月夜ばかりでない夜道~2~
「な……なんとか、とは!なんとかとは一体!」
「いやだから、犯人が分かればいいんでしょ?それを僕らが先生に伝えれば済む話じゃん」
「え?……え?」
羽ヶ崎君がなんとなく不機嫌そうに座り直し、机の縁を背もたれにする。(化学実験室の椅子はよくある箱椅子なので背もたれが無い。よって机に背を向けるように座って机を背もたれにするのが楽な座り方だ。)
「まず、情報の確認からいこうか」
「今回の事件は痴漢。被害に遭ったっていう女子生徒は全部で……何人かは分からないっけ。公表されてないよね?」
「6人目だってクラスの女子が言ってた」
全員、角三君に向き直った。なんで知ってるんだ。
「角三君、そのクラスの女子って、誰?」
「え……と、目立つ人。野球部のマネージャーやってる……ええと、名前出てこない……」
言われればなんとなく顔は出てくるが、名前は出てこない。なんつったか、あの人。
「ふーん、まあいいけど。他は?」
「……他?」
「他に被害に遭ったの」
「分かんない。けどその人が、『私で6人目だよ』って……」
「ああ、そう。それからうちのクラスの吹奏楽部の女子が1人そんなこと言ってたから、まあそこらへんってことでしょ」
ここらへんは正直どうでもいい、とばかりに羽ヶ崎君は話を進めた。
「で、起きてる時間は全部下校中、ってことなんだっけ?」
「ああ、そうだ。完全下校時刻が19時だから、そこ近辺、ってことじゃないか?」
秋分の日をとうに超えた今日この頃、17時ごろだって既に暗いのだ。19時ともなれば相当に暗い。駅前の大通りを通ればそこまでの暗さではないが、そっちではない通学路……駅から学校までの最短ルートの1つである道を通った場合、そこそこに街灯もまばらで人通りも少ない。
「吹奏楽部とかは多少、完全下校時刻過ぎてるかもしれないけど、まあ概ねは全員、19時に学校出るよね。そうすれば駅に着くまでに多めに見積もっても19時20分まで、かあ」
尚、舞戸は『多めに見積もって』いるが、俺達の脚で歩けば大体12、3分の道程である。このペースだと舞戸が少しばかり辛そうになるので、一緒に帰る時はもう少し緩やかなペースで帰るが。
「……社長なら11分」
「あのペースで歩いてる女子は痴漢されないでしょ普通に考えて」
また、社長……柘植はコンパスの長さもさることながら、歩き方が滅茶苦茶に速い。あの速度で歩く女子高生が居たら、まず間違いなく化け物なので変質者諸君らは手を出さないことをお勧めしたいしお勧めされなくても手を出さないだろう。間違いなく。
「それから……一昨日から先生たちの見回りが始まった」
「そうだったな」
一昨日……27日に先生たちの見回りが始まっている。見回りに駆り出された先生は我らが化学部の日疋先生の他、数名だ。
正確な人数は分からないが、他の部もいくつか顧問無しで活動していたり、職員室に質問に行った生徒が目当ての先生不在につき質問できずじまいだったりしたようなので、他にも数名が出払っていたのは間違いないな。
「で、先生たちの見回り空しく、昨日?それとも一昨日?……また痴漢被害が出た訳だよね。少なくとも1件以上は」
連日2回起きている可能性もあるが、まあ、普通に考えれば昨日か一昨日かで1回、だろうな。この辺りは俺達生徒には公表されない情報なので曖昧なのは仕方ない。
「昨日も先生たちは見回りしてたんだよね?」
「してた。昨日はすぐ帰ったけど、先生たち、居た」
昨日は部活が無かったからな。角三君はすぐに帰ったらしい。
「……あれっ、ちなみに見回りっていつまでやってたんだろ。私、昨日17時半ぐらいに帰ったけど、先生たちうろうろしてた」
舞戸は舞戸で何かしてから帰ったらしいが、やはり見回りはあった、と。
「……俺は18時半過ぎに学校を出たが、先生たちが居たぞ」
そして俺も見回りを見ている。普通に挨拶した。
「で、今日は臨時で職員会議してるみたいだけど、その内の何人かは見回りの方、行ってるみたいだね。さっき何人か出てくの見えた」
「……えーと、先生たちもお疲れ様、ってこと?」
まあそういうことだよな。恐らく適宜、交代はしているのだろうが……本当にお疲れ様、だ。
「じゃ、情報の確認はこんなもんでいい?」
「いいが羽ヶ崎君、安楽椅子探偵をやるつもりか?」
羽ヶ崎君は相も変わらず、机の縁を背もたれにするようにして椅子に座りっぱなしである。
「というか逆に聞くけど、聞き込みなり何なりしないと解決しないような問題を僕が解決しようとか言うと思う?」
答えるまでも無い。『否』だ。
羽ヶ崎君は不確かな事をあたかも『できる』と言うような奴ではない。
つまりこの事件、安楽椅子探偵気取りの高校生にも解決できてしまう、ということになるが。
……さて。じゃあ羽ヶ崎君の名推理をご披露頂くとしようか。
「まずさ、普通に考えろよ。あのさあ、お前ら変質者だとしてさ、捕まりたい?」
