虚数とラブレター~1~
12月5日
天候 :曇
記録者:羽ヶ崎
痴漢騒動も無事に収束して、先生も部活に戻ってきた(とは言っても普通にあの人フラフラ消えるから居ても居なくても結局居なくなる)ところで、僕らの実験が再開したんだけど。
唐突に、針生が言った。
「俺、女子が部活辞めてからちょっと考えたんだけどさー……」
撹拌用のガラス棒を指揮棒みたいにふらふら振りながら、針生はそこで一旦言葉を止めて、それから再開した。
「多分俺、このまんま女子に縁が無い生活送るんだろうなって予感がしてる」
……あ、そ。
針生の進路希望は当然のように理系。それも、男女比率が圧倒的に男の方に傾いてる分野を希望してたはずだし、まあ、僕らだから。あながちその予感は間違ってないんだろうな、って思えるあたり、僕もここに毒されてきてる気がする。
「でも俺以外も似たり寄ったりだよねどうせ。多分女子に縁がある生活送れる奴居ないよ。鈴本以外で」
「おい」
「鳥海はいける気がするけど。あと角三君もなんとかなる気がする。僕は無理」
「あー、分かる。あと加鳥は……うーん、駄目だ、なんか不幸な想像しかできないや。あははは。刈谷は女の子に縁がある生活するよりはあいつ自身が女の子になる方が可能性が高いでしょー……」
「それもどうかと思うけど」
刈谷は……なんか、ネカマとかそういう方面、やりそうなかんじはする。
「あとは……社長は……」
「……社長……は……」
……社長が女子と何か、って、全く想像できない。犯罪方向以外で。……なんか、若い女捕まえて人体実験する狂化学者、みたいなB級映画っぽい1シーンを想像した。
針生と2人、顔を見合わせてなんとなく乾いた笑い声を上げる。この話はこれ以上話さないに限る。お互いに傷を負うだけだし。
……いや、女に興味が有る無し以前の段階で。僕は別にどうでもいいんだけど、こう……お互いの人間性の話とかになると、本当に割と深刻な傷を負いかねないし。
「……ところで羽ヶ崎君、針生。さっきから俺だけ蚊帳の外なんだが」
僕らが停戦協定を結んだところで、鈴本が割って入ってきた。まあそりゃあね……。
鈴本、話してみるとべっつに、ただの人なんだけどね。時々すっごい抜けてるところあって笑える事もあるぐらいだし。でも遠くから見てる分には確かにそこそこの見た目してるし、そつが無いように見えるし。なんか、鈴本見てなんかそういうかんじになる女子も多いっぽいのは知ってる。
「鈴本は蚊帳の外でいいよ!」
針生がこういう態度なのもまあ分かる。
「ラブレターもらう奴とかさー!もう蚊帳の外でいいよ!」
……。
「……は?」
鈴本が固まった。
「は?」
僕も固まった。
え、ラブレター?
……そんなもん、実在すんの?
「……ちょ……っと、待て。待て、待てよおい、針生、何だ。ラブレター……?って、何だ」
「え、恋文」
「違うそうじゃない俺は辞書を引きたかった訳じゃないんだ!」
だろうね。
いつも割と冷静でいる方な鈴本があり得ないぐらいにテンパってるから正直滅茶苦茶に面白いんだけど、事情も気になる。鈴本じゃないけど、何、ラブレターって。
「あー、えーとね。悪いなー、とは思ったんだけどさ、3限の体育でグラウンドシューズ必要でさ。俺、持って帰ったっきりだったから、鈴本の借りようと思って」
「サイズ合わないだろ。針生、足いくつだっけ。多分3センチぐらい違うよな、靴。いや、もっとか?」
いや、気にするところ、そこじゃないんじゃない?
