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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
First Part. 姫から使用人へ
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8. そして絆は愛情へと昇華する

 この出来事があってから、ユキはココにだけは心を開くようになった。

 元々使用人として働くという事以外は二人に共通点はない。

 しかし、ココの懸命な献身でユキの心に信頼が生まれたのだ。


 そんなココの態度はそれから以降も続き、その結果ユキとココの絆はみるみると深まっていく。



 それから数日後の夜。

 邸宅から少し離れた誰も居ない物置小屋の中にて――。


 ユキはココに、誰も居ない場所へ連れて行って欲しいとお願いする。

 ある決断を胸に秘めつつ……。


「この場所なら誰も来ないよ」

「ありがとうねココ。でも本当にひとけが無いね」

「あたしが静かに絵を描きたい時はここで書くの。夜は使用人の部屋から出たらハウスキーパーに怒られちゃうから、あまり行けないけどね」

「シトラス三姉妹には私とココが出てるのばれてるよ?」

「大丈夫、あの人達もこっそり外出してるから」

 ユキの願いに対し、ココは自分の”とっておきの場所”へユキを招待した。

 月明かりが差し込む小窓が一つあるだけの小屋。

 部屋の片隅には煤けたランプと、汚れた本、古い寝具が乱雑に置かれている以外は何も無い。


「それで、どうしたのユキ?」

 ココは、いつもの笑顔でユキへと尋ねる。


「私、実は水神の国の姫スノーフィリアなの」

 ユキは、不安になりながらも今まで禁句とされていた自身の正体を明かした。

 ココを心から本当に信じたい、ココが好き。

 だからこそ、自分は本当は何者かを知らせたい。

 ココには嘘をつきたくない。


 ユキはただひたむきな思いと、本当の自分をぶつけたかったのだ。


 今のココなら、たとえ姫であったとしてもきっと解ってくれるかもしれない。

 そう思い秘密を打ち明けたユキであったが、ココの答えはユキにとって意外なものだった。


「知ってたよ」

「ええっ!?」

 なんと、ユキの正体を知っていたのである。

 姫だった頃にこの屋敷へは来た事は無く、ココや他の使用人とは一切面識も無かった。

 しかし、他の貴族の屋敷や地方の村々へは国事として出向いたことはあった。

 それでも、そういう過去の出来事を差し引いてもユキは、”服装や髪型がすっかりみすぼらしくなっているから、解らないだろう”と考えていた。


「昔、本で読んだ事あったからね、挿絵のお姫様と見た目がそっくりだもの」

「もしかして、他の人にもばれてる……?」

「んー、どうだろう? 本は私が実家にいる時に読んだものだからね。ハウスキーパーは多分解っているかもだけど、スウィーティ達は知らないんじゃないかな?」

 だいたいの状況が解っていたココに対して感嘆しながらも、ユキは他の女使用人にはまだばれて居ない事に胸を撫で下ろすが。


「あたしはユキが好き。ひと目見てただそう思ってただけだよ? お姫様だからとか関係ないの、ユキだから好きなの」

 その言葉を聞いた瞬間、ユキの全身は今までに感じた事の無い高揚感で支配される。

 胸の鼓動が自分でも解るくらいにどくりどくりと激しく脈打ち、別に激しい運動をしたわけでも無いのに息は苦しくなり、頭の中が真っ白になってしまう。


「ココ……」

「これからも仲良くしようね」

 月明かりが小屋内を優しく穏やかに照らし続ける。

 ココもユキの事を受け入れ、二人の仲と夜はゆっくりと確実に深まっていた。



 そして、さらに数日が経ち――。


「ねえユキ、起きてー」

 ユキはココに呼ばれ、両目を両手でこすりながらゆっくりと起きる。


「うーん、おはよう。もうお仕事かな?」

「ううん、違うよ。今日はお休みの日なの」

「え、お休みなんてあるの?」

 ここへ来てからさらに数十日が経った。

 ”ユキ”としての生活は相変わらず過酷で、使用人としての仕事に明け暮れて、その後はおんぼろで僅かに異臭漂うベッドに疲れきった体を委ねるだけ。一日二度の食事は、王宮で食べた高級料理が忘れてしまうくらいに見た目も味も粗末で最悪だ。

 そんな”スノーフィリア”であった頃からは想像もつかなかった境遇が続いたせいで、ココに諦めるなとは言われて一度は納得はしたものの、内心は”もうどうしようもない、受け入れるしかない”という思いで一杯だったのである。


「うん。十日おきでかつ、旦那様が不在の時のみ使用人は休んでもいいの」

「そうなんだ」

 そんな枯れた日々の、僅かな潤い。

 半ば奴隷に近い待遇だったのに、まさか休暇が貰えるなんて。


「ねね、ふもとの村へ行こう。画材見に行きたいの」

「ほおほお」

「ユキ、一緒に行こう」

「うん!」

 劣悪な環境の中で、お互いが心の底から好きだと思えるココと余暇を過ごせるなんて!

 ユキは嬉しくなって笑顔で返事をして、ココと手を繋ぎ屋敷を出た。



「あれ、あの馬車」

 屋敷を出てすぐ、一台の馬車がユキとココの目の前を通ってゆく。

 ユキは、馬車の小窓からうっすらと見えた少女と目線があってしまう。

 中は暗くて良く見えなかったけれども、なにやら憂鬱な表情をしていたような。


「ねえ、中チラッと見えたけども、女の子乗ってなかった? 見慣れない人だし新人さんなのかな?」

 新しい女使用人を雇ったのかな?

 でも今日は休みの日なはずなのに?

 そう思いながら、ココに聞いてみるが……。


「ココ、どうしたの?」

「え、ううん。なんでもないよ。そうだね、新人さんかもね!」

 ココの様子が明らかにおかしいという事は、ユキも容易に察しがついた。

 しかし、どういう意味かまでは理解出来なかった。


 後にユキは、ココの誤魔化した理由に気づけなかった事を、酷く後悔するのである……。

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