毒にも薬にも~3~
「まず前提として、『愉快犯』の可能性は捨てきれないんだけど……まあ、一番可能性が高そうっていうか……そうだったら辻褄が合うよね、っていうことで……」
「いいからさっさと話せよ」
ということで、舞戸さんは羽ヶ崎君にせっつかれつつ、推理を披露してくれました。
「まず、今回の犯行時刻は多分、鈴本が呼ばれて化学実験室を出ちゃった直後だと思う」
「ほう」
「それで、犯行の動機は……『先生にバレてはいけない怪我をしてしまったから』じゃないかな」
「先生にバレてはいけない怪我……?成程、生徒同士の喧嘩ですか。確か生徒同士の暴力沙汰は校則違反ですね。停学の恐れがあります」
「いやいやいや、多分それは無い」
早速社長がエンジンかかってきましたけれど、舞戸さんがそれを押しとどめました。
「いや、可能性は捨てきれないんだけれど……その場合、当事者同士だけじゃなくて周りで見ていた人も含めて全員が口裏を合わせる必要が出てきて一気に難易度上がるから、こんな解決方法しないと思う。そしてそういう喧嘩であれば、すぐに手当てするより証拠隠滅を先にやりたいと思う」
あー、そうですよねえ。喧嘩って……まあ、殴り合いとかだったら、精々打撲ですし。それぐらいだったらわざわざ保健室に行かずにアロエに走る、なんてことをせずにお家に帰ると思います。俺ならそうします。
「というかね、そもそも、こういう風に盗み出すようにしてでもアロエを欲しなきゃいけない怪我って、相当少ないと思うんだよ。手当の緊急性があって、かつ、生徒の手に負えるレベルの……その程度の怪我、って言ったらさ」
「ああ、火傷か?」
「その通り!火傷はものにもよるけれど、まあとりあえずすぐに冷やして……水ぶくれとかになるレベルだったら薬が必要になるよね?そうしないと痕が残る可能性がどんどん高くなる」
ああー……確かに考えてみれば、そうでした。
切り傷だって小さなものならティッシュとかトイレットペーパーとかで押さえてそのまま帰れそうですし、打撲なら無視して帰れそうですし……唯一、『隠れてでもすぐに処置した方がよい傷』って、火傷ぐらいですね。
「……つまり、犯人は女子か?」
「まあ……多分」
そして火傷をすぐに処置した方がいい理由を『痕が残りやすいから』とするのであれば、男子よりは女子が犯人だと考えた方が妥当な気がしますね。いや、俺だって別に、火傷の痕とか残らない方がいいと思いますけど!でも、そういうの気にするのはやっぱりどちらかっていうと女の子だと思います。
「で、まあ、女子男子はこの際置いておくとして……犯人の目的が『火傷の治療』なら、やっぱりこれまた特殊なケースなんだよ」
「だよね!?俺もそう思った!だって火がある場所ってほぼ無いじゃん!」
「その通り!どう頑張っても火傷できない生徒がこの学校には多すぎる!何故なら!学校ってそもそも火がほぼほぼ存在していないから!」
……成程。確かに学校の中で火傷するって、結構条件が限られてきそうですよね?
「えーと?火が存在してる場所っていうと……まず、ここっしょ?」
はい。化学実験室には火が沢山あります。ガスバーナーもチャッカマンもマッチもありますし、お隣の化学準備室に行けば先生用のガスコンロが有りますよ!そこでお湯を沸かしてカップ麺を食べる先生が居ると化学実験室にまでお腹の空く匂いがしてくるんですよ!あれはテロ!
「あ、美術室にもあるよね、バーナー。確か美術部の子の中にとんぼ玉を作ってる子が居たはずだよ」
「うん。多分美術関係でも火を熾す道具はあると思う。私は美術選択者じゃないから知らないけど」
そういえば舞戸さん、芸術科目は音楽を選択していましたから、美術室にお世話になったことが無いんですね。書道選択の俺が音楽室に入ったことがないのと同じように……。
「それから……まあ、調理実習室は火があるよね?俺達調理実習で使ったし間違いないじゃん?」
はい。俺達全員、家庭科でちゃんと調理実習してますので!あそこにも火がありますよね!防災訓練で仮想出火元にされるのは大抵調理実習室か俺達の化学実験室か、大体どっちかです!
「後は喫煙じゃない?」
そして……はい。羽ヶ崎君の言う通り、そういう可能性もあると思います。だってライターくらい100均で買えますし、持って来ようと思えば幾らでも学校に持ってこられちゃいますから。
「うわ、羽ヶ崎君、俺達がわざわざ考えないようにしていたことを……!」
「先生から隠れて色々処理しなきゃいけないとか考えたら妥当でしょ。むしろなんでこれ考えないようにするの?」
「えっ、だって喫煙って校則違反じゃん!」
「校則以前に法律にも触れているがな」
ま、まあ、喫煙していたら当然、良くて停学だと思います。うちの学校でそんなバカなことをする人は居ないと思いたいですけれど……いや、どこにでも居ますよね、そういう人は……。俺は人間なんて信じてませんので!
