月夜ばかりでない夜道~3~
少し考えて、俺は答えを出した。
「つまり最初から犯人なんて居ない。そういうことか」
俺が言うと、羽ヶ崎君はさも当然、とばかりに頷いた。
「そ。普通に考えて、見回りがあっても痴漢が起きるとかありえないし、こんなに痴漢が連続することがそもそもありえない。だったらそもそも、こんな事件、存在してないってのが一番納得いく回答でしょ」
「え……え?無かった?事件、無かった?」
「角三君が片言のインディアンみたいになってるぞ羽ヶ崎君。解説を頼むぞ羽ヶ崎君」
「はあ?解説するほどのもんでもないでしょ。『狂言痴漢』とでも言えばいいの?」
まあそうだよな。解説するほどのものでもない、というか、解説のしようが無い。
『狂言痴漢』。
そもそも、痴漢なんて起きていなかった。
全ては、『被害者である女子生徒達の嘘』。
それが答えだ。
「もしかしたら最初の1件ぐらいは本当に被害があったのかもしれないけどね。少なくとも、6件、ってのは絶対に無い。……というか、なんで『私で6人目』なんて、被害者だからってさあ、公表されてない情報を生徒が正確に知ってる訳?」
言われてみれば確かにそうだ。
俺達は被害者側だから情報を知ってるんだろ、ぐらいに思っていたが……『普通なら』、『痴漢被害に遭うのは1人ずつ』で、『全員が何の関係も無いはず』だ。
偶々、6人が6人、全員そこそこ仲の良い女子が狙われて、内部で情報がやり取りされた?いや、それよりも……。
「……全員グルだから?」
「それ以外に考えられる?ま、例え全員がグルじゃなかったとしても6人も立て続けに痴漢被害とかありえないでしょ」
しかも連日連日、ともなれば、流石にな。
もしかしたら今日の臨時の職員会議の議題でも、この疑いは議題に上っているのかもしれない。
だが、羽ヶ崎君がさっき言ったとおりだ。
『先生には解決できないし解決しちゃいけない』。
生徒が被害に遭ったと主張する以上、先生たちはその主張を根拠なく疑う事は許されない。教員、というものはそういうものだ。良くも悪くも。
だから、先生には解決できないし、解決しちゃいけない、と。
「……理屈は分かった。分かったぞ。けどさあ羽ヶ崎君よ」
「何」
だが舞戸が納得のいかないような顔をしながら言う。
「これ、動機は?」
……唯一。
唯一、この安楽椅子探偵に限界があるとしたら、そこだ。
『動機が分からない』。
だが、羽ヶ崎君は特に顔色を変えるでもなく、しれっ、と言った。
「今何が起きてるか見れば分かるでしょ」
「今?」
今、起きていること。
それは……臨時の職員会議、か?
「先生たちを動員したかった、ってこと?」
「そうなんじゃないの。或いは……ま、どうせ、今週はもう化学部、無いから。明日まで待ってもいいんじゃない。連絡があるとしたら明日の朝一だし、明日の朝一で先生に報告すれば次の部活には間に合うでしょ。犯人の自供が必要なんだったら、まあ、被害者名乗ってる女子が2人ぐらいは割れてる訳だし、そいつらに自供させればいいし」
羽ヶ崎君はそう言って、ちら、と俺を見た。
……考える。
今日の職員会議で何かが決定して、明日の朝一で俺達に連絡される可能性があること。
『明日は部活が無いから明日まで待ってもいい』と羽ヶ崎君が言っている以上、部活動関連の報告、ということだろう。
それは一体、何か。
「……下校時刻の繰り上げ、か?」
俺が答えると、羽ヶ崎君は頷いた。
「まあ、そうだろうね。部活が面倒になったとかそういう理由でさっさと帰るために狂言痴漢やってまで下校時刻早めようとした馬鹿が大量に居たってことでしょ」
……結局。
羽ヶ崎君の予想は概ね当たっていたことが後に分かるが、1つだけ、外れた事がある。
それは。
「だったらすぐに行動あるのみ、だよ羽ヶ崎君」
「解決は早い方がいい……と思う……」
案外、部員たちがせっかちだった、ということである。
「いやだってさあ、このまま居ても我々、どのみち今、部活でできること、碌にないじゃない」
「いやそうだけど」
「しかもこのままだとさ、日疋先生がまた見回りに駆り出されるかもしれない」
「まあそうだけど」
「日疋先生に限らず、あらゆる先生たちを無駄に労働させることになるのは流石に申し訳ないとは思わないかね羽ヶ崎君」
「……いや、まあ、そうだけど……」
珍しく羽ヶ崎君が口ごもる。
まあ、舞戸の言う事はご尤もなのだが。
「ということでとりあえず吹奏楽部が今パート練習してるみたいな音してるし、そこから行こうか。矢面には鈴本立てておけば大丈夫」
「おい」
「あとは適当に鳥海見つけて拾おう。コミュ力が欲しい」
「おい聞いているのか、おい」
「もし居たら針生も拾ってこよう。どこかな。コンピュータ室かな」
「うん。さっき居た」
「ナイスだ角三君」
「ちょっと待て!俺を矢面に立たせるってどういうことだ!おい!」
俺に構わず何故か俺を矢面に立たせようとしている舞戸と角三君に尋ねると、2人は顔を見合わせて、それぞれ答えた。
「どうせイケメンは何をしても許される」
「鈴本、器用だから……なんとかなるんじゃ……」
ああ、そうかよ。
俺は羽ヶ崎君を見た。そして目を逸らされる前に言った。
「助けてくれ」
