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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
First Part. 姫から使用人へ
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7. 逆境の中で絆は育まれ

 ユキが使用人になってから数日が経った。


「ねーえ新人さん」

 今日も慌しく仕事をしているユキに対して、金髪を両サイドで結ったスカート丈の短いピナフォアを着ている女使用人が声をかけてくる。

 名前は確か……、スウィーティと言っていたっけか。

 私に何の用があるのだろう?


「ハウスキーパーが呼んでいる。旦那様の部屋で待っているからさっさと来なさいって言ってたよー?」

「はい」

 またいつものかな、やだな……。

 そう感じつつもユキは、一言返事をした後に今している仕事の手を止めてコンフィ公が使っている執務室へと向かった。



 そして執務室へ到着しノックの後に入室したユキであったが、グレッダは部屋の中には居なかった。

「あれ、居ない……?」

 急いで来たから先を越したのかなとも考える。

 しかし棚から物が散乱していて、どうみても泥棒に入られたかのような室内を目の当たりにしたユキは、他の可能性も考えようと部屋の奥へ入っていく。


「ユキ! ユキ!」

「あ、ハウスキーパー。この部屋は私が来た時に――」

 まさか本当に悪い事があったのかと思いかけた時、部屋の外からグレッダの声が聞えてくると同時に物凄い形相でこちらへと近寄り、そしてユキは今の状況を伝えようとした瞬間、頬を思いっきり叩かれてしまう。


「い、痛い……」

「ねえあなた、旦那様の部屋で一体何をしているというの?」

 ユキは困惑していた。

 想定していたどの未来とも違う事にもそうだが、部屋を散らかした犯人がまるでユキであるかのように、振舞ってくるからだ。


「わ、私はただ、スウィーティにここで待てと言われて――」

 ユキはグレッダの言動から今おきている出来事の真意を掴むと、咄嗟に自分ではない事を伝えようとするが……。


「ううっ……」

 ユキが現状を伝えようとすると、グレッダから再び平手打ちの制裁が飛んできた。


「スウィーティから聞いたわ。旦那様の部屋で物色している不届き者が居るってね。まさかあなたなんて」

「わ、私は違――」

 ユキの頬は引っ叩かれた事で赤くなってしまう。

 だがそれでも、このまま黙っていたら泥棒扱いされてしまうと強く思ったユキは、諦めず弁明しようとするが、そんな態度に酷く腹を立てたグレッダは開けた手を固く握ってユキの頬へと叩きつける。

 鈍い音と共にユキはその場で倒れてしまい、部屋内はかつて姫だった少女のすすり泣く声だけが響く。


「仕事が出来ないだけじゃなくて素行も悪いなんて、本当に救いようの無い子!」

 そしてグレッダは、倒れて泣くユキの背中を何度も踏みつけ罵倒し続ける。

 ユキは何とか手を頭において、首から上への暴力を防いだが、体と手足には辛い痛みと衝撃が何度も襲い掛かった。



 さらにそれから数日が経ち……。


「どうしてこんな事も出来ないの!? ほんと使えない娘ね、死んでしまえばいいのに!」

「ごめんなさい……」

 ユキはハウスキーパーであり女使用人達のリーダーでもあるグレッダに、今日も酷く叱責されていた。

 原因は”屋敷内の廊下掃除に時間をかけすぎた”という、ほんの些細な理由であった。

 しかし、ユキの初日の態度とシトラス三姉妹に嵌められた出来事と、異常なまでに何も出来ないことが気に入らないせいかグレッダは、他の使用人と比べても特に酷く当り散らしている。

 もっとも、今まで姫として”何かをして貰う事”は数え切れない程あったが、”誰かの為に何かする事”全般を行う必要が無かった身分のユキからすれば当然の結果なのかもしれないが……。


 ユキは元々明朗で、人当たりの良い少女だった。

 だが、敬愛していた両親を目の前で殺された事実、親友のように慕っていたルリフィーネとの別れ、この館のハウスキーパーであるグレッダによる暴言暴力。

 これらの辛く苦しい現実はユキの精神力を確実に削いでいき、その結果としてユキの顔からは笑顔が消え、視線は常に斜め下を向き、この不遇な日々を呪うかのような暗い目つきになっていった。


「あたしが手伝ってあげるね。一緒に終わらせよう」

 しかし、ユキにとってここは完全な地獄では無かった。

 叱責が終わってグレッダがユキから完全に離れると、どこからかココがやってきて笑顔でユキを励ましつつ、仕事を手伝おうとする。


 ココはいつも私を助けてくれる。

 仕事を失敗すれば一緒に手伝ってくれるし、他の女使用人に嫌がらせをされれば慰めてくれる。

 コンフィ公……もとい旦那様の大切にしていた陶器の花瓶を誤って割ってしまい、罰として食事抜きにされた時はココ自身の食事を分けてくれた。

 ……何故私の事をここまで良くしてくれるの?