「あ、うん。お察しの通り、鈴本のでかすぎて駄目だったから結局角三君の借りた。あははは」
「下手すると舞戸の奴が一番ぴったりだったりしてな」
「えー、いやー、それは流石に……舞戸さん、靴のサイズ幾つだっけ」
「23だっつってた気がする」
「あー、流石にそれじゃ多分きついわ。でも入らなくもないかもなー。あはは」
……いや。
いやいやいや、そこで話終わらせるなよ。そこじゃないでしょ、話の本筋。
「……で、ラブレター、とは?」
「あ、忘れるとこだった」
勘弁してよ。
「えーとね、それで鈴本の下駄箱開けたら、なんか可愛い封筒が下駄箱に入ってた。以上」
……回り道の距離に割に全然中身が無い。さっすが。
「可愛い封筒……?俺の下駄箱に、か?」
「うん」
「下駄箱、間違えたんじゃないか?」
「なら今確認して来いよー。ほらほら」
針生が促すと、鈴本は首を傾げながら席を立って、実験室を出ていった。
数分で鈴本は戻ってきた。
そして、開口一番。
「……騙したな?」
妙に暗い笑顔を浮かべながら鈴本が針生に詰め寄る。
「最初からおかしいとは思ったんだ。このご時世にラブレターなどという古典的なものをさらに下駄箱に入れるなどという最早古代の遺物と言ってもいい文化の片鱗が現代に現れたという時点でおかしかったな。明らかにおかしかったな!しかも俺達とは縁遠いどこかの誰かの元にならまだしも俺にという時点で俺はお前にダウトと言うべきだった!」
「え?ええええ!?ちょ、ちょっとまって!どういうこと!?無かったの!?えええええ!?」
「無かった。下駄箱の中に封筒があるということは特に無かった。あったのは靴だけだな」
「えええええええええええ!?」
針生は静かに怒ってる鈴本に対して……素で驚いてるみたいなんだけど。あれ。
「ええええええええええ!?なんで!?なんで!?無くなっちゃったの!?」
「……俺に聞かれても困るが」
単純に騙してからかった、って割には、針生自身が滅茶苦茶驚いてる。
……これ多分、針生は本当にラブレター、見たんだろうね。それが真実か、本人の勘違いかは置いておいて。
さて、これ、どうしようか。
「えー……本当に無かったの?」
「無かった。正真正銘、だ。何なら見てきていいぞ」
「えー……」
針生も一応、確認しに行った。で、戻ってきた。
「無かった……無くなってた……ええー、なんでえー……?」
「知らん」
「結構これ、ゆゆしき事態じゃん!えええー!?ラブレター無くなったってさ、ヤバいじゃん!」
ヤバいの?
鈴本を見てみると、やっぱり僕同様に『ヤバいのか?』みたいな顔してた。
「いや、だってさ、だってさ、もし事故でラブレター無くなっちゃったんだったら、出した子が可哀相じゃん!それにその子からしたら鈴本がラブレター無視してることになるんだし!」
あー……可哀相云々はさて置いても、後者の方は面倒くさいかもね。特に何もしていない鈴本に悪評が立つってのは友人として僕も嫌だし。
「とは言っても、どうしようもないだろ、これ。……というかもし、万が一に本当にラブレターを俺に出した誰かが居たとして……消えている、ということは、本人が出すのをやめようと回収した、っていうことなんじゃないのか?針生みたいなイレギュラーが開けない限り、下駄箱というものは本来、使う本人とそこに明確な用事がある誰かしか開けないんだ。第三者が捨てた、って事は無いだろう」
でもまあ、言われてみればそうか。
もし本当にあったラブレターが消えてるんだとしたら、本人が回収していった以外に考えらんないよね、普通。
「また同じような事があれば流石に考えるが……とりあえず、これ以上考えるべきことも無いだろ」
というか、考えられることが無いよね。
針生はまだ何かモヤモヤしてるみたいだったけど、鈴本が「これにて閉廷」ってやったのでこれ以上は特に何も突っ込まないことにしたらしい。
で、まあ、そんなことは忘れて、僕らは普通に部活やって帰って、次の活動日。
「ちょっと確認だけどさ?」
実験用に金属板をハサミで切ってたら、鳥海がやってくるなり言い出した。
「まあこの中で一番彼女出来なさそうなのは多分刈谷として」
「そんな、ひどい……」
「ちょっと待ってくれぃ!私が居るぞ!私が多分一番彼女できないぞ!例え刈谷の可能性が0.1%だったとしても0よりは大きいぞ!」
「そんな、ひどい……」
「その他だって一部除いたらどうせどんぐりの背比べでしょ」
「んー、まあ、舞戸さんはちょっと事情が違うし……確かにドングリ身長コンペディションってのは置いとくとして、一番望みがありそうなのは鈴本だっていうのは多分皆さん共通のご意見ってことでいいよね?」
なんかこの話、デジャヴなんだけど……。
……で、鳥海のにやけ顔が、なんか、既に物語ってるんだけど。
「もしかして鈴本の下駄箱にラブレターでも入ってた?」
念のため、聞いてみたら。
「おっ?羽ヶ崎君はエスパーかな?」
これだよ。
……あのさあ。
鈴本、なんなの?