毒にも薬にも~2~
「とりあえずストーブ前にどうぞ。大丈夫ですか?」
「ああうん、大丈夫大丈夫。一応事情聴取中にあったまってきたので大丈夫大丈夫」
大丈夫って言ってる人ほど大丈夫に見えないこの現象、なんなんでしょうね……。
ひとまず舞戸さんにはストーブ前の特等席を譲りました。俺達全員寒いと冬眠したくなるタイプですけれど、それでも髪が濡れてる人にストーブを譲らない程冷血じゃないんですよ!
「で、何があったのこれ」
「中庭を歩いていたら水がかかりました。現場からは以上です」
「無能な現場だな」
羽ヶ崎君が今日もずばずば行きますね。この悪口の瞬発力すごいと思います。
「ええとね、もうちょっと詳しく言うと……中庭でバケツとか洗ってた美術部の子のホースが暴走して水が掛かっただけ。だったんだけれどね……あああ、説明がめんどくさい」
「めんどくさがるなよその程度で」
羽ヶ崎君のこの悪口の瞬発力、舞戸さんによく発揮されてるんですけれどなんででしょうか。相性がいいんでしょうかね?羽ヶ崎君の悪口パワーには舞戸さん特攻が付いてる……?
「……ほら、中庭って、校舎の大体どこからでも見えるでしょ?で、見物人が結構居たもので……大ごとになってしまって」
あ、それは分かりますよ。
この学校って中庭を中心にして4階建ての校舎が南北にあって、東西に通路とか図書室とか多目的ホールとかが設置されてる、っていう構造なので……校舎の大体どこからでも中庭は見えるんですよねえ。あ、勿論、中庭側の教室に限りますけれど。この化学実験室は中庭に面していないのでここからは見えません。
「美術部の子は当然、故意じゃなかったわけだし私もそんなに水かかった訳じゃないからよかったんだけどね……見物人の女子諸君が、その……大ごとに、してくれやがりまして……そして色々揉めた挙句、余計に私に水が掛かった。最早アレはわざととしか思えん。なんなんだ。一体なんなんだ」
「意味わかんないのはお前の説明が下手だからなの?」
「実際にアレは意味わかんなかったの……」
舞戸さんが珍しくげんなりしてますね。うーん、アロエも心配ですけれど舞戸さんも心配ですね、これは。風邪引いちゃいますよ、これじゃ。
「で、こんなに時間食っちゃったのかー。大変だったねえ」
「いや、時間食ったのは主に水じゃないところでね……私を心配してくれるのはありがたいんだけれどね……それはそれとして、美術部の子に謝罪を強要するのは第三者のやることじゃなかったと思うんだよね……」
あー、居ますよね、そういう人。主にネットに。俺はそういうのに詳しいんです。よく知ってますよ!
「しかもその子、私の友達じゃなければ美術部の子の友達でもなかったという……」
あー、分かります分かります。そういう人ネットにいますいます!
「強いて言うなら家庭科部の子だったから友達の友達と言ってもギリギリ許されるのかもしれない……」
「あー、化学部辞めた女子が行ったところだっけ、家庭科部」
「それもう他人だろ」
そういう人もネットに居ますね!怪談とか大体、友達の友達から聞いてますし!
「……まあ、そうやって揉めていたところで俺が呼ばれた。『化学部の舞戸さんが大変だから行ってあげて』とな。知らない女子に言われて何事かと思ったが……中庭に行ってみたらホースの水をモロに浴びている舞戸が居て目を疑った」
「その善意の第三者さんが状況の確認の為に蛇口捻ってくれたんだけど、そのホースの先に私が居たっていうね」
「それ絶対悪意だろ」
「私もそう思う……」
……舞戸さんがしんなりしています!流石にここまで不思議な事態になるのはネットでもあんまり見かけませんよね。いや、でも案外見かけるかな……。
「……それで、まあ、俺達全員職員室行きだ。最初は舞戸の保温と着替え目的で保健室に向かったんだが、その後に説明の為に職員室に行って、そこで事情聴取になって……まあ、諸々の被害については事故ってことで処理されたが、舞戸の被害が酷かった点でいじめを疑われて大ごとに……」
あっ……ああああ……た、確かに状況だけ見ると舞戸さんって、いじめられているようにも見えてしまうんですよね!
