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ガラスの正義感~2~

「謎のビーカーが我らが実験室にある!しかも割れた状態で!これは一体!?」

「一体―!」

「これは解明せねばなるまーい!我らが化学部の名にかけてー!」

「FOOOOOOOO!」

「おかしいなあ、化学部は名探偵じゃないんだよなあ……おかしいなあ……」

 舞戸さんと鳥海が奇妙なテンションで叫んでいます。

 化学部の名にかける必要は無いと思いますが、乗り掛かった舟というか、なんというか。

 知ってしまった以上、このビーカーの出処を考えないのは性に合いませんから。




 イミテーションのビーカーがあるとすれば、この学校のどこなのか。

 その結論は割とあっさり出ました。

「とりあえず俺の推理力によって、ビーカーの出処はなんとなーく見当ついてるんだなー、これが!」

「おや、もうですか」

 鳥海の速すぎる推理に、少し驚きます。

 鳥海は細かいところに気が付くし、点と点を繋ぎ合わせて線にする能力が高いので、推理向きの逸材なのかもしれませんね。

「で、出処とは!」

「演劇部!」

 演劇部、ですか。確かに、小道具としてビーカーを置いていてもおかしくはないかもしれませんが。

「先週あたりに紫藤が書いてた脚本が『ラブラトリー~恋するリケジョ無双~』だった」

「推理でも何でも無い!」

 ……ああ、紫藤、というのは確か、演劇部の部員ですね。1年生にして既に脚本を書いているということで、以前話題になっていたことがあるので知っています。

 しかし成程、『ラブラトリー~恋するリケジョ無双~』。タイトルのかんじからすると確かに、小道具としてビーカーを使ってもおかしくありませんね。

「私はその劇の内容が凄く気になる……なんだそのタイトル」

「ん?リケジョが悪の組織に囚われた恋人を救出するために黄色ブドウ球菌とバズーカぶっぱなして研究室をぶっ壊しながら恋人を救出するアメリカンアクションコメディらしいよ?」

「すごくその劇見たい」

 劇の内容については触れないこととしましょうか。

「あー、じゃあ、劇の練習中にバズーカでビーカー割っちゃったのかなあ……」

「だとしても普通に処分しろよって思わんでもない。何だってわざわざ化学実験室に持ってきたのさ」

 そもそも割った原因はバズーカではないと思いますが、まあ、それは置いておいて。

「もしかしたら処分の方法が分からなかったのでは?」


 舞戸さんも加鳥も鳥海も、目を点にして俺を見ましたが、その後で神妙に頷きました。

「そういや、そうだねえ。学校で割れガラスなんて、捨てる機会、無いもんね」

「ビンカンペットボトルならまだしも、割れてると微妙に処理が違うもんね」

 割れ物は割れ物として、紙袋に入れたりビニールを二重にしたりした上で『割れ物』と明記してゴミに出しています。

 化学実験室で出すガラスゴミは大体、そうやって処分しているのですが……他の場所でガラスゴミが出たなら、確かに、処分に不慣れな人達が困るかもしれませんね。

 勿論、だからといってわざわざ化学実験室のガラスゴミ入れに捨てる理由にはなりませんが。

「うーん……或いは、薬品の類まみれになってて、ここに捨てるのが一番安全だと踏んだ、とか」

「演劇部が一体何の薬品を使ったって言うんだー」

 100均にある材料だけで催涙剤が作れる世の中ですから、演劇部が何を持っていてもおかしくはないと思いますが。

 しかし、おかしくなくても、自然ではない、ですね。


「わざわざ化学実験室にビーカーを捨てる理由……んー、あ、もしかして、割れたのがビーカーだったから、とか?」

「死んだ後は祖国に帰してやろう、みたいな気持ちで?」

 鳥海の発言に舞戸さんがコメントしましたが。ビーカーの祖国とは、一体。

「祖国も何も、インテリア用ビーカーだしなあ……帰すつもりにしても、帰す国が間違ってるんだよなあ……」

 そうですね。インテリア用ビーカーをわざわざ化学実験室に返す理由はありませんから。

 ……いや。

「もしかして、これ、ビーカーの持ち主と片付けた人が別だったり、しますかね」




 確かに俺達はこのビーカーがインテリア用だと分かりましたが、恐らく、化学に携わり、日々、ビーカーに触れる生活をしている人間でなければ、インテリア用ビーカーと実験用の真っ当なビーカーの区別はつかないに違いありません。もしかしたら、違いがあるということすら知らないのかもしれません。そんな人間が存在するなどと考えたくはありませんが。

 ……しかし、それならば、インテリア用のビーカーがここに存在する理由も分からない訳ではないのです。

『このビーカーを片付けた人は、割れていたビーカーが実験用ビーカーだと思った。だから、化学実験室に捨てた。』

 これならば筋が通りますね。

 片付けた人は化学実験室のビーカーが割れたと思っているのでしょうから、先生方のどなたかに報告はあったと思います。確認すればこの案の答え合わせは可能です。




「そっかー、元々化学実験室の物だと思ってたなら、ここに捨てに来るか。うん、成程なあ」

「じゃあ先生に聞いてみようぜ!」

 早速、ということで、鳥海が化学準備室へのドアを開け、そのまま準備室を突き抜けて化学研究室のドアをノックして開けました。

 ……そして、何やら先生方と話しているらしい声を聞き。

「……ありのまま起こった事を話すぜ!」

 はい。

「実験室のビーカーを割ってここに捨てに来たなら理科の先生の誰かに報告があって然るべきだと思っていたが、先生の誰もそんな報告は知らないと言ってきた……何を言っているか分からないと思うが」

