84. 審判
ついに一人になってしまったユキは屋敷の中へと進みながら、今までの事を思い浮かべていく。
私には、今までいろんな仲間が居た。
修道院で私に良くしてくれたシスターの人々、ホタルお姉さま、ラプラタ様、新世界の人々、セーラちゃん、ココ、ルリ……。
姫として追われ、命を狙われ、何もかも失ってしまったと思っていたけれど、そんな逆境の中でも数多くのかけがえの無い人々と出会えた。
でも、今の私は一人……。
ううん、不安になっちゃいけない。
私がしっかりしないと駄目なんだ。
組織の情報を手に入れて、ルリとセーラちゃんと合流して、ハーベスタのところへ戻って……。
そう決意しながら、目の前に立ち塞がる扉を勢いよく開く。
そこには、ユキもよく知っている黒髪の少女が後ろを向いて立っていた。
「サクヤ!」
正直、まだ私は迷っていた。
本当にサクヤが全ての元凶なの?
ハーベスタのいう事に間違いはなかったけれども、私の理解者が私を陥れてきた張本人だなんて。
「ねえ、あなた……。あなた、組織の一員なの? 私達を裏切っていたの?」
それを確かめようと、恐る恐るサクヤへ聞いた。
しかしサクヤは、後ろを向いたまま何も言わない。
「なんか言ってよ! ねえ!」
”ううんそんな事は無い、全て誤解”と答えて欲しかった。
全ては各々の思いすれ違い、何かがかみ合わなかった結果。
そう信じたかった。
「なんで……、なんでずっと黙っているの……」
それでもサクヤは何も言わなかった。
ユキの方を向こうともしなかった。
「なにか言ってよ! サクヤ!」
サクヤの何も動じない態度は、甘ちゃんのユキに嫌気がさしているかのようにも見えた。
勿論ユキもサクヤの気持ちが解らないわけではなく、自身の甘さを自覚していた。
それでも、サクヤを信じたかった。
仲間を疑いたくは無かった。
組織によって害された人々を救い、水神の国を健全な姿に戻すという大きな目標を掲げてきた人なのに、それが全部まやかしで他人を騙すための演技だったなんて認めたくなかった。
「あなたは審判を受けなければならない」
サクヤは静かに言い放った。
「どういう事なの?」
しかし、ユキはその言葉の意味が理解出来ず、思わず聞き返してしまう。
「さあ、胸に手を当ててよく考えなさい。あなたの今までの足跡を思い出して、あなたが何をしてきて、そして何を成したのかを」
未だにサクヤはこちらを向かない。
ユキは、意味がわからないままサクヤの指示に従い。今までを振り返る。
私は水神の国の姫として、物質的にも精神的にも何ら不自由の無い生活を送ってきた。
それが永遠に続くと信じて疑わなかった。
大貴族に嫁ぎ、幸福な新婚生活を送るのだろうと思っていた。
でも、それは叶わなかった。
目の前でお父様とお母様は命を奪われた後に私は追われる身となり、ただの使用人として身を隠す日々が続いた。
使用人としての生活は正直辛く、環境も姫だった頃と比べものにならない程に悪い。
しかし、そんな私の日常に転機が訪れた。
ココとの出会い。
私にとって初めての対等な友達。
どんなに辛くても厳しくても、ココが居れば大丈夫と信じていた。
けれども、それも長くは続かなかった。
ココは館に居た主の息子に何もかもを奪われてしまう。
それに対して私はココを陥れた息子を改心させたが、その人は殺されてしまった。
結局館からココを救う事が出来ずに去る事となってしまった。
次に私は修道院でシスターとして身を隠す事となる。
シスターとしての生活はとても穏やかで、修道院も凄く居心地のいい場所だったと思う。
でも、そんな場所にも黒い影はあった。
私の命を狙っている審問官の存在。
ホタルお姉さまの仇である神父。
結局神父は自身の悪事を曝け出し、偽りの善人の仮面がはがされ信用を失墜させる事が出来た。
けれどその代わり私の正体はばれてしまい、修道院を出るしかなくなった。
行くあての無い私を迎え入れてくれたのは、意外にも風精の国の宮廷魔術師長であるラプラタ様だった。
私は誘われるままに風精の国へ向かい、そこで変身する力をコントロールする方法を教えてもらった。
その力でセーラちゃんを救えた事で、誰かを救い導ける力があるんじゃないか?
組織が原因で不幸になった人々を、助けられるんじゃないかと思えた。
そんな思いが芽生えていた時に、敵として現れたココによって自身の甘さを指摘され、そして心を打ち砕かれた。
それと同時に自らの勝手な行動によって魔術師の任務を解かれてしまい、風精の国を出て行かなければならない状況下に追い込まれてしまう。
傷心の中、私はかつて一緒に使用人として仕事をしていた人たちを救うべく、水神の国のコンフィ公爵邸へ戻った。
その時、組織に立ち向かう新世界の人達に出会い、彼らの作戦に力を貸した。
組織の力を排除し、王族の血統を持つ私を擁立させる作戦を手伝った。
作戦は予想外の出来事があったけれども収穫はあって、今まで知らなかった事、組織の核心に触れる情報をたくさん得た。
結局その作戦の途中で新世界の人々は追われてしまって、私はここへ来る事になったわけだけども。
まさか、仲間と思っていたサクヤと私の立ち位置が対極だったなんて……。
「終わりましたでしょうか?」
「うん」
「どうでしたか? あなたのご意見をお聞かせ下さい」
多くのものを得て、そして多くのものを失った。
私の選択が間違った時もあって、その結果深く傷ついた事もあった。
今でも後悔がないなんて言えないし、胸を張れるわけでもない。
「ねえ、あなたは本当に組織の一員なの?」
「……はい。あなたの思っている通りですよ」
サクヤの口から、ユキの淡く甘い希望はことごとく打ち砕かれる。
ユキは泣きそうになったが、目を乱暴に擦った後にぐっと堪えてサクヤを見据える。
、いよいよ決心しなければならない。
泣いている場合じゃない。
今まで積み重ねてきたものを無駄にしないために、私はここで立ち止まるわけにはいかない。
「私が正しいなんて自信はないよ。でも、あなた達のしている事は間違っているって自信をもって言えるから、私はあなたを止めたい」
あなたが組織の一員で、私やいろんな人々を陥れてきた根源ならば、私があなたを止めてみせる。
これ以上の凶行をさせない、罪を重ねさせない!
「そうですか、残念です。……では私からの判決を下します。ユキそしてスノーフィリア王女殿下、あなたは死んでください」
サクヤは振り向き、ユキへ辛辣な審判を下す。
その時の顔は、表情こそいつも通り穏やかで優しさはあったが、眼差しはとても冷たく鋭かった。