でも舞戸さんはいじめられてるわけじゃないんです!あくまでもぼっちにされているわけじゃなくて自らぼっちになりにいくタイプなんです!ダンゴムシはいじめられて石の下に潜っているわけじゃなくて、石の下が暗くて狭くていい気持ちだから石の下に潜っている、っていうのと似ていますね!
「まあ、丁度日疋先生が来てくれたから『舞戸がいじめ?ないない』って証言してくれて他の先生方の疑惑も収まった。善意の第三者の女子諸君は何故か滅茶苦茶に心配してくれていたが先生方にたしなめられて帰った。私は寒かった」
これでひとまず状況が分かりましたね。舞戸さんはひたすらお疲れ様でしたということで……。
「舞戸さーん、頭拭くの、キムワイプでいい?」
「いえ。キムワイプでは薄すぎます。キムタオルを出しましょう」
「キムタオル!?よくない!よくないぞ!キムタオル高いじゃん!そんな高級品、私の髪如きに使えるか!薬品庫手前の棚の下の段に新品の雑巾あるからそれ持ってきて!」
「……お前は頭を雑巾で拭くことに抵抗は無いのか?」
「えっ!?新品の雑巾ってそれ即ちただのタオルでは!?駄目!?」
「いや、お前がいいならいいが……」
……こうして一段落したところで、舞戸さんは針生が持ってきた雑巾(新品です!)で頭を拭き始めました。なんか視覚的に不思議なかんじがしますね、これ。
「で、こっちは何かあったの?皆集まってたけれど」
「アロエとシャコバサボテンが被害に遭いました」
ということでこちらも一通り説明することにしました。かくかくしかじか。
「私より被害が甚大だ……」
「甚大……?」
そして説明が終わった後の舞戸さんの反応がこれでした。
「いや、だってこれ、アロエやシャコバサボテンからしてみたら、指や腕を切られてしまったようなものなのでは……」
いや、でもアロエもシャコバサボテンも、ある程度再生しますし。特にアロエなんて、増えすぎちゃって株分けした結果が今のこの鉢の数なんでしょうし。おすし。
「うーん……そういうことなら私と鈴本が途中で抜けたのが痛かったな。私はここに来る前に中庭で事故に遭って事件に巻き込まれてるし、鈴本も私と同じ化学部だというだけでとばっちりを……」
「気にするな。それを言うなら俺もアロエとシャコバサボテンの様子を見ていたら良かったんだが……残念ながら、俺はこれに気付かなかったんでな。犯行が昨日から今日発見されるまでのいつ行われたのかまるで分からん」
まあしょうがないですよね。アロエやシャコバサボテンがこうなってるなんて、普通は思いませんし。思わなかったら気に留めないのが普通だと思いますから、鈴本の証言が得られないのはしょうがないと思います。気づいた社長が異常なだけですよ。ね?
「うーん……授業がある時間帯に生徒が入ったとは思いにくいし、昨日は私達、結構遅くまで居たから昨日の夜っていうのでもないだろうし……となると、やっぱり今日の放課後になるんじゃないかな」
「だとしたら犯人は絞れないでしょ。文系の奴ら全員容疑者になるんだけど」
「だよなあ……というか、我々1年生の文系進学者だけじゃなくて2年生も皆、容疑者になってしまう」
そうですね。むしろ1年生の理系進学者がほぼほぼ白って置けることがむしろ珍しい状況だと思いますよ。
「じゃあ動機からいきましょうか。犯人は何故、アロエとシャコバサボテンを傷つけていったのでしょうか」
犯行時刻から絞ることは難しそうなので、社長の言う通りこっちから考えた方がいい気がしますね。
「植物を、いじめたかった、から……?」
「……まあ、それが妥当な線だというのが嫌ですね」
うん。すごく嫌ですよ。こう……虐めたいなら自分の髪でも引っこ抜いてりゃいいんですよ!もう!