「ねえココ」

「何?」

 ココの優しさを見計らったかのように、二人の女使用人がココの前に現れて声をかける。

 一人はスウィーティで、もう一人は眼鏡をしていて陰鬱そうな印象が強く、スカート丈の長いピナフォアを身につけている。

 確か名前はリメッタだっけか。

 特にスウィーティは少し前にあった出来事のせいか、”私をはめた最悪最低な人”という印象が強い。


「この馬鹿女に手を貸すの止めろ」

「……どうして? ユキはまだここへ来たばっかりで、仕事も解らないんだよ? 誰かが教えてあげないといけないよね?」

「あんた、また私達に虐められたいの?」

 スウィーティとリメッタはココへ対して高圧的な態度をとるが、ココは見上げながらも懸命にユキを庇おうとする。

 ココの勇気ある行動と態度に、スウィーティはココへ手をあげようするが。


「ねえお姉ちゃん、ここでやるのは……」

「……確かにそうだね。グレッダの阿婆擦れなんかに見つかったら面倒だし」

 スウィーティの手がココのエプロンの肩紐を掴もうとした瞬間、妹のリメッタに止められてしまう。

 イジメは影でばれないようにやらなければ、ハウスキーパーに指摘されたら面倒だ。だから後で覚えておけ。

 そういう意思を見せながらスウィーティはココとユキを睨みつけ、その場を去っていった。


「大丈夫だよユキ、気にしないで」

「ねえ」

「うん?」

「どうして私にかまうの? 私なんかもう……」

 ユキは泣きそうになりながらココへと問いかける。

 それは、シトラス三姉妹の仕打ちやハウスキーパーの人当たりの悪さではなく、このまま庇い続けるとココまで酷い目にあわされてしまって申し訳ないからである。


 お父様やお母様はもういない、ルリだって会えるかどうか解らない、私を解ってくれる人なんてもう居ない、こんな私なんてさっさと見捨ててくれれば……。

 このまま一生この屋敷で邪魔者扱いされて、日々の労働と暴力に耐えながら生きていかなければならない。

 それが私の運命、これからの私の……。


「駄目だよ、そうやって諦めたら何も始まらない」

 ココの一言は、ユキの真っ暗な心に突き刺さった。


「でも……」

「ユキに何があってどうしてここで働く事になったかは解らないし、きっと言いづらい事だろうから無理に言う必要は無いけれども、希望を持っていればいつか道は開けられるもの」

 彼女は所詮いち女使用人でしかないし、ちょっと前に聞いた話と今のやりとりから察するに、私が来る以前はココが虐められていたのだろう。

 だからこそ辛さが解るはず、それ故に私なんて見捨てると思っていた。

 虐められても、直接手を下さなくても見てみぬふりするのだろう。

 今は勇気を振り絞って庇ってくれているけれども、いつかは……。

 そうユキは思っていた。


 しかし、実際は違っていた。

 ココはずっと私を守ってくれてきた。

 そして私が弱い気持ちになればいつも支えてくれた。


 何の見返りも無いし、誰からも褒められない。

 それなのに、ここまで他の誰かの為に優しくなれるのは何でなの?


 ……こんなにも、胸の奥が温かいのはどうして?


「うううっ……」

 ユキは今までのココの言動を振り返り、そして先程言ってくれた優しい言葉に感動してしまい、ココのまだ膨らみの無い胸へと抱きついて泣きじゃくった。


「泣かないでー、ほらさっさとお仕事終わられちゃおう」

「うん」

 本当の優しさと強さに触れて泣くユキをなだめつつ、ココは元気な笑顔を見せると残っていた掃除を手伝い始める。

 ユキも目の涙をピナフォアの袖で拭うと、ココに心からの笑顔を見せながら返事をして仕事を再開した。

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