85. 執行
「扉が!? どういう事なの……?」
サクヤが判決を下すと同時に、今まで開いていた扉が勢いよく閉まる。
ユキはこの部屋が密室になった事、自らを解き放ってサクヤと戦わなければならない事をすぐさま理解し、いつでも変身出来るように精神を集中した。
「あ、あれは!」
しかし、それを見計らったかのようにサクヤの背後に魔術の力で映された景色が現れ、それを見たユキは精神集中すら出来ないほどに乱れてしまう。
「ルリ!、セーラちゃん!」
その景色には、酷く傷つき倒れてた二人が映っていた。
「ああ……、みんな……」
「彼女らはあなたを慕い、そして敗れ去ってしまいました」
私がこの部屋へ向かう道中、ココや白い衣装の女性が居た。
二人はその人らと戦うために残ったけれども、まさか……負けたの?
「全ては、あなたのせい」
「えっ……」
「あなたがルリフィーネと合流していなければ、あなたがセーラをここへ連れてこなければ、あなたが二人に出会わなければ、こんな事にならなかった」
サクヤの言葉は、ユキの心に出来た僅かな亀裂の中へと浸み込み、ユキの心を腐食させてゆく。
「やだ……、やめてよ……」
なにこれ。
胸が苦しい……。
「あなたのせいで、無辜の人々が傷ついていく」
「うううっ……」
ココの時も胸が苦しかったけれど、そんなの比じゃない。
サクヤの声を聞き続けていると、心がバラバラになりそうだよ。
「あなたが、ユキがユキであり続ける限り、そしてスノーフィリアに戻りたいと思い続ける限り、周りの人々が命を落としていく」
お願いだから……、お願い……。
もうやめて!
私が全部悪いのは解っていたから、だからもうやめてよ!!!!
「可愛そうなユキ、一人ぼっちのユキ、慕う人々を不幸にしていく」
セーラちゃんも、ルリももう居ない。
私の事を慕ってくれる人は誰も居ない。
全部私が悪いんだ。
私さえ居なければ、私さえ……。
「だから、私があなたを救いましょう」
「えっ……?」
サクヤの言葉によってユキの心が霧散しようとしていた時だった。
涙を流して許しを請い続けるユキは、ふとサクヤの方を見る。
「解放する黒桜天女の真理」
ユキが変身する時に紡ぐ解放の言葉にも似た言葉を、両手を広げたサクヤは目を閉じてその言葉を言い終えた瞬間、サクヤの体からは膨大な赤黒い光が溢れ出す。
「う、うそ……!?」
サクヤの今まで着ていた村娘のワンピースが細い光の糸に分解され、サクヤは生まれたままの姿となる。
赤黒い光はサクヤの裸体を頭から体へと順次纏っていき、婚約の儀で見せた東方の国の衣装デザインを模した大きく袖の広がった赤いドレスへと変化していく。
頭を覆っていた光は、毛先が赤色にグラデーションがかかる長く艶やかな黒髪になった。
「桜花絢爛! チェリー・ブロッサム装威解放!」
衣装と髪型の変化が終わると赤黒い光はまるで花びらのように舞い散らばり、暗かった部屋を明るく照らす。
淡く怪しく穂のかに光を発する妖艶な衣装、深い暗黒を飲み込んでしまう程の強い光に満ちた瞳、全ての生命の支配者のような、圧倒的で他の追随を許さない風格を持つ表情。
その姿は、今まで村娘として新世界の住人として過ごしてきたサクヤではない。
かつて栄華を極めていた花の国の王女であるチェリー・ブロッサムだ。
「ご覧の通り、私はあなたと同じ様に変身する力を持っています」
まさか、サクヤも私と同じ様に変身する事が出来るなんて……。
ユキは涙を流したまま驚き、そして呆然としてしまう。
「秘密結社トリニティ・アーク。三総帥の一人、絶望の黒桜姫チェリー・ブロッサム。それが私の正体」
そして正教の情報を握っていたブカレスすらも知りえなかった、組織の三人居る総帥の一人がサクヤだと知り、ユキはますます混乱してしまう。
「ですが、そのような事実はもうどうでもよいのです。秘密結社としてのトリニティ・アークはユキを消し、そしてあなたを迎え入れてその役目を終える」
この人は何を言っているの……?
私を消して私を迎え入れるってどういうことなの?
「それは……?」
ユキが困惑している中、サクヤは右手を広げると、そこからユキが見た事も無い武器が瞬時に現れる。
形状から察するに……銃なの?
「私はこことは異なる別の世界から武器を呼び出す。この世界では到底実現不可能な技術で作られた武具を呼び出し、そしてそれを使う事が出来るのです」
そういえばマリネが言っていた。
港で大主教ブカレスが殺された時、死因は銃撃によるものだったと。
それじゃあもしかして……。
「ねえ、それで私のお父様やアレフィやブカレスを……?」
「そうですよ。使った武器は多少違いますが」
サクヤは新世界の人々をずっとだまし続けてきた。
そんなサクヤが、私と同じ様に変身する力があって、その力が私のお父様やアレフィや大主教ブカレスの命を奪ってきて……。
「ううっ……、お父様……」
まさか私が知りたかった仇の招待があなただったなんて。
ずっとあなたに憧れてきた、あなたを信頼してきた。
新世界に必要ってあなたが言ってくれた時、私は凄く嬉しかった。
それも何もかも、全部嘘だった……。
私が信じてた者が全部偽りだった……。
私は誰を信じて、何に頼ればいいの?
「ああああ……」
ユキはその場で全身を震わせながら崩れ落ち、まるでこの現実から目を逸らすかのごとく、両手で顔を覆いそして号泣する。
そんな悲しみに明け暮れるユキへ、チェリーは無情にも銃口を向ける。
「さあ、自らの罪を受け入れなさい。そして別れを告げるのです。業深きユキと、スノーフィリアに。そうすればあなたは救われますから」
ユキを守ってくれる人はもう居ない。
ユキ自身、変身する気もない。
少女は無防備に涙を流したまま、目の前の無慈悲な現実を直視しそして……。
チェリーは手に持った拳銃の引き金を引く。
火薬の爆ぜる音がすると同時に、ユキは胸から血を流してその場に倒れてしまう。
”ユキ”の旅は、ユキ自身も驚く程にあっけなく、幕を下ろした。




