93. 王者だった男の哀愁
「これは……!」
しかし、私が予想していたどの結末にもならなかった。
正直、自分でも何をやったか解らなかった。
でも、現実として眼下には今まで私を襲ってきた謎の生物が、地面に酷く叩きつけられて口から泡を吹く姿があった。
「それが極竜の闘法第三の構え、竜玉鏡の構えだ」
今まで戦ってきた時とは違って、体の疲労も無いし緊張も解けている。
もしかして、無意識のうちにやっていたのでしょうか?
自分でも自覚のないまま、修行中のサラマンドラさんの動きを覚えていた……?
「相手の動きを読み、攻撃を受け流す防御の型だ。お前がフィレにやられたのは恐らくそれだろ?」
「確かに……」
サラマンドラさんとの修行でも、フィレとの戦いでも私の攻撃は一切通じていなかった。
何度拳を打っても、全力でぶつかってもどれも有効打にならない。
その時の動きを、真似出来たのかもしれない?
相手の攻撃を受け流す事自体は、過去に審問官と対峙した時にした事があった。
でも目の前の状況と自身の体の調子から察するに、あの時よりも相手を痛めつけて、かつ自分の負担は少ない。
もしかして、第三の構えが完成されたという事なのでしょうか?
「キィキィィィ!!」
そう疑問に思っていた最中、謎の生物は目を覚ました直後その場から離れ、洞窟の奥へと逃げてしまう。
とりあえず脅威は過ぎたみたいですね。
「邪魔者も追い払ったな。これでしばらくは大丈夫だろう。先へ進むぞ」
「はい」
自分でも実感のないまま、どうにか謎の生物の襲撃をかわす事に成功したようだ。
周囲に穏やかな雰囲気が戻ると、サラマンドラさんは僅かな笑顔を見せた後、洞窟のさらに奥へと進んでいく。
私も置いていかれないよう、彼の背中を追いかけた。
謎の生物の襲撃があった場所から、もう随分歩いている気がする。
洞窟内の独特な空間のせいか、今が昼間なのか夜なのかまるで解らない。
実は大した時間が経っていない?
あるいは、既に日単位で時が過ぎている?
「先ほどは青く光っていましたが、だんだん赤くなってきましたね」
ただ私達は確実に奥へと進んでいる事は解っていた。
幻想的な青色の世界は、全てを燃やして破滅させるマグマにも似た赤色へと変化していき、周囲の植物や生物も今までとは異なりごつごつと攻撃的な形状になっている。
その様子を例えるならば、フィクションの世界である地獄や魔界、それら場所の入り口と言ったところでしょうか?
そしてどことなく体が熱い。
周りの気温が上がっている?
そういった周りの変化に気づきながらも、私は辺りを見ながらサラマンドラさんの後ろをついていくと、今まで私の前に居た半人半獣の元国王は、ふとこちらを振り返る。
「どうかされましたか? サラマンドラさん」
「お前、何ともないのか?」
「はい。奥へ行けば行くほど過酷な環境になると聞いていましたが、体は大丈夫ですね」
「……俺が始めて来た時は、ここらへんで根をあげて帰ってしまったからな」
「そうだったのですか」
「まあ無事ならそれでいい、このあたりで六割程度といったところか。行くぞ」
「はい」
先ほどの体温の上昇は、ここの環境がより厳しい状態になった事を意味していたという事なのですね。
まだ未熟だった頃のサラマンドラさんが逃げ出すという事は、普通の人ならば到底居れない場所なのかもしれない。
ですがまだ行けます。
強くなると決めたのだから、進む以外の選択肢は今の私にはありません。
私とサラマンドラさんは、洞窟のさらに奥へ奥へと進んでいく。
道中で出会った謎の生き物のような敵には出会わなかった。
けれども、進めば進むほど暑くなっていき、ついに汗が滲み出てきた。
それでも決意は揺らぐ事は無く、周囲が目の痛くなるほどに赤色に輝く世界となった頃に、ふと私は口を開く。
「あの、サラマンドラさん」
「どうした?」
「どうして国王になろうと思われたのですか?」
正直、こんな場所で聞くような質問ではないと思っている。
でもどうしてでしょうか、何故か今聞いておかなければならない気がしたのです。
彼が何故玉座を目指したのか、覇者として何をしたかったのか。
私は知りたいのです。
「俺が昔、傭兵団を作ったのを知っているな?」
「ええ」
火竜の国で国王専属の給仕として、働いていた時に聞いたことがあった。
サラマンドラさんは過去の世界戦争時に傭兵団を設立し、大きな戦果をあげてきた。
今は規模を縮小し、傭兵団の主要だった人々は散り散りになってしまったという事以外、傭兵団の名前も規模も具体的な内容はまるで解りませんでしたが……。
「傭兵団の中に一人、凄い気立てのいい女が居てな、血と汗と男ばかりの傭兵団の連中全員が慕うような存在になるまで、大した時間はかからなかった」
戦時中に出来た傭兵団という事は、専ら実戦専門なはず。
そんな中では基本的に非力な女性は活躍出来ず、待遇もあまり良くは無かった。
それなのに、そこまで傭兵団の方々の心を掴んだという事は、余程魅力的な女性だったんでしょうね。
「だが、そいつは死んだ」
そう言った瞬間、厳しいサラマンドラさんの表情に憂いが見える。
多分本人にとっては無意識のうちに出た仕草なのだろうけれども、私はその仕草から、彼もまたその女性に惹かれていたのだろうと察した。
「そいつは傭兵団にとって仲間を繋ぎとめる役割であり、象徴であり、皆の憧れだった。だからそいつが居なくなった事で傭兵団は空中分解さ。その時、俺は考えた。いい奴が死ぬのはおかしい」
戦争とは理不尽な命の奪いあいであり、忌むべき歴史であるのは疑いの無い事実。
その女性も平和な世の中で生まれていたなら、もっと別の生があったのかもしれないし、もしも戦争を乗り越えれば、穏やかな日々が過ごせたのかもしれない。
……サラマンドラさんは、もしかして自らが世直しの為に動いたという事ですか?
「そんな不幸の無い世の中を作るために、国王になって自らが政権を振るったという事でしょうか?」
今までの話を聞き、そして私なりの結論を伝える。
最初は怪訝そうな顔でこちらを見ていた元国王は、拳を強く握り、肩を震わせながら……。
「はっ、ははは! 俺は何を迷っている? 実にくだらんな! 弱い奴は死んで強い奴が残るのが常識だ。だから俺は力を手に入れて、そして生き残る!」
私の結論を嘲笑すると、地面の棘棘しい植物を自らの大きな拳で叩き潰し粉々にしながら、冷徹な真理を私へ投げかける。
「余計な事を話しすぎたな。先へ急ぐぞ」
「はい」
そしてサラマンドラさんは、鼻を一つ鳴らすと再び洞窟の奥地へと向かうべく歩み始めた。
それに対して私は、何も反論や意見を出さず、ただ一つ返事をして彼の背を追った。




