金庫番と愉快な仲間達~2~
ヤバいね!というのは全員分かったんだけど、それは置いといて。
ヤバいヤバい言ってるだけじゃ、事態は好転しない。んで、さ。
「……先生に、言う?」
「まあ、最終的にはそうなるが。日疋先生が出張で居ないとはいえ、他の先生方はいらっしゃるしな」
ほら、ね。うん。
『最終的に』っていうことは。
「先生に報告する前にできることはやっといてもいいんじゃない?報告される先生側にしても纏まってない話聞かされるの迷惑だろうし」
まずは俺達、自分でできることは自分でやるよね。
「とりあえず一回整理しようか?んーと、お金ってどこにしまってたんだっけ?」
「そこの棚です……」
「裸で入れてた?」
「いや、流石にそれは……。ええとね、この缶に入れてた」
まず始めに、お金の保管場所について。
舞戸さんが指さしてるのは、化学実験室の壁際にずらっと一列設置してある棚の1つ。
化学実験室ってまあ、どこの理科室でもそうだと思うんだけどさ、壁は大体全部棚なんだよね。一面に棚。めっちゃ棚。
でも、危険なものとか薬品の類とかは化学準備室に保管してあるし、この学校、化学実験室以外にも生物実験室と物理実験室があるスーパー待遇だから、まあ、棚って結構空いてるんだよね。
それで、空いてる棚の一角を丸ごと、化学部で使わせてもらってる。……化学部の部費はそんな棚の引き出しの1つにしまってあったっぽい。
お金入れてある缶は、ふっつーの、缶。クッキーとか入ってそうな奴。実際に入ってるのはお金とかメモとかなんだけどね。あはは。
「棚に鍵は?」
「かかりません……本当に管理の不行き届き……」
舞戸さんが凹みに凹んでるけど、まあ……うーん、しょうがない気もするんだけどなー。だってこんな大量の棚の中からお金が入ってる棚を開けてお金持ってく奴が居るとか普通思わないし。
「缶にも鍵はかからないよねえ……」
「かかりません……」
鍵がかかるクッキーの缶とか、あったらちょっと見てみたい。
「で、実験室に鍵はかかってなかったの?」
「ええと、普段から実験室に鍵がかかってたら僕ら、自習とかトランプとかにここ、使えないんだよなあ……」
で、実験室自体にも鍵はかかってなかった、と。
……まあ、俺達、しょっちゅうこの実験室、自分のもののように使ってるしなー。
ゲームの場所として使ったり、自習の場所として使ったり。ロッカーに入りきらない教科書置いておいたり。持ってきた荷物置いておいたり。雨降って靴濡れたら実験室の新聞紙詰めて置いておいたり。弁当に箸持ってくんの忘れたら実験室の割りばしもらったり。(実験室にはスライムとか混ぜる用に割りばしが常備してあるんだなー。)
……あー、うん。どう考えても普段、鍵、開けっぱだよなー、ここ。まあ、普段から先生方が隣の隣に常駐してるから、そうそう困った事にはならないと思うし。そこそこ治安がいい学校だから、まあ、悪戯されるってこともまず無いし……。
でも盗難は起きる!あー!もー!
「……じゃあ犯人絞るのってかなり難しいんじゃない?だって誰でもここに入れて、誰でも金入ってる棚開けて、缶開けて、ってできた訳でしょ?」
「まあ、普通に考えると校内の全員が容疑者、ということになるが」
って訳で、早速この前途多難っぷり。もう犯人絞れる要素って、そうそう無いよね?