「そういう趣味の変質者も居るのかもしれない!私はよく分からんけど!」
「ねえよ。捕まる事が目的だったとしたらもっとマシな犯罪やって捕まるでしょ。馬鹿なの?」
羽ヶ崎君はそう言ってから、舞戸の抗議のじっとりした視線を受けて一瞬ばつが悪そうな顔をした後、視線を舞戸から外して続けた。
「……少なくとも、そっち方面……『犯人は捕まりたい』とか、『犯人は捕まりそうなことをすることで別の誰かに罪を擦り付けたい』とかは僕らにどうにかできる範疇超えてるから、今回は考えない」
「ええ……?」
「僕らが考えればいいのは、僕らにどうにかできる範疇の事だけだし、多分今回はそうでしょ」
羽ヶ崎君の言葉を考える。
俺達がどうにかできる範疇の事。
俺達が考えて、辿り着ける犯人、ということだ。
……つまり。
「内部犯、か?」
「まあそんなとこなんじゃない?」
羽ヶ崎君は俺の言葉を受けて、如何にも適当な返事で肯定した。
「……あー、確かに、おかしいよねえ」
そんな中、舞戸が声を上げる。
「あそこ、確かに街灯まばらだし暗いけど、死角が多い場所じゃないし、先生方が注意してなかった訳ないし。そんな所で痴漢被害があった、っていうことは……えーと」
舞戸はそこで言葉を詰まらせた。
「……内部犯、ってーと、こう、我らが学び舎の先生方が……?い、一体誰が……?」
「……あ、チア部の顧問の……」
「いや、やめろ。そうじゃないってば。というか角三君なんでそんなピンポイントに疑ってんの」
「よくあの人、チア部が踊ってるとこ撮ってるから……ローアングルで……」
「……聞かなかったことにしていい?」
頭を抱えた羽ヶ崎君に代わって、舞戸が挙手した。
「ちょいまち!別に犯人が先生とは限らないよね!先生が警戒するのは誰だ!?不審者だ!だったら生徒への警戒がザルってこともあり得る!」
「いやちょっと待てよ」
が、羽ヶ崎君から待ったがかかる。
「あのさあ、舞戸」
「うん」
「お前、同じ学校の生徒から痴漢されたらどうする?」
「この50m8秒台の脚を駆使して追いついて飛び蹴りかます」
アグレッシブで結構な事だが大丈夫だろうかこいつは。
「お前みたいな女、他に居る?」
「いやあ、居るよ。普通に居るよ!だって陸上部だってバスケ部だってバレー部だって吹奏楽部だってみんな完全下校時刻は同じ、夜7時!私が痴漢に遭遇する条件下にあるというならば私よりもよっぽど速くて強い彼女らもまた痴漢に遭遇して追っかけて飛び蹴りかますぐらいはするとも!」
それはいいが、何故運動部の中に吹奏楽部を混ぜたんだこいつは。まああそこも半分ぐらいは運動部みたいなものか……。
「……それはいいけど。まあ、攻撃する奴ばっかじゃないとは思うけど、後で『不審者に痴漢された』じゃなくて『同じ学校の生徒にやられた』って言う奴ぐらいは居るでしょ」
羽ヶ崎君が何とも言えない顔で舞戸を見ながらそう言うと、舞戸は、ふむ、と頷いてから、はた、と気づいたように手を打った。
「脅されていたとか」
「だったら最初から何も言わないから痴漢が発覚しない」
「ならば痴漢した生徒が変装していた」
「だったら先生に見つかって怪しまれる」
「あー」
舞戸が羽ヶ崎君同様、机を背もたれにしてぐでっ、とした姿勢になった。
「ギブ……」
ギブアップらしい。
「ああそう」
羽ヶ崎君がなんとなく満足げである。まあ、気持ちは分からんでもない。
「……ええと、じゃあ、先生が犯人……?チア部の……」
「角三君、やめてやれ。あの先生は多分根は良い人だから」
後を継ぐように言葉を発した角三君の、この無邪気ながらに残酷な発言である。
彼はチア部の顧問の先生に何か恨みでもあるんだろうか。いや、特に無いんだろうな。角三君だから。
「まあその可能性は無い訳じゃないと思うけど。でも難しいだろうね。普通、先生たちの巡回って2人1組とかでやるじゃん」
言われてみればそうだな。俺が昨日見た時も2人1組だった。有事の際の対応と連絡係、2人1組で居た方がいいのだろう。
「その上で先生が犯人だとすると2人が共犯者じゃないといけなくなるわけじゃん」
「……他に怪しい先生……」
「角三君、やめてやれ。居もしない犯人を探すのはやめるんだ」
とりあえず角三君を止める。このままでは罪の無い先生が罪の無い角三君によって犯人にされてしまう。
「……はあ。じゃ、いいか」
が、羽ヶ崎君は満足そうな不満そうな微妙な笑みを浮かべて俺を見ていた。何だ。何が起きている。
「じゃあ鈴本。回答をどうぞ」
「……は?」
羽ヶ崎君にそう言われたものの、一体何の事やら、だ。
だが羽ヶ崎君は相も変わらずの表情だし、気づけば舞戸と角三君もどこか期待するような顔で俺を見ていた。やめてくれ。なんでそんな目で俺を見るんだ。
大体推理ならついさっきまで羽ヶ崎君がやってただろうが。なんで急に俺に投げて寄越してきたんだ。
……だが、まあ、こんな俺でも流石に分かる。
ここまでで推理に必要な情報は全て出揃った、ということだ。