毒にも薬にも~1~
2月6日
天候:快晴と晴れの境目ぐらいでした
記録者:刈谷
人間ってよくないですよね。
いや、そう言っちゃうとなんか語弊がありますけど、でも、俺、できることならミジンコとか猫とか植物とかに生まれたかった。
だって人間って色々、大変じゃないですか。こう、色々……俺みたいな根暗コミュ障には日々が辛いんです!
その点、植物っていいですよね。話しかけてこないですし。俺が変な笑い方してても気持ち悪がらないですし。お水をあげればすくすく育ちますし。俺が『聞いてアロエリーナ♪』って話しかけても気持ち悪がらないですし。むしろ話しかけると植物って元気になるとも言いますし。俺が植物をすくすく育てる妖精さんごっこしていても気持ち悪がらないですし。ほら、何かと優しいんですよ植物って!
多分、コミュ障は全員、植物に心癒された経験があるんじゃないかと思いますよ。ほら、だから多分、化学実験室には植物がいっぱいあるんですよ!
……そう。俺達の化学実験室には植物がいっぱいあります。何故か。生物室でもないのに。黒板の横の窓辺に、なんかいっぱいあります。もさーっ、てあります。
ええと、アロエとかシャコバサボテンとかアロエとか玉サボテンとかシャコバサボテンとかよく分からない多肉植物とかアロエとか。
……まあ、ほっといても適度に強く生きてくれるやつらですよね。夏休み中とか俺達が時々水あげてますけど、それにしたってすごい放置プレイなはずなのにすこぶる元気ですしおすし。栄養剤とかあげてないのにどんどん増えて今や鉢植えの半分以上はアロエですしおすし。
……というわけで、俺は今日も、可愛い植物にお水をあげなきゃ、と化学実験室にやってきたんです。そうしたら。
「刈谷、大変ですよ。事件です」
「えっ?どうしたんですか社長」
なんか妙に緊張感あふれる社長と出くわしました。なんだろうなあ、と思いながら実験室の中を覗いてみたら……。
「人間であれば傷害罪です」
社長が見せてくれたのは、アロエとシャコバサボテンの鉢でした。……無残にも、葉っぱを何枚分か切り取られたような、そんな痕跡のある状態の!
「うわあ、なんてこった……」
「うちのアロエに一なんてことを!」
続々と部員達が集まってくる中、俺達は傷ついた植物の様子を見ています。
「ナイフで切った……?」
「そうだね。少なくとも手で千切ったかんじじゃないなあ」
「いや、そもそもアロエとか手で引き千切れない厚みあるでしょ」
被害に遭った植物は、アロエ3鉢、シャコバサボテン2鉢です。全てのアロエの鉢とシャコバサボテンの鉢が被害に遭ったことになります。
「つまり事故じゃなくて事件。故意にこれらを切り取った、ということになるでしょうね」
「ナイフ、だから……うん」
……そう。これは明らかに事件です。
うっかり鉢を落としちゃって葉っぱが傷ついてしまったとか、うっかりぶつかって葉っぱを折っちゃったとか、そういう訳じゃないんですよ。ナイフですぱすぱ切ったみたいになってて、特にアロエの葉っぱは断面がはっきり見えててよく分かります。許せませんよ。どうしてこんなことするんだ。
「んー……玉サボテンが被害に遭わなかったのは幸い、ってとこかな?」
「そうですね。烏羽玉は成長が遅いですし、ここまで成長した玉を傷つけられなくてよかったです」
あっ、この玉サボテン、烏羽玉っていうんですか。うばたま、うばたま。……かわいい名前だ!
「あとこっちの謎の多肉植物も被害にあってないっぽいねー。なんでだろ」
「エケベリアも無事ですか。まあエケベリアは再生力が強いですから多少傷ついても何とかなったでしょうが……」
えっ、この多肉植物、エケベリアっていうんですか。えけべりあ、えけべりあ……ちょっと女の子っぽい名前ですね!