「あとは時間じゃないでしょうか。盗まれた2千円が最後に確認されたのはいつでしたか?」
「ええと、12月の25日。合宿の時の買い物を会計したのが最後」
で、今日が1月の15日だから……20日かー。うわー、微妙。しかも間に冬休み挟んでるし。
……でも、逆に言えばさー。冬休み中だったら、冬休みに学校に来た生徒しか、ここのお金、盗めないんだよね。で、部活で来てたら普通、そっちにかかりっきりになるし。運動部とか、校舎内に入らない人達多いと思うし。うーん、でもそっちから絞るのも現実的じゃないよなー。
「……ということは、時間、時期から犯人を絞るのも難しそうですね」
まあ、1日とか2日とかなら分かるかもしれないけどさー。ね。ちょっと難しいよね。
「んー、俺、なーんか引っかかるんだよね」
全員難しい顔してたら、鳥海が首を捻りつつ、缶の中を見て更に首を捻った。あ、缶ってあれね。お金入れてある奴。
「なんで2000円だけ盗んだんだろ」
ぺらぺらっ、て缶の中身を見る鳥海の横から、俺も缶の中を見る。
ん。普通にお札と小銭。
……あ。
「だって、たった2000円っしょ?盗むんだったらもっと盛大に盗めばいいじゃん、って俺、思うんだけどなー?」
「たった!?2000円を、『たった』!?ちょ、君、鳥海君!どういう金銭感覚してんの!?たった!?2000円ってたったなの!?」
「『たった』だろ。っていうかうるさいんだけど」
多分、部の中で一番金銭感覚が厳しい舞戸さんが愕然としてるけど、うん。まあ、鳥海の言いたいことは分かるよ。
いや、金銭感覚がどうとかじゃなくてさ。だって他にもお金入ってるんだからさ。盗もうと思えばもっと盗めたわけじゃん。
なんで2000円だったんだろ。
「……そのぐらいの額なら、バレない、って思った……とか?」
「いや、角三君。それは厳しいと思う。犯人も、何時かは絶対にバレる、ということは分かっていたはずだ。……舞戸。お前、会計ノートはどこにしまってた?」
「え?そこの引き出しに。お金の缶と一緒に」
「だろうな。つまり、金を盗もうと思ったら、この金が『会計ノート』によって管理されていることは分かる訳だ。よって、盗みが永遠に発覚しない事などあり得ない、ということくらいは分かって然るべきだよな」
成程。だよねー。
この、表紙にでっかくマジックで『会計ノート』って書いてあるノート見たらさ。缶の中身がいつ改められるか分かんないぞ、ってことくらいは分かるよね。
……ってことは、2000円だけ盗んだ理由は、バレないと思ったから、みたいな理由じゃない、と。
「……あっ!もしかして!舞戸さん!」
そんな中、刈谷が声を上げた。
「2000円って、もしかして、首里城描いてあるかんじの奴ですか!?」
おおー!すげえ目の付け所!
だよね。2000円札とかいうレアものがあったら、2000円だけ盗む理由にもなりそう!
「いや、違う違う。普通に野口さんが描いてある奴2枚だと思うよ。500円4枚とかだったかもしれないけど。うん、完璧に缶の中身の形態までは覚えてないけど、でも2000円札が入ってた記憶も無い。更に言うと、野口さんもピン札じゃない奴しか入ってなかったはず」
……でも、うん。2000円札なんてそんなレアものがあったら、俺達の記憶に絶対残るわ。うん。
だって俺達、文化祭のスライムの売り上げの中にギザ十とか、『五円』の書体が違う5円玉とかあるか探すような人達だもん。あはははは。
「ということは、2000円自体に特別な価値があったと考える必要は無さそうですね」
うん。社長がそう結論づけたけど、特に反論ナシ。
2000円は、単純にお金としての価値だけを見て、盗まれた、と。
「じゃあ、ちょっと違う観点から考えましょうか」
なんか社長が言い出した。
「逆に、誰が犯人なら、おかしくないんでしょうね」
「……え、誰が犯人でもおかしくはない」
「それは理論上の話ですよ、角三君」
理論の権化みたいな社長がそういうこと言うとなんか違和感あるなー。あはは。
「いいですか。俺達は高校生です。そして、それなりに学力があり、それに伴ってそれなりの自律ができ、それなりに常識を持ち合わせており、それなりに『失うもの』が大きい。そういう高校生です」
「失うもの?どういうことだ」
社長はいつもの笑顔で答えた。
「簡単な事ですよ。信頼。信用。もう少し現実的な話をするならば、『たかが2000円如き』の為に、停学処分を食らい、校内推薦の選考から外されたり、自らの記録に傷を付けたりするような愚を犯す生徒がこの学校に居るとは思いにくいんです」
あー、うん。まあ、そうだよね。
心底頭おかしい人とかも世の中には居るけれど、少なくとも、色々なリスクをおしてまで窃盗するような人は居ないと思う。一応皆、その程度の常識とか頭とかはある、と思うよ。
というかその前に、やっていい事と悪い事の区別っくらいはつく……。
……あれ?
「だから、どういう状況で、どういう人物が、どういう目的で2000円を盗んだとすれば『違和感が無い』のか。これを考えれば、おのずと犯人にはたどり着く。そうでなくとも、犯人に近づくことはできると思いますよ」
社長の言葉に、頭が冷えた。
……なんか俺、すごい勘違いをしていた気がする。




