスカートだからって。舞戸に聞くって。つまりそれ、宇宙人に聞いてるようなもんだと思うんだけど。その判断ができないレベルで鈴本、参ってんの?ある意味すごいけど。
「ええー……私に聞くかあ、それ……うーん」
でも舞戸も割と真剣に考え始めた。まあ、こいつ、考えるのを厭う奴じゃないから。内容がどうであれ。
「うーん……私だったら、好きな人にラブレター出して、引っ込める……よっぽど引っ込めなきゃいけない事情があったとかかなあ、カレンダー見て仏滅だって気づいたとか……あ、いや、それだったら昨日引っ込める理由が無いか。仏滅の次の日は大安だ」
真剣に考えてこれかよ。これだから。これだから舞戸は。
「いやー、でも、私だったら出したり引っ込めたり、そもそもしない、と……思う。うん。だって、好きな人に出すんでしょう?ラブレターって。だったら、そんな生半可な気持ちで出さないよ。私だったら、引っ込めたくなったとしても、引っ込めない」
……ああ、そう。
割と真剣に考えたらしい舞戸、そういう割と実の無い結論を出して、机に張り付いた。
「だから、私がもし、自分の意思でラブレター出したり引っ込めたりするんだったらさ、それ、相手をピンポイントにからかいたい時だけだよ。うん」
「いや、だからからかえねえっての。お前馬鹿なの?鈴本はラブレター、一回も見てないんだけど。存在を知らない物でどうやってからかうの?」
「あ、そっか。つまりからかい目的ですらないのか、これ……うわー分からん!」
……結局碌に何も分かんなかったね。あーあ。
これ以上結論は何も出ないか、ってことで、解散しかけた、そんな時。
バン、って、割と迷惑な音量でドアが開いた。
そこに居たのは、息を切らした角三君。
「鈴本!」
「ど、どうした角三君」
「急いで!あった!」
「え」
言葉足らずな説明ながら、僕らにも『あった』のが何か、想像が付いた。
「ラブレター!」
さて。
結論から言うと、あった。
ラブレター。
鈴本の下駄箱の中に、入ってるのを、ようやく鈴本自身が見つけられたって訳。
角三君、なんとなく気になって鈴本の下駄箱覗いたって言ってたから、お手柄だよね。意味わかんないけど。なんでこいつら、揃いも揃って他人の下駄箱の監視してんの?意味わかんないんだけど。ほんとに意味わかんないんだけど。
……で、まあ、鈴本が実験室の隅で封筒を開けて、僕らはそれを遠巻きに見てたわけなんだけど。
「……はあ?」
素っ頓狂な鈴本の声に、なんか、嫌な予感がした。
「ちょ、誰からだったん?ん?」
「見たい見たい」
「せめて何が書いてあったかだけでもー!」
鳥海と針生と刈谷が鈴本に寄っていく。どうせ駄目元だろうけど。
……どうせ、駄目元、だったはず、なんだけど。
「……見るか?」
鈴本は、そう言ってレース模様の封筒をひらひらさせた。
当然のように周りに居た3人は封筒を受け取って、中を開き始める。
……へえ。いいんだ。鈴本、貰ったラブレター人に見せるとか、絶対やらない奴だと思ってたんだけど。
なんか変だ、って思ってたら、僕よりもまずラブレター見てた3人が変な顔になった。
「……これ?」
「ああ、これだ」
「ええー……これ?」
「俺は中身に関して何も操作はしていない」
「えええー……ほ、本当にですか?」
「正直俺も困ってる」
あんまりにも鈴本達の反応が反応なんで、僕も遠慮せずに見せてもらうことにした。
「……何これ」
「俺が聞きたい。これは……どうしろっていうんだ?」
如何にも女子っぽいレース模様の封筒。薄くて軽くて繊細な模様のそれの表に『鈴本君へ』とは書いてあるけど、出した人の名前はどこにも書いてない。
で、その中に入っていたのは……。
折りたたまれた白紙のルーズリーフだった。
ルーズリーフが白紙なら、ってことで、散々色々やった。
炙り出しを疑って炙ったし、冷蔵庫にも入れたし、何ならヨウ素で指紋検出までやった。指紋っぽいのは取れたけど文字とかは一切無し。
徒労にも程があるんだけど。何これ。
「消えて、消えて、見つけたと思ったら白紙。正真正銘の白紙だ。何なんだ。一体何なんだ」
いよいよ鈴本が駄目になってる。
「……どんまい……」
角三君も何故か一緒にしょげてる。
「ええー……これ、これはちょっと、予想外……ええー……」
針生ですら反応に困ってる。針生ですらこれなんだから、僕とかもう、リアクションらしいリアクションもとれてない。
「……えーと、とりあえず、ラブレターはからかい目的って事でOK?」
散々、出たり引っ込んだりして、これ。
肩透かしもいいところだし、真面目に考えてた僕らが馬鹿みたいなんだけど。やってらんない。
「……一応、確認してもいいですかね」
そんな折、刈谷がおずおず、手を挙げた。
「ええと、針生が見たのって、この封筒でした?」
「うん。これ。レース模様の。清楚系で綺麗だなー、可愛いなー、って思ったもん。覚えてる覚えてる」
「鳥海が見たのも」
「あー、俺が見たのもこれで間違いないっすわー」
刈谷は微妙な顔で頷いて、封筒にルーズリーフを戻した。
ルーズリーフの分、封筒が膨らんで柔らかな形になる。刈谷はそれを、そっと机の上に戻した。
「もしからかい目的だったら、そもそも出したり引っ込めたり、しないんじゃないでしょうかね」
そして刈谷は、ぽつぽつ言い始めた。
「それに、もし鈴本がラブレターでてんやわんやしてるところを見てからかいたかったんだったら、中身はルーズリーフじゃなくて『好きです!放課後体育館裏に来てください!』みたいなの書くと思うんですよ。それも、ルーズリーフの白紙とかじゃなくて、封筒とセットになってる便箋とかに。で、体育館裏で待ってて、来た鈴本みてからかう、みたいな……あ、すみません」
鈴本がものすごく嫌そうな顔してる。まあ、そういう顔しても許されるんじゃない。想像しただけで結構胸糞悪いし。
「……だから、このラブレターが下駄箱に現れたり消えたりしてたのも、すごく綺麗な封筒に凄く丁寧に宛名が書いてあって、なのに中身がそっけないルーズリーフの白紙なのも、理由があると思うんですよ」
刈谷はラブレターじゃないラブレターを見つめて、それから、ふと、舞戸を見た。……見る奴間違ってない?大丈夫?
「舞戸さん」
「うい」
「さっき、言ってましたよね。あの、ラブレター出したり引っ込めたり、について」
「うん、まあ、言ったけど」
「あれ聞いて俺、思ったんですよ。このラブレター……」
刈谷は机の上に置いた封筒をもう一度取り上げた。
封筒の口の封に使われていたらしいシールが剥がれて机に落ちる。それも拾い上げて、刈谷はやたらめったら力強く頷いた。
「これはからかいなんかじゃなくて!確かに!ラブレターだったんですよ!」
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