図書室の間違った使い方~1~
1月10日
天候 :寒い
記録者:角三
冬休みが明けた。
冬休み中も部活は無い訳じゃなかったけど、大半は合宿だったからあんまり部活やった気がしない。
「じゃあ角三君、そっち持ってくれるかなあ」
しかも、今日は部活ってかんじじゃない。
「分かった」
いっせーの、せ、で、加鳥と一緒に段ボールを持つ。
「うわ、結構重いね、これ。詰めすぎたかなあ」
「案外本って重いから……」
俺と加鳥が運んでるのは、本が入ってる段ボール箱。
年末に図書室が大掃除して、それで、古い科学雑誌とか古い教科書とか、まとめて全部化学部に寄付してくれたんだけど……『要らなかったら捨ててください』って、本当にまとめて全部くれたから、割と困ってる。でも捨てる勇気が出ないから、とりあえず実験室の片隅に積んどくことにした。
「なんかすみません、司書の先生、本を自分で捨てるの抵抗あるみたいで」
「だからって僕らにやらせようってのはどうなんだよ」
刈谷は図書委員だから、図書室とつながりがある。図書委員は年末に大掃除してたから、その時にこの科学雑誌とか教科書とか、こっちに寄付しよう、って、決まったらしい。
「でもおかげで図書室が片付きまして」
「そのせいでこっちが散らかってんだけど?」
「まあまあ、羽ヶ崎君、そう怒らずに」
「ぶっ殺すぞ」
……化学実験室の後ろの方が、雑誌と教科書の段ボール山積みになってる。
俺としても、あんまり、こういう状態が続くの、良くないと思うんだけどな……でも捨てるのめんどいからこのままでいっか……。
なんかジェンガ積んだみたいになってるけど、とりあえず実験室の後ろの方を犠牲にしたら、本とかは片付いた。
……地震起きたら崩れる気がする。
「あ、そういえば皆さん、読みたい本ありませんか?」
ヤバい積み方の段ボールから目を逸らして、刈谷が突然言った。
「科学雑誌と教科書以外の本読みたい」
羽ヶ崎君はまだ機嫌が悪い。いつものことか。
「うーん、それどういう意図で聞いてるのかなあ」
「あ、ええっとですね、単に図書室からの『読みたい本リクエスト募集』のお知らせです。お知らせ自体は来週発行される図書だよりに載る予定ですけど、図書室にはもうリクエストボックス設置してありますし!まあ、もし良ければ俺が投書しておきますよ!」
あー……新しい本、買うからか。
うちの学校の図書室は、かなり本が多いし、結構色々、揃えてる……らしい。
生徒からリクエスト募集して本を揃えてくれるから、評判がいい。
俺はあんまり本、読まないから。関係無いんだけど。
刈谷とか舞戸とか鈴本とかはちょくちょく図書室行ってるみたいだから、そこらへんに聞いたらリクエスト、出てくる気がする。
「で、何か読みたい本、ありますか?」
刈谷はそう呼びかけてくるけど、俺はそもそも元々そんなに本読まないから、特に無い。
「うーん、僕は特に無いかなあ」
「僕も無い。っていうか、欲しい本あったら自分で買うし」
……あと、俺達が読みたい本って、学校で買ってもらえるような本じゃないことが多い、から……。
うん……。
「あー、じゃあ、何か思いついたら言ってくださいよ。舞戸さんとか鈴本とかに聞いたら出てきますかねー」
「出てくるんじゃない?……っていうか最初っからそっちに聞けよ。なんでわざわざ僕らに聞いたわけ」
「いや、何か出てくるかなーって……」
なんていうか。
図書室って、そもそも、なんとなく入りづらい。
使い方イマイチ分からないし。本いっぱいあるし。なんか静かだし。歓迎されてない気がする。
だから俺は図書室に通うような事は、してない。そういう人は少なくないと思う。
「例年、リクエストって募集してもあんまり来ないんですよねー。ラノベシリーズもの全巻揃えろ、みたいなリクエストが来ない訳じゃないんですが」
「それって叶えるのかなり無謀だよねえ」
学校だし。ラノベって。
「それで去年から図書室にはラノベが数シリーズ、全巻揃ってます」
「ちょっと待ってそれ知らなかったなあ……」
……買うのかよ。いいのか。いい、から買った、のか……。
「……っていうことで、割とリクエストは何でもいいんですよ。でも、リクエスト件数が少ないと、どうしても、どうでもいい本買う羽目になっちゃいますんで、何卒、何卒!」
うー、ん……。
……ちょっと、考えたけど。刈谷には、悪いけど。
やっぱ俺、特に読みたい本、無い。
それから次の部活の日まで、地震が起きることは無かった。段ボールは崩れずにそこにあった。よかった。
「えー、なんでこの段ボールこんな愉快なことになってんの?これ中身何?見てもいい?」
「針生が知らない間に色々あったんだよなあ……」
「おいやめろよ、崩れるだろ。崩れたら僕、もう戻すの手伝わないから」
俺も正直手伝いたくないから、段ボールを覗こうとしていた針生を引っ張って止めた。中身は古い雑誌だから気にしなくていいと思う。
なんとなく、段ボールのせいで緊張感のある部活になった。実験しててもなんとなく気になる……。
「……あ、そういえば」
実験が一段落したっぽい刈谷が、突然声を出した。
「皆さん、本のリクエスト、有りませんか?」
「無い」
「無いなあ」
「無い」