でも……そういう人が居るってことも、俺は知ってます。ネットにも居ますし、多分、身近にも居るんですよ。というかこの学校内にそういう人が居るからこういうことになってるんですよ!もう!
と、俺が憤っていたところ。
「あー……あのさー?俺、ちょっと思い当たることがあるんだけど」
鳥海が手を挙げました。そして。
「これ、シャコバサボテンはカモフラなんじゃないかなー?って」
……とんでもないことを言い出しました。
「カモフラ……?カモフラージュ?つまり犯人の真の目的はアロエをいじめること……!?俺のアロエリーナを……!?」
「落ち着け」
意味が分からないですよ!なんでアロエを傷つけたかったんですかね!?アロエを傷つけたかったのでシャコバサボテンも傷つけましたってもっと意味が分からなく無いですか!?
「……つまり、アロエを『傷つける』ことが目的じゃなかった、ということか?」
「うん。そうそう。ほら、アロエって薬効あるじゃん?」
……あっ、はい。ありますね。そうだった。アロエは万病に効く医者いらず植物なんですよね。
食べれば胃薬になりますし、傷に貼りつければ切り傷擦り傷火傷打ち身、その他諸々に効くという訳です!
……ということは!
「家庭科部で食中毒でもあったんですかね」
「馬鹿じゃねえの?どう考えても外傷の方が可能性高いでしょ」
いや、分かりますよ!今のはボケただけですよ!もう、羽ヶ崎君ってば!
「ってことは、野球部とか?スライディングしまくってるし」
「野球部だったらユニフォームは基本的に長袖長ズボンだし、外傷になりにくいんじゃないかなあ」
「じゃあサッカー部?ラグビー部?あ、体育館もあり得るか。じゃあバスケ部?バレー部?」
……針生がひたすら運動部を数え上げていますけれど、まあ、つまりそれら全部の部に可能性があるって事になりますよね。怪我をしそうな部活、幾らでもありますし。
「いや、でも、なんで、アロエ……?普通に保健室行けば……?」
「……そうですね。何故わざわざアロエを試してみようと思ったのか、理解に苦しみます」
「そもそもそういう事情なら先生に断り入れてからアロエ持ってけばいいしなー。あー、駄目だ、わかんねー」
うーん……アロエを怪我の治療に使った可能性を考えてみると確かに多少納得がいきますけれど……でも、それだと保健室に行かなかった理由が分からないんですよね。うーん。
「じゃあ、食べた……?アロエヨーグルトとか、あるし……」
「ええー、普通、化学実験室にある鉢植え、食べるかなあ……?」
「私なら食べる」
「お前は普通じゃねえだろ何言ってんの?」
う、うーん……食べた、っていう説もありますけれど、だったらそれこそ先生に断りを入れてほしかったですね……。というか大きめのスーパーに普通に食用アロエ売ってることあるじゃないですか!そっち食べて下さいよ!もう!
「まあ、犯行時間からも動機からも、絞るのは難しそうだな。後は目撃情報があればいいんだが……」
鈴本が諦め気味にため息を吐きました。
まあ、そうですよね。怪我をしそうな人を絞り込むのは至難の業ですし。犯行時刻だってはっきりとは分かってませんし。そこから犯人を絞り込むのは難しそうですよね。
「……確証がまるで無い上で人に罪を擦り付けるのは気が引けるんだけれどさ」
と思っていたら、舞戸さんがそろっ、と手を挙げました。
「多分、犯人が分かってしまった……かもしれない」
……えっ。