そうして結局。
「……あのさあ、折角だから社長にやらせない?狂人が今更何やったって狂人の範疇でしょ」
「それもそうだ」
「それだ」
別の誰かが人身御供にされることに変わりはないのだが、社長ならどうせ喜んでやってくれるだろうから問題ない。
こうして俺は俺自身の安寧を保つことに成功したのであった。
少しばかり罪悪感が無いでもないが、恐らくはこの後の社長のターンを見ることでこんな罪悪感は消し飛ぶと予想される。
コンピュータ室に居た社長に事情を説明して「仕方ありませんね、教員の労働時間削減の為、並びに俺達に還元される授業内容や部活動の指導の充実の為です」と快諾を貰い、ついでにコンピュータ室に居た鳥海他数名、化学部員が野次馬根性を発揮して付いてきた。
そして俺達が物陰から見守る中、社長と、通訳(という体で間に入る、いわば緩衝材)の鳥海と舞戸、そして被害者を名乗る吹奏楽部の女子とそのごく親しい友人1名。計5名の尋問というか会談というか闇取引が行われたのであった。
……闇取引の詳細は控えよう。
ただ、社長が淡々と女子を論破していき、出てきたボロを拾い、論破し、逆ギレされたら「どうどう」とばかりにいなし、論破して、ある約束を取り付けた、というだけなので。
なんというか、何故女子に友人だの通訳だのを付けたのかが分かった。要は、社長があまりにもどストレートに尋問していくので、女子の逃げ処を作るためだったわけだ。1人じゃさぞ心細かっただろうしな。……2人でも大して変わらなかったかもしれないが。
「これでいいですね」
「ああ。お疲れさん」
「いえ。いい経験になりました」
ということで闇取引を終えた俺達は、化学実験室に戻って来た。
「えーと、確認するけど。取引の内容は、『今回の顛末を他の犯人達を含む他の生徒の誰にも言わない代わりに先生達には俺達から言う。俺達から先生達に情状酌量を求める。先生から事件について確認されたら正直に答えること』、だよね?」
「そういうことにしました」
今回の事件を解決するには、『生徒側から』事件の顛末が語られる必要があり、かつ、『虚偽の申告ではないことの証明』が必要だ。
つまり、どこかでは結局、犯人達が自供しないといけないことになる。そしてその時に犯人が揃いも揃って否認したならば、明確な解決は不可能。事件は迷宮入り、ということになる訳だ。
ということで犯人に自供させる必要がある訳だが、本人達に直接言いに行け、というのはハードルが高い。
よって今回のように、俺達が先生達に報告して、その確認だけ犯人達にとってもらう、という形をとることにしたのだ。
犯人達は部活動が面倒になってこの狂言痴漢に及んだのだ。他の部員に知られれば何かと都合が悪いだろう。俺達としてはそこを盾にとっての脅しもとい取引、と相成った訳だ。
無論、矢面に立った社長が方々から若干の恨みを買う訳だが、社長曰く「こちらを恨んだとしても特に何ができる訳でもないでしょうね。俺が女子ならまだしも、何の関係も無い男ですから。コミュニティからの村八分をやろうにも、そもそもその村に俺が居ません。よって無害です。お気になさらず」とのことである。強い。
「で、先生への報告は誰がやる?」
さて、そんな訳で、若干の後味の悪さを全て社長に粉砕された俺達であるが、この後、これまた微妙にやりにくい作業が残っている訳だ。
先生への報告をしない訳にはいかない。
が、報告するとなると、何かと面倒なんだよな。間違いなく。諸々の説明はもちろんだが、その後に付いて回るであろう確認作業、そして一応犯人達との取引材料にした『情状酌量』の願い出も面倒極まりない。
「とりあえず、1人は俺が適任ですか」
が、ここでも鋼の精神を持つ社長が出てきてくれたので、とりあえず人身御供1人目は決まったわけだ。ありがたい。
「ま、1人は社長でいいだろう。あともう1人、いや、2人ぐらい、要るか」
「あ、じゃあ私も行くよ。事件解決をせっついたの私だし」
続いて舞戸が若干申し訳なさそうな顔で手を挙げた。よし、人身御供2人目だ。
となると、あと1人くらい、だが。
……しかしここで全員の視線が俺に向く。
「……待て。なんで俺を見る」
「ん?適任かなあって思ったんだけど、駄目なん?」
「うん……鈴本でいい、と思う」
一応、ちら、と羽ヶ崎君を見た。が、半笑いで「おめでとう鈴本」と拍手されるばかりなのであった。
……くそ、やっぱり貧乏くじは俺か!
+本日の記録+
狂言痴漢を告発した。
女子達には若干申し訳ない気もするが、自業自得だ。諦めて欲しい。
尚、先生への報告にあたった俺と社長と舞戸は今後も事情説明等の為に部活を抜けることが有り得るのでよろしく。
*追記*
犯人の女子達は『発覚したとしてもどうせ告発されない、先生達は自分達を疑うことはできない』と高を括っていたらしい。また、『まさか告発するような生徒がいるなんて』などと文句を言っていたらしい。
これらについて、羽ヶ崎君曰く『夜道が月夜ばっかな訳ないだろ』とのコメント。
今回一番の『刺客』だった羽ヶ崎君が言うと重みが違うな。
*追記2回目*
社長が『夜道が月夜ばかりと思わないことです』を脅し文句にし始めた。怖いので誰か止めてくれ。俺は知らん。