「まあ、煙草の可能性はどう足掻いても消せないんだよね。家から火炎放射器を持ってきていた人が居る可能性を排除できないのと同じで……」
「それは排除しろよ馬鹿なの?」
「舞戸さん。他には強いて言うならストーブに指をつっこめば火傷することが可能です」
「社長はストーブに指をつっこみたいと思うのか……?」
「あっ!俺体育館で火傷した事ある!体育館の床で転んで膝めっちゃ擦ったら摩擦熱でジャージ溶けたし膝焼けた!」
「まあその場合はほぼ確実に部活中の人達に見つかってるし、それでも隠れて処置しなきゃいけない状況って生まれないと思うので摩擦由来の火傷は今回考えないものとします」
まあ、可能性を完全に排除することはできませんけれど、それでも妥当なところで考えていったら結構絞られてきた気がしますね。
「ええと、舞戸さん。つまり今回の犯人は、美術部か家庭科部、はたまた喫煙していた誰か、っていうことでしょうか?」
「うん。多分そこらへん。そして……まあ、ここにアロエがあるっていうことを知っていて、かつ、アロエが火傷に効くって知ってた人、という条件も付くと思う」
あー、なんかこれ、ちょっとデジャブですね。あれですあれです。部費から2000円無くなっちゃったあの時の。
『そこにあると知らないものを盗むことはできない』。
今回のアロエもそうですよね。火傷……いや、火傷じゃなかったにせよ、ちょっと緊急性のある怪我をした状況で、アロエを使う為に化学実験室に来る。それができるのは、化学実験室にアロエがあるっていうことを知っていた人だけなんですよ!
「……この学校の生徒は全員化学実験室に一度以上入ったことがあると思うが」
「うん。そりゃね。授業で使うもんね。でもそうじゃないんだよ、鈴本君。君、アロエを見て『あっ!アロエだ!覚えとこ!』ってなる?」
「ならない」
……俺にとってアロエはかわいいアロエですけれど、この学校の生徒の大半……いや、この世の人間達の大半にとっては取るに足らない観葉植物程度の認識なんだろうってことは分かります。
「ついでに、アロエが怪我に効くって知らなかった人、この中にもいるんじゃない?角三君、知ってた?」
「え……知らない。そもそも、どうやって使うの、これ」
更にアロエの薬効を知らない人、もっと多そうですよね。というか、アロエに薬効があるって知ってても、アロエの使い方、知らない人多そうですし。
「俺は知っていましたが」
社長が知っていても別におかしくないとは思いますが、普通の女子高生男子高生はあんまり知らないと思いますよ。
「ということで、そうなるともう……相当絞れるな、っていうか……」
「……あのさあ、舞戸」
いよいよ佳境かな、というところで、羽ヶ崎君が何とも言えない顔をしつつ手を挙げました。
「お前、犯人ありきで推理してない?」
……まあ、うん。はい。俺もちょっとそんな気はしてましたよ!
「いや、そりゃあまあ……あれだけ不審な動きをされたら、なんでかなー、って思うじゃない」
舞戸さんがそう言うと、羽ヶ崎君がじめっ、とした目で舞戸さんを睨み始めました。フェアじゃない、ってことでしょうか。でも舞戸さんは今回、アロエと同列に並ぶ程の被害者なので許してあげましょう!
「私は、今回の事件、ほぼ間違いなく家庭科部の人達の仕業だと思っております!」
そう!ここで、舞戸さんがびしょぬれになったことが生きてくるんですね!