「いや、分かりますので大丈夫です」

「最後まで言わせてあげないあたりが社長だよなあ」

 ふむ。

「本当に先生方の誰も知らないんですか?」

「うん。というか、先生達さー、最近一回、この割れガラスゴミ鍋、空っぽにしたらしいよ。舞戸さんが試験管割っていっぱいになっちゃったから」




 先生方は何も報告を受けていない。

 それどころか、『一度、ガラスゴミ用鍋を空にした』。

 なのに今、ガラスゴミ用鍋は『ビーカー以外にもゴミが入っている』。

 ……どうやらこれは、『事故』ではなく、『事件』のようですね。




 おもむろに、鳥海が机に新聞紙を広げ始めました。そしてそこにいそいそと、加鳥がガラスゴミ用鍋をひっくり返します。

 そうして、ザラザラ、とガラスがぶつかり合って新聞紙の上に広がると。

「なんか俺、ジグソーパズルやりたい気分だわー、すごく立体パズルやりたい気分だわー」

 鳥海がオペ前の医師のように両手を構えてその前に立ちました。

「あれえ、なんかこんなところに面白そうな立体パズルがあるぞー?」

 更に、加鳥が同じようなポーズで鳥海の横に立ちました。

「こら!触るな!触るな!手を突っ込むな!切るぞ!油断してると指先切れちゃうぞ!パズルはいいけど軍手しなさい軍手!」

 そして舞戸さんが軍手を持って飛んできました。


 ……となれば、どうせ部員がもう少し揃うくらいまでの間、俺達がパズルに興じることになるのも、致し方ない事なのです。




「これどこのパーツだろ……底ではないことは確かだけど」

「うわなんかこのガラス片ぬめっとするんだけど」

「え、油?オリーブ油?ごま油?」

「いやー、無色だし、オリーブ油とかごま油とかでは無いと思うんだけどなー?」

「じゃあ米ぬか油?あ、いや、ベビーオイルとか鉱物油とかも透明な油か。うん」

「あまり触らない方がいいですよ。一応ここは化学実験室ですから。そのぬめりの正体が水酸化ナトリウムによって溶けた鳥海自身の指先という可能性もあります」

「やめてよー、やめてよー、話が一気にホラーになっちゃうじゃないかー」

 暇な化学部員が4人で寄って集れば、ガラスの立体パズルも難題ではありません。特に、今ここに揃っている俺以外の3人は手先が器用な方ですから。

「うわ、良く見たらなんかこれ変だ!試験管の底みたいなパーツ1個も無い!丸まってる部品、無い!」

「あれだけいっぱい試験管割ってたのに、1個も底のパーツ無いって、確かにおかしいよねえ。もっと早く気付くべきだったかなあ」

 ちなみに舞戸さんが試験管を一気に割ったのは、エタノールのガロン瓶に躓いて試験管立てごと試験管を落としたからです。試験管立て一列分、一気に6本割っていました。

 なのに1つも、試験管の底のような形をしたパーツがありません。湾曲したパーツはあっても、あくまでも筒の壁面でしかないのです。

「……あれ、というかこれ、試験管より太いね」

「ほんとだねえ。メスシリンダーかなあ」

「いや、それにしては細いわ。というかメスシリンダーだったら目盛り書いてあるっしょ」

 ……そうして。

 喋りながらひたすらにガラスの立体パズルを繰り返し。

 気が付けば、次第にガラス片は形を成していき、おおよそ1つの物体となっていました。


「これは……なんだろうなあ」

「筒?」

 割れ砕けて粉末になってしまったような部分はどうしようもなかったので、復元率は50%と言ったところですが。

 大体、長さは50~60cm程度。真っ直ぐな筒状で……筒の側面には、穴の縁のようにガラスが溶けて丸くなっている部分があります。

 これは……何ですかね。




「……あー、これ、俺、分かっちゃったわ」

 出来上がった物体を見て、鳥海が神妙な顔をしました。

「な、何が分かったっていうんだー」

「名探偵登場かー!?」

 加鳥と舞戸さんがガヤを入れる中、鳥海は鷹揚に頷き、そして。

「ちょっとアセトン取ってくるわ」

「えっ……えっ?」

「アセトン?」

 アセトン、ですか。急ですね。

「えーと、その前に!……犯人は演劇部じゃない!そして今回の一番の犠牲者は……」

 すっ、と、鳥海の指が、ビーカーの破片を示しました。

「このビーカーです!……今のところは!」



「そ、それは一体どういう意味なんですか名探偵鳥海君!」

「やだなー、やだなー、なんか嫌な予感がするんだよなー」

 舞戸さんと加鳥の言葉に頷いて、鳥海は真剣な顔をしました。

「とりあえず解決は急いだ方がいいわ。じゃないと一番の被害者、俺達になる」


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