「で、アロエと……なんだっけなあ、これ」
「シャコバサボテンでしょ」
「そう。シャコバサボテン。これは葉を明らかにナイフで切り取られている、と。……妙だよなあー、うーん……」
加鳥が首を傾げる横で角三君がアロエの葉っぱの断面を指でつんつんとつついて、「うわ、粘っこ……」ってやってます。あれっ、アロエの葉っぱの断面が乾いていないっていうことは、切られてからそんなに時間が経ってない、っていうことですかね?うーん……?
「一旦状況を整理しましょう!えーと、とりあえず、昨日の時点で植物は全部無事でした!」
「へー」
「確かですよ!俺がお水をあげたので!」
犯行時刻を絞り込むのに役立つと思うんですが、昨日の夕方の時点ではまだ、植物に異変はありませんでした。なので昨日から今日までの間が犯行時刻だと思うんですが……。
「えーと、最初にここに到着したのは誰でした?」
「そうですね。最初に実験室に到着したのは針生と角三君だったと思います。そこに俺が合流しました」
成程。社長が最初じゃなかったんですね。ということは、犯行時間も結構絞れますね!
「俺と角三君が13時ちょい過ぎぐらいに到着して、ここで飯食ってた!」
あっ、ちなみに今日は土曜日です。土曜日なので午前中で授業が終わります。授業が終わるのは12時5分ですね。ただ……。
「今日は文理別ガイダンスがあったからなー……理系の方は長引いたよね」
そう。俺達、今日は授業が結構、長引いたんですよ!何せ、3限のLHRとその後時間までぶちぬいて、文系理系別に卒業生講演会があって、その後ガイダンスがあって……理系の方は長引きました。12時50分ぐらいまで長引いてました!最初からそういう時程で出てましたけれど、それにしたって長かったですね!
「で、俺と角三君はガイダンス終わってすぐこっち来たかんじ。あ、トイレは寄った」
「うん」
「俺は購買で食料を買っていましたので遅くなりました」
「……購買のパン、大体全部揚げてあるじゃん」
「ええ。油はエネルギー源ですから美味いですよね。あの購買のパンは塩と油が効いていて非常にいいです」
……社長の食の好みは置いておくとして、ひとまずここまでで、針生と角三君、それから社長……ですか。
「そして俺が最初に、鉢植えの異変に気付きました」
「逆に言うと針生と角三君は気づいてなかったってこと?」
「うん!」
「まあ、うん……」
「節穴かよ」
ま、まあ、針生達が居た時点で犯人がそこにやってきた、とも思えないですし、だったら犯行時刻は針生達が実験室に来る前まで、ということにはなりますよね!
「で、その後俺と羽ヶ崎君と加鳥が食堂で飯食い終わって合流しました!」
「僕らが来た時、まだ刈谷来てなかったけど。刈谷は何してたの?」
「図書委員やってから来ました……」
な、成程……この中で一番到着が遅かったのは俺だったようですね!ま、まあ、まだ来てない人も居るので一応ビリではないですし、そもそも俺は図書委員という立派な仕事があって遅れたので!悪いことじゃないはず!
「で、舞戸は?鈴本も居ないけど」
「あ、そうだねー。んー?どしたんだろ。文系は理系より先に解散してたよね?なのになんで居ないんだろ?」
そう!まだ、舞戸さんと鈴本が来てません!
あの2人は理系じゃなくて文系に進学予定なので、俺達とはスケジュールが違ったはずなんですよ。だって俺達がまだガイダンスやってる途中でもう廊下ががやがやしてましたから!文系許すまじ!どうせ大学に行っても文系はちゃらちゃらしてて俺達理系はじめじめしてるんだ!どうせどうせ!
……と、俺が架空の文系男子大学生に対して憤りを覚えていたところ。
「すまん。遅くなった」
鈴本がやってきました。結構遅くなりましたね。
「何してたの?遅かったけど」
「いや、それが……」
鈴本はなんとも歯切れ悪くそう言って……そして。
「めっちゃ寒い。ただいま我が家」
舞戸さんも、入ってきたんですが……。
「ここお前の家じゃねえから……は?」
羽ヶ崎君が珍しくも、開いた口が塞がらない顔をしています。俺達もそうです。社長だけ『風邪をひきそうだ』と冷静なことを言っていますが。
……舞戸さんは、長い髪が濡れた状態でした。
えっ……2月なのに水浴びですか!?