「まあ、だろうな」
鈴本が深々とため息を吐きつつ、そう言いました。
「どう考えても不審だ。お前がびしょぬれになったところで俺をわざわざ呼びに来るのも不審だよな」
「ね。普通女子呼ぶだろうなー、って思ったわー」
「は?先輩ならともかく僕達の代の化学部に女子なんて居ないでしょ?」
「舞戸さんは女子ではなかった……?」
舞戸さんが女子かどうかはさておき、確かにそこも不審なんですよね。舞戸さんがびしょぬれになったところで、わざわざ鈴本を呼ぶ理由がありません。『友達が大変なことになってるよ』っていうにしても、その……女子のそういうピンチに男子を呼ぶ、っていうのは、ちょっと不自然ですよね。やっぱり。逆ならまだしも。
「まあ、それがあったから美術部の犯行は完全に切ったんだけれどね。結局鈴本を私のところに向かわせたり、間に入って状況をこじれさせて時間を稼いだりしたのは家庭科部の人だったので……美術部と家庭科部の共犯っていうのもなさそうだし……」
まあ、それだと規模が大きすぎますもんね。家庭科部の人達が関わっているのは間違いないでしょうし。
「というか!そうでもないと、ほぼほぼ見ず知らずの私にああまで絡んでくる理由が分からん!そして見ず知らずであるにもかかわらず私が化学部だと知っていて、更に更に鈴本を呼びに行ったらもう黒と置ける!あと……何より」
……そして、舞戸さん。ここでなんだかしょんぼりしつつ、言うのでした。
「家庭科部の人の中には、化学実験室にアロエがあって、文系選択者は私と鈴本だけで、先輩達はしばしば情報室にカンヅメになっていて……っていう事情を知っている人が居る」
「……辞めた奴か」
「うん」
しょぼん、へにょ、みたいなかんじになって、舞戸さんはちら、とアロエの鉢の方を見ました。
「ついでに……私、彼女らにアロエの使い方を教えたことがあるんだよ」
葉っぱを無残に切られてしまったアロエは、やっぱり悲し気に見えます。
「……ま、状況から見て明らかに家庭科部だけど、一応、証拠は無いわけでしょ?」
「そうだね。私がびしょぬれになっていたのを『善意で』家庭科部の人が騒いでいたにしても、中庭の様子は学校中のどこからでも大体見えるから、校舎内に居る人で私が化学部員だって知ってる人は誰でも、家庭科部が大きくした騒ぎに乗じてアロエ泥棒ができると思うよ」
大まかに犯人らしい人達が分かったところですが、決定打はどこにもありません。
「強いて言うなら、彼女らが火傷した原因……多分、先生の許可なく調理室を使ったとか、そういうところだと思うんだけれど」
「或いは喫煙ですね」
「……まあ、どちらにせよ、告発したところでなあ、っていうかんじではある」
多分どちらにせよしらばっくれられたら終わりなんだと思います。ましてや、勝手な調理室の使用や喫煙への罪は問えるのでしょうが、アロエ傷害罪については多分、罪に問えないんじゃないかと。
「悪行を働いた者にはそれ相応の罰があるべきだと俺は思いますが。そうしなければ社会の秩序は保てません」
「まあ、その理屈も分かるんだけれどね。どうしたもんかなあ、と……」
社長はいつも通りの厳しさですが、現実問題、結構難しい問題ですね。どうしたものか……。
「お。どうしたのお前ら、そんなストーブの前で団子になって」
……そんな俺達の前に、強い味方がやってきました。
「日疋先生!」
「そうだ!俺達には日疋先生が居たぜ!」
「やったー!先生!先生を待ってたんですよ俺達!」
「先生!先生!いつも糸が切れたタコみたいに飛んでっちゃう先生がこんなナイスタイミングで来てくれるなんて!」
「ありがとうございます!先生ありがとうございます!」
俺達の感謝コールに先生は『糸が切れたタコは酷いんでない?』などと言いつつも、何か事情を察してくれたらしく、俺達の傍に椅子を持ってきて座って下さるのでした。なので俺達は早速、相談開始です!
……俺達、いい顧問の先生を持ったなあ、って、じわじわ思います。
+本日の記録+
アロエとシャコバサボテンが切り取られてしまいました。犯人の目的は怪我(恐らく火傷)の治療のためのアロエ採取で、シャコバサボテンについてはそれを誤魔化す為だったと見ています。
そして犯人は恐らく家庭科部の人達ではないか、ということで日疋先生にご相談しました。その結果、家庭科の先生のところにお茶を飲みに行くくらいの日疋先生は早速、先生同士の相談に行って下さいました。
アロエとシャコバサボテンの恨みが晴れるといいなと思います。
*追記*
アロエとシャコバサボテンについてはちゃんとお世話します。ひとまず傷口から腐らないように気を付けつつ、春になったら株分けや剪定を行って整えてあげる予定です。どちらも生命力の高い植物なので、きっと大丈夫だと思います!
ところで舞戸さんもずぶ濡れになったはずなんですが風邪をひいたりはしなかったようです。こちらも生命力が高いですね。よかったよかった。
*追記2(日疋)*
折角なので家庭科部について報告。
案の定調理室を使った形跡があったとのことで、家庭科の先生から厳重注意してもらった。
ついでに僕からそれとなくアロエについて聞いてみたら、やっぱり彼女達が切っていったみたいよ。辞めちゃった奴らね。おかげで火傷は痕も残らず回復してるらしいとのこと。
ま、お前らからしてみたらちょっと複雑だろうし彼女達の行いは正しくなかったけれども、教えられたことを覚えてて活用した、っていう点においては評価したいと僕は思う。
なので舞戸もあんまり凹まないように。君が教えなければアロエは無事だったかもしれないけれど、君が教えたので彼女らはそれを役立てることができたんだから。知識ってもんは、毒にも薬にもなるもんで、毒を恐れては薬を広めることはできないんだから。
*追記3(刈谷)*
えっ!?このノートって先生も書くんですか!?というか先生も読むんですか!?やだー!




