95. 五番目の構え
「最後に……」
「ああ? はっきり言え、聞こえないぞ」
このまま終われない。
こんなままでは、ユキ様にどう顔向けすればよいか解らない。
あの人と共に歩いていくと、付いていくと決めたのだから、あの人に相応しいメイドにならなければいないのです。
だから!
「サラマンドラさんがここを出て行く最後の日に、もう一度だけ私と戦ってください。それまでに私も五番目の構えを見つけますから!」
「言っただろう、もう戦わないと。聞こえないのか?」
「もしも私がそこで勝つか耐えるかしなければ、私をそのまま殺してください」
私もフィレ嬢や、これから来るであろうユキ様の敵を倒せるだけの力を、手に入れなければならない。
それが出来ないのならば、私なんて……。
「おい……。お前、どういう意味か解っているのか?」
私の発言が意外だったのか。
サラマンドラさんは一瞬慌てるが、すぐさま落ち着きを取り戻すと腕を組んでため息を一つする。
「生きていればお前の大好きな王女殿下に会える日が来る。フィレは俺が仕留めるから、お前はその後から心置きなく王女を取り返すために動けばいい」
「それでは駄目なのです」
「じゃあ何か? フィレと戦うと?」
「はい」
「俺の獲物を堂々と奪うと言うのか……」
確かにそれが一番安全で確実なのかもしれません。
でも、そうやって他人の力を頼れば、今は良くてもやがて後悔する時が来るかもしれない。
根拠はないけれど、そんな気がしてならない。
「まあ、お前の都合なんぞどうでもいいが……。いいだろう、最後に相手はしてやる。俺も仕上げておきたいからな」
「ありがとうございます」
どうにか組み手の約束を取りつけた私は、再び一人で修行を始める。
彼が引き上げる前に、何としてでも五番目の構えを見出してモノにしなければならないのだから。
そう思い、決意を新たに修行に打ち込む。
サラマンドラさんは立ったままずっと遠い目をしていて、私の方はまるで見向きもしない。
話しかけてもまともに返事しそうになかったので、私は自力で五番目の構えをあみ出そうと、この修行場でやれる事を一通りやった。
そして遂に、サラマンドラさんが地上へ戻る日が来る。
「では約束どおり、相手をしてやる」
「はい」
結局、私は五番目の構えを見つける事が出来なかった。
しかし、意外にも気持ちに迷いや焦りは無かった。
それは、基礎体力が上がったせいか、この場所で出来る事をやりきったからでしょうか?
「さあ、どこからでも来い」
「はい!」
ともかく、私が今出来る事はただ一つだけ。
自分の全てをサラマンドラさんに全てぶつける!
私は地面を強く蹴り、彼へと真っ直ぐに向かう。
その動きに合わせて彼は聞き手を強く握り後ろに引き、それと同時にもう片方の手を開いてこちらへ突き出す。
あの構えは、相手の攻撃を受け流す三番目の構え。
私を負かしたフィレ嬢の再現というわけでしょうか?
それならば。
私はこのまま攻撃すれば、受け流され防がれてしまい大きな隙を生むと思い、彼の目の前で地面を蹴り彼に対して垂直に飛ぶ。
彼は半人半獣とはいえ、視界が全方向あるわけではない。
いくら防御に特化した構えとはいえ、必ず死角があるはず。
そこを見つけて突けば、きっとサラマンドラさんだって!
何度も何度も先ほどの動作を繰り返し、相手の隙を窺い続ける。
彼はまるで動かない、こちらの出方を見ている?
そんな静かな攻防を幾度か続けていき、ついに私は彼の構えの死角となるポイントを見つける事に成功する。
もう迷っている時ではない、あとは全力でそこを突いていくだけ。
「必殺! 一触足溌!」
私は足を突き出し、彼の死角めがけて飛び込む。
方向、速度、力、タイミング。
全てが完璧で、これ以上ない最高の攻撃だと確信した。
「ふん、やはりこの程度か」
「あぐぅっ!?」
しかし、現実はまるで異なっていた。
実際に攻撃を受けたのはサラマンドラさんではなく、私の方だった。
気がつくと彼の極太で筋肉質な足が私の腹部に突き刺さり、えぐり、激しい痛みと呼吸が出来ない苦しみで目の前が真っ白になってしまう。
「ぬるい、ぬるすぎる。お前は一体何をやっていたんだ?」
それからの展開は、組み手や試合といえるものではなかった。
あまりにも一方的だった。
意外にも痛みは感じず、まるで第三者が私と彼の戦いを傍観しているような、他人行儀な感覚のまま彼の攻撃を全部受けて宙を舞い続ける。
「たわいもない。新たな構えを出すまでもないな」
そして気づいたのだった。
あの時敢えて隙を出したのは、私の迂闊な攻撃を誘っていたからだと。
だが、気づいたところでもう遅い。
「このまま楽にしてやる」
目の前がぼやけ、ぐらぐらとする。
聞こえる音は反響し、自分自身の呼吸音だけがやたら大きく強調される。
ごめんなさいユキ様。
ルリはここで終わ……。
『だってルリの事、大好きなんだもん』
『ルリ、ずっと一緒に居てね。約束だよ?』
混濁する意識の中、大切な人の声が聞こえる。
こんな場所に居るはずないのに。
「やあ!」
「むぐ!?」
意識よりも感覚よりも、それは体に刻み込まれた本能なのかもしれない。
私はいつの間にか両足を迫るサラマンドラさんへ投げ出し、彼の顔を思い切り蹴りあげた。
直撃したのでしょうか?
両足からは、確かな手ごたえが伝わる。
「はぁはぁ……、まだ終わりではありませんよ」
そうだ、まだまだ終われない。
私は……、私は……。
ユキ様の下へ帰るんだ!
ずっと一緒に居ると誓ったのだから、ユキ様が私の事を必要としてくれるのならば!!
「そうか」
攻撃を繰り出した瞬間は一切の記憶が無かったけれども、間違いなく直撃だった。
直撃を受けたはずだった。
それなのに、笑っている……?
どうして……?
「オオオオオオオオオ!!!!!」
サラマンドラさんが雄叫びをあげ両手を大きく広げると、彼の体の周囲が陽炎のようにゆらゆらと揺らめきだす。
それと同時に表情は逆鱗を撫でられた竜の如く険しく、皮膚の鱗は振るえざわめきだし、全身がふた周りほど膨れる。
「感謝するのだな、この俺様の全力を一番最初に受けられるのだからな!」
なんという圧力。
なんという殺気。
こんなの、もう人の物じゃない……。
「これが……、これが……。極竜の闘法、第五の構え。覇王竜の構えだ!」
周りの暑さを忘れてしまうくらいに、背筋が寒い。
圧倒的、あまりにも圧倒的すぎる……!
こんな方をずっと相手していたなんて……!
絶望、恐怖、畏敬。
それらが脳裏をかけめぐり、体が自然に後ろへ下がってしまう。
「そしてそこから繰り出す一撃、修羅滅龍撃!!」
本能レベルで危険と気づいた時だった。
彼の目が赤く光り、片手の拳を強く握り後ろへ引いて私へと突き出すと、私の目の前がぷつりと黒くなった。