「え?本のリクエスト?なんでもいいの?なら攻略本揃えてほしい!」
「あ、それは駄目です流石に」
……また、本のリクエスト募集、らしい。
ここで聞くのが間違ってると思う。今日は舞戸も鈴本も居ないから、絶対、リクエストとか出てこない。
「うー、困ったなー……」
そしたら、刈谷が困り始めた。こいつ、割といつでも困ってるようなかんじするけど、でも、今は本当に困ってそうに見える。
「何、図書委員は本のリクエスト集めるノルマでもあるわけ?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど……」
羽ヶ崎君に聞かれて、刈谷が口ごもる。何かあったのかな。
「……えーと、ちょっと個人的に、というか、リクエストの件数、増やしたくて」
「なんで」
「それはですねー、見てもらった方が早いかと」
刈谷が実験放り出して、荷物置き場の自分の鞄から、ルーズリーフ1枚出して持ってきた。
寄って行ったら見せてくれた。
そこに書いてあったのは……刈谷の字で、リクエストの集計一覧。
「……は?」
「うわー、勤勉な人も居るんだなあ、うん」
「えー……流石にこれ、なんで?ちょっと俺、分かんない」
俺も、ちょっと分かんね。
リクエストの表には、上から……『英和辞書』『仏和辞書』『和独辞書』『エスペラント語の辞書』『スペイン語の辞書』……。
とにかく、ほとんど全部、辞書だった。
「流石にこれ、全部買う訳にはいかない、ってことにできるんですけど……このままいくと、それでも何冊かは辞書を買う羽目になりそうなんですよう」
謎リクエストだけど、謎でもリクエストはリクエストだから、図書委員としては、ある程度聞かないといけない、らしい。
「あー、そ。だからリクエスト件数増やしたいんだ」
「そうです!母数が増えれば辞書率は減りますから!ね!だからお願い!俺は辞書ばっかりの図書室とか嫌です!日常ミステリ―とかほろ苦い青春小説とか甘酸っぱい百合とかそういうのがいっぱいの図書室にしたいんです!お願いします!お願いします!」
刈谷の趣味は聞いてない……。
でも、うん。
俺、図書室どうせ使わないから、どうでもいいけど。一応、刈谷もそうだし、他にも化学部内で図書室そこそこ好きな奴、居るから。
辞書ばっかりなのは、ちょっとかわいそうだな、って思う。
「リクエストの紙、ある?」
だから、折角だし1通ぐらい、リクエスト、出すことにした。
「お!角三君、書いてくれますか!ありがとうございます!これです!無記名でオッケーですので!」
刈谷がファイルから出したのは、小さいリクエスト用紙だった。
名前を書く欄もあるけど、書かなくてもいいらしい。本のタイトルと作者名を書く欄、或いは、『こういう本が読みたい』の欄は必須、になってる。
……何、書こう。
よく考えたら俺、読みたい本特に無いし、そもそも、知ってる本があんまり無かった。
「貸して」
しばらく考えてたら(10分ぐらい)、羽ヶ崎君がリクエスト用紙をもっていった。代わりに書いてくれるらしい。
「ほら、これ適当に出しときゃいいんでしょ」
紙には『椿姫:アレクサンドル・デュマ・フィス』って書いてあった。知らない。
「わー、助かります!はい羽ヶ崎君、ついでにもう一枚!」
……羽ヶ崎君がすごい顔してる。
「じゃあ僕も書こうかなあ。とりあえず知ってて面白い本、書けばいいよね。自分が読みたいってだけじゃなくて、他の人に読んでほしい、とかでもいいんだもんね」
言いながら加鳥は『空想科学……』って書き始めた。これは知ってる。
羽ヶ崎君も渋い顔しながら、『狭き門』とか『夏への扉』とか書き始めた。知らない。
「えー、じゃあ俺も書く!」
針生も書き始めた。『ネコの写真集』とか書いてる。うん……ちょっと読みたい。読み……読む?うーん、写真集は読むものじゃないか……。
……俺も1枚、書くことにした。
他に何も思いつかなかったから、とりあえず、『化学の本』って書いておいた。
「……しっかしさー、なんで辞書、こんなにリクエストされてんだろーね」
俺以外の人がリクエスト用紙、大量に書きながら、針生が言い出した。
確かに気になる。だっておかしいって、絶対。辞書ばっかりリクエストとか。俺なら絶対しない。そんなリクエスト。
「そのリクエスト、同一人物から?」
「うーん……ちょっと分からないんですよね。一応、手書きですから、全部のリクエスト、それぞれ筆跡が違うのは分かるんですけど……なんとなく、筆跡をわざと変えればこの程度は可能だな、っても思いますし……」
……逆に、同一人物じゃないとおかしいと思う。辞書読みたい人がこの学校にそんなに大量に居るとは思えない。
でも、だとしたらなんで同一人物が、こんなに大量に、辞書のリクエスト……?
「じゃあ、ちょっと考えてみる?」
加鳥が、言い出した。
「辞書を大量にリクエストした理由。理由が分かれば、この謎のリクエストの犯人も分かるんじゃないかなあ」
犯人、って言うのは、ちょっと可哀相な気もするんだけど……でも、気になる。
……ということで、俺達はそれぞれの実験を、片付け始めた。
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